第四十話 餞別
少年たちのやり取りを少し離れた場所から観察していると、協力者が何気ない顔で近づいてきた。
その隣には、言葉にならない美しさと、内面の美しさを併せ持った、褐色肌の女性が付き添っている。
能力が、私の勘が告げている。
この女は、目の前の協力者と同じで、敵に回してはいけない存在だと。同時に、この異変を片手間で終わらせることができると。
美女がくすりと笑い、一瞬にして姿が消えた。
協力者は肩を竦め、私に向き直る。
「あの伝言は一体どういうつもりですか?」
―私なりの、君へのお詫びだよ―
お詫び。あるとすれば、どう考えてもあの白マントの乱入についてだろう。
「……あの白マントの声には聞き覚えがありました」
老若男女、どれにでも聞こえるような不思議な声音。最初、私の理解できる三か国語で話しかけてこられた時には驚いたが、今となっては遠い昔のように感じられる。
「あれは、『声』でした」
私は心の中に沸き立つ感情を静かに抑え、真意を見極めるべく言葉を続ける。ダメだ、感情に、能力に流されてはいけない。
半月前、能力が宿った数日間だけ語りかけてきたあの『声』が、ようやく私の前に姿を現した。それも、最悪の状況で。
もう少しで協力関係を築けた少年を攫っていった『声』は、頭からすっぽりと白いマントを被り、顔の部分は見えなかったが、身長は一七〇センチ台で、肩幅も男女どちらにでも受け取れた。
ごく短時間で掴めた情報からわかったことは皆無に等しく、正体不明の怪人として強く印象に残っている。
その能力は未知数で、少なくとも、我々能力者を認識し、テレパシーを一方的に送る他、様々な認識阻害や行動妨害を姿も見せずに行うことができる。
『七大罪の力』を有している我々への超能力ないし魔法などによる干渉ができるということは、我々人よりも遥か高次元の力を行使できるということだ。
そして、おそらく空間跳躍のような力もあって、聖域から少年を協力者の許可なしに連れ出せたことから、協力者に匹敵する何かを持っているのだろう。
少年たちの背後にいるのは、想像以上の恐るべき力を秘める存在だった。
そして、その『声』は協力者に対して無視できない一言をつぶやいた。
「奴はアナタに対して『嘘つき』と言っていましたが、どういうことなのですか?」
嘘つき。よくわからないが、なるほど、『声』とも繋がりがあったということか。
再び荒れる感情をどうにか必死に抑え込み、会話を続ける。
―君と私が、彼から能力を奪うように見えたから、らしいね―
「……」
これについては全く反論できなかった。
―今回、君があの子たちと話しをしたいということは伝えていたし、場合によっては聖域に移動することも伝えていた。君がもしかしたらどちらか片方だけ連れていくかもしれないことも、ね―
「では、どうして……」
―君が彼の胸に張られた障壁に触りまわったからだね。あいつ、障壁から伝わった衝撃やらなにやらで、君が少年から能力を取り出そうとしていると思ったらしくて……私も、彼を後ろから支えていたのが、動きを抑えているように見えたらしい―
「しかし、我々の様子を『観ていた』のであれば、誤解だとすぐわかるはずです」
―あぁ、君が彼を追いかけまわしている時点で『観る』のをやめて跳躍してようとしてね。君にドロップキックしかけるつもりだったみたいだから、妨害したけれど―
半殺しにされるところだったよ君、と肩を竦める協力者に、私は一度落ちた信頼度を少し上げて、心の中で感謝した。未知数の力を持つ奴の必中の飛蹴りなど食らいたくない。
―で、まぁそれが余計に悪かったみたいでね、次に『観た』らあの光景、ということさ。おかげで散々っぱら嘘吐きだの詐欺師だの文句を言われたよ。後で謝罪念和もらったけれどね―
苦笑して『声』の所業を許すらしい協力者。
どこまでも、間が悪かったとしか言いようがない。
やるせない気持ちを飲み込み、どうにか能力が発動しないように自分に言い聞かせる。慣れたものだ。能力が宿ってからは効果がかなり薄れてきている。そろそろため込んでいる分が起爆剤として能力に食われかねない。
色々と時間がない。
今日で、すべてを片づけるつもりで当たる。
幸い、残りの能力者の位置も何となくだが把握している。私に向けられた感情を探り当てた。きっと出会えば衝突することになるだろうが、私の能力ならば、力づくでも突破可能だ。
ダメだダメだ。力に頼るな。
一度ホテルに戻り、チェックアウトして外へ出ると、協力者が私を待っていた。
感謝したいのに、できない。裏切られたという気持ちと、怒りがまだ湧いて出てくる。
本当は、私や少年、双方が歩み寄れるように色々としてくれていたのに。
だが、それでも、言うべきことは言えた。
「今までありがとうございました」
加護が付与された上着『隠れ蓑』を返そうとすると、協力者は首を横に振った。
―いや、いい。持って行きなよ。餞別だ―
「しかし……」
―君が私のことをどう思っているかは知っている。気持ちもわからなくはない。だが、これはまぁ役に立つよ。悪い事に使わなければそれでいいさ―
協力者が指を鳴らすと、一台のバイクが目の前に出現する。私が日本で行動する時に使う、長年の愛車だ。この半月、街中を共鳴反応探しのために乗り回していたが、今は離れた場所に置いていたはずだ。
相変わらず、滅茶苦茶な力をいとも簡単に見せてくれる。
―今から行けば、いい時間になるんじゃないかな―
「……ええ。お世話になりました」
―君と彼らに、今度こそ良縁が結ばれるように願っているよ―
それは自身への皮肉も込められているようだった。
ともかく、ヘルメットを被り、愛用のグローブをはめてアクセルを踏む。
迷いながら、それでも今回手に入れられたチャンスに、私はもう一度かけてみようと思う。
そして、今度こそ少年たちと同盟を結び、『声』の真の狙いを突き止め、この事件を終わらせる。
―君は孤独じゃない。きっと彼は君の力になってくれるし、君も彼の力になってあげてほしい―
バックミラーをちらっと見るが、もうどこにも協力者の姿なかった。
一瞬だけ、白い上着の裾をはためかせた後ろ姿が見えた気がした。
その時、脳裏に『色欲』のマーカーが出現した。
そして、その隣には、
「探す手間が省けたか」
どうやら、予想よりも早くことが進められそうだ。
その前に、少年がそいつと敵対して、能力を奪われてなければいいのだが。まぁ、今までの状況から、そうそうやられることはないと思うが……。
とにかく、急ぐとするか。




