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第三十五話 茜色の邂逅

 散歩の後、行きつけの喫茶店で今日の反省会を始める。


「結局進捗なしだったね」

「でも、今日の僕たちを見て何かアクションを起こす人はいるかもしれないよ?」

『だといいんですが』


 カフカたちも少し離れた場所で姿を消したままお茶を飲んでいて、通信機で会話に参加してもらっている。


『何はともあれ、今日のところはこれでいいんじゃない?』

『次は普通に公園をぐるーっと回って散歩ですかね』

『それ、日曜日に私たちでやってるじゃない』

『じゃあ水族館なんてどうですか? 私、大水槽見たいです!』

『遊ぶことが主目的になってるわよ。あ、私はイルカショーね』


 うちの姉と妹は自分の欲望に忠実だった。

 でも、水族館でデートか……。


「学生のパスがあるからいけるかなぁ」

『もぉだめですよぅ。ラウラは水族館は苦t』

「ともかく、今日はこれで終わりだね! 少し休憩したら解散かな!」


 突然、ラウラさんが早口にまくし立てて柏手を打つ。


「私、コーヒーのおかわりもらってくるから」


 そのまま立ち上がり、早々とカウンターの方へと歩いて行ってしまった。ラウラさんにとって、相当恥ずかしいことをオーエンさんがバラそうとしたことだけは理解できた。


『それで、ラウラは水族館に何かトラウマでもあるの?』

「もう忘れてあげてよ」


 わざわざ僕に通信を入れながらオーエンさんに尋ねるエリスさん。それは、僕に聞こえないようにやってくれないかな?


「はぁ……」


 でも、今日は楽しかったなぁ。

 自分でも想像していなかった幸せな時間だった。


「オーエンさん、ありがとう」

『What’s?』

「この作戦を提案してくれて」


 最初は、この作戦意味ねぇっ! って思っていたからなぁ。意味が本当にあるかどうかはこれからの結果次第だけれど、何となく全ていい方向へと向かっている気がするんだ。

 何よりも、また少しだけど、ラウラさんに歩みよれたから。

 そんな感謝の言葉を、席に座るオーエンさんの顔を見ながら告げると、少しだけ間があってから、


『能力集めの一環として、これが一番いいと思っただけですぅ』


 何故かちょっと怒ったような返答があった。顔を伏せているのは、照れ隠しなんだろうか。エリスさんがつんつんとオーエンさんの頬をつついて弄って煙たがられている。

 オーエンさんとエリスさんも、今日一日一緒に行動したおかげか、以前よりも少しだけど仲良くなってくれたみたいだ。

 それを見守っていたカフカと目が合って、優しさを湛えた微笑を向けられた。


『楽しいですね、実里さん』

「うん、楽しいな」


 背伸びをして、軽く肩をほぐし、それとなくあたりに目を向ける。

 休日だからか、いつもより人の姿がある。

 親子連れ、僕たちより少し年上に見えるカップルらしき男女、新聞を広げるおじいさん、ケーキを食べている部活帰りらしい女子、視線が合ってそれとなく顔を逸らした女性、大学生の男性……。

 皆、思い思いに休日を過ごしている。

 常套句だけれど、どこにでもある、普通の光景。平和で幸せな時間が流れている場所の一つ。失ったら悲しいもの。そんな感傷的な言葉が浮かんでくるのは、きっと僕に能力が宿っていて、事件の中心にいるからだろう。

『ハルマゲドン現象』なんていう、安直でふざけた名前なのに、確実に世界の終焉をもたらす異変。

 その過程で人々の感情が徐々に負の方向へと変化していく。

 最初はほんの些細なことから始まって、最終的には自分も含めて全てが信じられず、国は荒れ果て、世界中を巻き込んだ戦争や事件によって、地球人類は滅亡する……それが、カフカが話してくれた崩壊のあらすじ。

 この人たちも、能力によって感情の変化が起きたら、今とは変わってしまうんだろうか。

 そうなったら、父さんや母さん、澄香姉や明守真……あの人も……もしかしたら、能力者であるラウラさんたちも……きっと、僕でさえも。

 大切なもの全てを失ってしまう。

 心臓の辺りにゾッとした寒気を感じて、肩が自然と強張る。感情の海と表現すればいいんだろうか、頭と胸の奥にある暗い部分が近くにあるような感覚。でもそれに屈したりするつもりはない。

