第三十六話 消えた実里と武宮先生からのアドバイス
突然姿を消した実里に、リーシェは最初、何が起きたのかわからないでいた。
それはラウラやカフカたちも同じらしく、呆然とした表情で固まっている。
何の前触れもなく、音もなく、最初からその場にいなかったように。まるでテレビの中で映像が切り替わるように消えたのだ。それと同時に、『共鳴反応』から『色欲』も消えた。
「実里!」
エリスがあたりを見回したのをきっかけに、全員が我に返り、同じように実里の姿を探す。通信を入れてみるが、応答は全くなかった。
周囲の人々は、カフカの隠蔽が効いているせいで、実里が客席から唐突に姿を消したことにも気が付いていない。いつも通りに、のんびりとした空気の中、それぞれの生活を送っている姿に、リーシェは底知れない不気味さを感じた。彼らが悪いわけではない。ただ、自分たちの想像できない何かを覚え、それがなかったかのような日常が流れていることに怯えてしまったのだ。
「どこに行ったの?!」
「わからない、わからないけど!」
ラウラが今までに見せたことのない焦りようで、苦しそうに、
「見つけたんだと思う、多分、『読心』で能力者を……!」
「でも『共鳴反応』には何も引っかかってなかったわよ?!」
「私も、私も見てないわ」
エリスの言葉に、リーシェも頷く。
実里が消えるその直前まで、自分たちの人数分の反応しかなかったのだ。
しかし、
「いいえ、円迎寺さんの言うことは本当です。実里さんは能力者を見つけていました」
すでに冷静になったらしいカフカは、席に座ってカップに口をつけていた。いつもの穏やかな雰囲気は失せているものの、威圧のようなものは感じられない。もしかしたら、心の奥では怒りの炎が滾っているのかもしれない。
「消える直前に、私に能力者がいることを教えてくれました。相手の姿も一瞬ですが、見ることができました」
リーシェは言葉を失った。まさか、自分たち以外に共鳴反応を消せる上に、人を消す能力を持っている者がいるなんて、カフカが教えてくれた情報の中にもなかった。
想像もできない力を持った相手に、実里はどうなったのかと心配になるが、ラウラに何も起きていないということは、少なくとも能力は抜き取られておらず、つまりは実里の無事を意味している。そのはずなのだ。
「しかし、どういうわけか、相手の能力はわかりませんでした。ですが…場所はなんとなくわかります」
「連れて行ってカフカさん!」
ラウラの言葉に、カフカは「言われなくてもそのつもりです」と頷き、席を立つ。
「皆さん、跳躍します!」
そう言いながら、指をスナップするカフカ。
何が起きるのかわからず、しかし身構える暇すらなく突っ立たままのリーシェたちだったが、
「何も……起きてないじゃない?」
エリスの言葉に、全員があたりを見回す。先ほどと変わらない光景に、何かが変わったのかと首を傾げ、カフカに視線を向けたところで、彼女が何かを見て動きを止めているのがわかった。
視線を追いかけると、リーシェたちのいる場所から少し離れた席に座っている人物が一人。
「え……?」
「武宮、先生?」
ラウラの言葉に、コーヒーカップに口をつけていた武宮が顔を上げた。
「おや、円迎寺さん、オーエンさん。こんにちは。気が付かなかったよ」
いつものようにクールな雰囲気の武宮の挨拶に、ラウラも毒気が一瞬抜かれたようだったが、すぐに要件を思い出したように頭をサッと下げた。
「すみません、先生。ちょっと急いでいるので」
「香乃君のことかい?」
駆け出そうとするラウラと、それに続こうとしていたリーシェたちを、武宮の言葉が止めた。
武宮を見ると、彼女はカップをソーサーの上に置き、机の上で組んだ手に顎を乗せてほほ笑んでいる。何でもない、清々しい笑みだった。
「どういう……ことですか?」
「いや、何となくそう思っただけさ。君たちも香乃君から私がした話は聞いているんじゃないかい?」
「それがどうしたんですか」
「いやね、あれは嘘だったんだけど……君たちのことを見ている子がいてね。その子が今日、香乃君に会いたいって言ってね」
その瞬間、リーシェも、ラウラも、エリスも、全員が最悪の予想をして身構えた。
「まさか……」
「ん? 何を心配しているんだい? 大丈夫、君たちと仲良くなりたいって話でね。円迎寺さんは色々と忙しいかもしれないから、香乃君の方に話を、と思っただけだよ。香乃君なら信頼できる男の子だから、何も心配いらないと思うけど」
そう言って苦笑する武宮に、そっちかと緊張が解れ、リーシェは思わず肩がガクッと下がった。それはエリスも同じのようで、ため息まじりのフランス語で愚痴のようなものをつぶやいていた。
ラウラだけはまだ警戒した表情のまま、武宮を探るように見ている。
「へぇ、君もそんな顔ができるんだね」
面白そうに笑う武宮に、ラウラもついにため息と共に肩を落とした。
「……すみません」
「ん? よくわかんないけれど、友達のことで心配するのは当たり前だよ。私も思わせぶりな事を言って悪かった」
武宮は苦笑気味に謝ると、さて、と立ち上がる。
「私はこれで失礼しようかな……君たち、香乃君と待ち合わせの約束でもしていたんだろう? あの子は余程のことがなければ約束をたがえたりはしないから、きっと先方の話しが少し長引いているのかもしれないね」
「は、はぁ……」
実里の言う通り、武宮に自分たちのことを教えた人物が能力者だったのだろう。そしてその生徒が何かしらの方法を使って実里を連れ去った。
そう予想したリーシェは、とりあえず出遅れてしまった分を取り戻すべく、いまだ武宮を睨むカフカに声を掛けようとしたが、
「すべてを終わらせる手っ取り早い方法は、『暴食』の能力者が動くことだ。彼女なら、例え宇宙の果てにあるものだって『食らい寄せる』ことができるからね」
その瞬間、全員の視線が武宮に殺到するが、もう彼女の姿はどこにもなかった。
武宮が座っていたはずの席には、コーヒーカップも、誰かがそれまで使っていた形跡もなく。
まるで、最初からそこに誰も存在しなかったように……。
どうして保健室の先生ってキーパーソンが多かったりするんでしょうね……。