 絶対に阻止しなくちゃいけない。

 大本の原因は『七大罪の力』を僕たちの世界にばら撒いてしまった『天』の不祥事なんだけれど、考えても仕方のないことだ。

 僕は僕のできること、しなくちゃいけないことをしよう。

 そんな風に改めて心に留めたところで、脳裏に鋭い衝撃のような、光が走ったような感覚がした。

 さっき、おかしなところがなかったか……と。


「うん?」


 違和感を覚えてもう一度視線を周囲へ配るけれど、特に何もなかった。


『どうしたの実里?」

「いや……なんでも……」


 おかしいな……違和感があったはずなのに、それが具体的になんだったのかが思い出せない。靄がかかっているような、夢のようにあやふやしている感じがする。

 例えるなら、何かを言おうとして話題を度忘れしてしまう、お腹や頭の中で透明な文字がふわふわと浮いているのに言葉が出てこないあの感覚……。


「……もしかして……?」

「実里君?」


 戻ってきたラウラさんが首を傾げているけれど、今はスルー。

『読心』を発動させる。

 途端に脳裏と目の前に文字の海が現れ、思考と情報の嵐に一瞬だけ怯みかけるけど、エリスさんに暴走させられた時に比べれば可愛いものだ。

 毎日使用しているおかげで、細かい調整もお手の物で、音声と文字の洪水が、せせらぎを流れる葉っぱのような緩やかなものへと変わった。そう言えば、北欧神話では詩篇が流れる川があるって聞いたことがあるけれど、こんな感じなのかな。

 キーワードを心にとどめて意識を張り巡らせ、流れてくる情報を斜め読みのようにして捌いていく。


『―いって、だから微分嫌いなのよ』

『アオイちゃんに電話して決めようかな、それとも―』

『課長マジでぶっ飛ばしてぇ……いや、でもあれは俺が―』

『うぅ、カロリーが、でも新作食べたいし』

『俺たち、世界で一番幸せじゃね?』

『私たち、世界で一番愛し合ってるわよね』

『あー、バイト早く終わらないかしらぁ』


 老若男女、日本語に混じっていくつか外国語が現れるけど、探しているキーワードに触れていないのでパス。


『実里君、まさか『読心』を使って―』

『実里ったら、一体何をして』

『ラウラが話しかけているのに何無視してるのよあのヘタレ!』


 近くにいるメンバーの声もパス。オーエンさんが何か憤慨してるけど、特に関係なさそうなのでこっちもスルー。

 気のせいじゃない、さっきの出来事を思い出せ。何かしら、普段ならそう気にする程度でもないけれど、逃しちゃいけないことがあったはずだ。

 今僕たちは、カフカの術によってこちらから声をかけないと性別や顔さえ認識されないほど存在感が薄くなっているのに、アプローチもなしに視線が合った人がいた。


『今日の晩ごはん……カレーにするか』


 女性の声が脳裏に響き、文字が目の前にフォーカスされる。

 何気ない、ありきたりな思考。だというのに、『読心』が僕の意思に反応して拾い上げた女性の心の声に、ノイズが入り始める。これは、まさか……。


『実里さん!』


 カフカの思考をキャッチする。どうやら、ラウラさん同様に、僕が何をしているのかに気付いたようだ。


『具材はナスとカボチ―だな―…と……ャにしよ―…気づ…れ……―うか。そ…まさか…れともキャベツ―…『読心』…やはり…―を入れて―』


 ラジオをチューニングするように、ノイズの中から隠されていた心の声が抽出されていく。

 カップをソーサーに置く音が、聞こえた。

 それを意識した瞬間、何かが弾けるような感覚がして、ノイズが止んた。


『数秒後にジャンプするぞ、備えろ』


 わけのわからないメッセージに一瞬息が詰まるけど、気にしていられない。

 僕は声に集中しながら、カフカに向けて思考を飛ばす。


『カフカ、このカフェに、能力者がいる!』

『どこですか?!』

『わからない。でも視線が合った女の人がいるんだ!』


 その時、思考の発信源が何故かわかった。

 視線を向けた先には、コーヒーカップを置いたところらしい黒髪の女性。前にどこかで見たことがある……そうだ、エリスさんと再会した時にも、このカフェにいた人。

 そう認識した瞬間、目の前の景色が急に変わった。


「な……ッ?!」


 あれだけ騒がしかった周囲の音が掻き消え、僕の呼吸だけが聞こえる静かな場所。

 夕暮れの学校の屋上に、僕は立っていた。


「っ……ラウラさん!」


 周囲を見まわしてみるけれど、ラウラさんやカフカたちの姿はどこにもなく、『読心』を使ってみても二十メートル圏内には誰の反応もなかった。

 まずい、落ち着け。落ち着かないと……今の状況を整理できない!

 その時、ふわりと胸の辺りが楽になった。体の緊張がほぐれ、肩が下がったことに気が付いた。

 どうして……疑問が浮かんだところで、自分の能力の一つを思い出す。

『生理現象操作』だ。

 自動で発動したみたいだけれど、おかげで助かった。

 とりあえずカフカたちに連絡を入れようとしたところで、


「無駄だ、少年」


 いつの間にか、あの女性がフェンスにもたれるように立っていた。夕日を背にしているせいで、表情が判りづらい。


「ここでは“外”との連絡は取れない」

「貴女は……ッ!」


 続きを言葉にする前に、目と鼻の先に整った顔立ちがあって。

 刃物のように鋭い切れ目なのに、一瞬だけ見えた紅い瞳が綺麗だなと場違いにも考えて。


 左胸に、暖かい感触を覚えた。


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