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第三十三話 笑顔、二人の時間

 ラウラたちから少し離れた木陰で、リーシェは合流したカフカたちと共に様子を見守っていた。


「あ、動き出しましたぁ」

「行くわよ」


 二人が歩きだしたところでリーシェたちも距離を置いて移動を始める。もちろん、周囲への警戒は怠らず、二人を監視していたり、不審な動きをしている人物がいないかどうかのチェックもしている。

 と、不意にエリスが口を開いて、


「ねぇあんた、ラウラのためにこの作戦提案したでしょ」

「はぁ、何言ってるんですかぁ? 能力者が集まる可能性が一番高い作戦を提案しただけですぅ」


 カフカはもちろんだが、エリスだってこんな言葉で騙されるほど馬鹿ではないだろう。こちらの魂胆を見抜いているだろうし、今更取り乱すこともない。

 リーシェの呆れるような自然体の返答に、エリスは肩を竦めるジェスチャーをとった。


「あんた、のんびりしてる奴だと思っていたけど、結構やるじゃない」

「私は私のしたいようにしているだけですぅ。それとも、貴女にはこれ以上の作戦があったとでも?」

「まぁ二つ三つは……と言いたいところだけど、やっぱり一番安全性があって、効果がありそうなのはこれくらいなのよね」

「じゃあ、おしゃべりはそこまでにして、作戦を続けましょうぅ」


 軽く手を打って会話を終了させ、意識を作戦へと引き戻そうとするが、エリスがぼそりとつぶやく。


「これで勝ったと思うなよ……」

「いつ貴方と勝負しましたかぁ?」


 それを言うべきはラウラにではないのだろうか、とリーシェは首を傾げ、悔しそうにむすぅっとしているエリスと、苦笑しながら見守っているカフカと共にショッピングモールへ入っていった。




 ショッピングモールに入ってまず向かったのは、カフカとエリスさんの衣服を購入したお店だ。

 エスカレーターを上がったところで、ラウラさんが何かに気付いて視線をそちらへ向ける。


「あれ、倉敷さんたちだよね?」

「…うん、そーだね」


 思わず噴き出しそうになったけど、カフカの術のおかげで彼女たちはこちらに気が付かないことを思いだした。

 よかった。こんなところを学校の誰かに見つかったら、週明けには学校中に噂が広がっていること間違いなしだ。そして、僕は学校中の男子とファン、そして生徒会長から吊るし上げられる……そんなところまで具体的に想像できた。

 世界が終わる前に僕が終わる……そんなことにならなくてよかった。本当にカフカがいてくれてよかった。

 しみじみと感動し、目から流れた心の冷や汗を指先で拭く。

 ささっと倉敷さんたちから離れて、適当に服を見ていく。と言っても、あくまでもこれは残りの能力者へのアピールなので、ふわふわっと流し見ていく……だけだったんだけど……。


「ねぇ実里君、この服はどうかな?」


 目を輝かせたラウラさんが次々に服を体に当てて、時々僕に感想を聞いてくるこの状況。


「やっぱりこっちかな? でもこれだと……」

『家にある上着だとどれも合わないし、上着の方を組み合わせていこうかな。それともあっちのスカートと合わせたらいけるかな?』


 心を読んでみたら、本気でショッピングにのめり込んでいた。それでも今が作戦中だということは忘れておらず、そこそこの警戒をしているみたいだけど。


「レース付いているのと、こっち、どっちがいいかな?」

「そっちかな」


 レース付きの方。こびない程度のちょっとしたアクセントで、おしゃれ感が増す気がした。


「うん、わかった!」


 うきうきと厳選した服を何点か持って試着室に入り込んでいくラウラさんを見守っていると、カフカと買い物に来たときのことを思い出す。あの時もこうやって待ってたなぁ。

 そう言えばエリスさんと初めて顔を合わせたのもその時だった。僕は気づいていなかったけれど、エリスさんは僕とカフカのことをずっと観察していたのだ。あれからそれほど時間は経っていないのに、もうずいぶん前の出来事みたいに感じてしまう。あの時みたいに、他の能力者がこちらを見ていないだろうか。今のところ、それらしい人はいないけれど。


『実里~進捗具合はどーう?』


 ぼぉっと考えていると、耳元でエリスさんの声が聞こえてきた。声が出そうになるのを押さえ、表面上は何でもないように装い、携帯電話を確認するフリをしながら答える。


「特に異常なし。そっちは?」

『ないわねー。っていうか、あんたら普通にショッピングしてるけれど、ちゃんと警戒してる?』

「あーうん、ラウラさんもちゃんとその辺りは心にとめているみたいだから」

『そう。まぁ今の方が自然にデートしているっぽいからいいけど』


 エリスさんの意地悪そうな笑いを聞いて、ちょっとだけ頬と肩の辺りがむず痒くなった。

 ここで照れたりしたらもっとからかわれると思ってスルーしていたら、次はオーエンさんの声が聞こえてきた。


『香乃さん、倉敷さんたちは別のお店に移動しましたぁ。今、香乃さんたち以外のお客さんは誰もいません』

「そうなんだ。ありがとうオーエンさん。ところで、皆はどこから監視してるの?」

『適当に離れた場所からですぅ。こちらのことは気にしないでくださいねぇ』

「わかった」


 カフカたちと違って、オーエンさんはからかってこないし、まじめに仕事をしてくれるので正直助かっている。精神的に。

 通信を終えてしばらくすると試着室のカーテンが開いて、


「お待たせ実里君」

「うん……ッ?!」


 本当に一瞬、言葉を失った。

 やっぱり…可愛い……。

 僕の異変に気が付いていないラウラさんは、少し恥ずかしそうにはにかみながら、片腕を少し上げる。


「どうかな? 変じゃない?」

「え、うん……いいよ、別に待ってないよ。オーエンさんたちから問題ないよって連絡きてたから問題ないよ」

「問題あるように思うけど、何かあったの?」


 緊張したせいで、ちょっと早口になって見当違いな返答をしてしまったせいか、ラウラさんが心配そうに眉を寄せてしまった。


「いやいや、何でも……うん、すごく似合ってるよ、その服」

「そう? じゃあ、これを買おうかな」


 思わず本音が漏れたけど、ラウラさんは特に気にする様子もなく、小さく笑ってカーテンを閉める。

 うん、これからは自制心というか、そういうのも鍛えよう。これで幾度もカフカにからかわれてるし。

 でも、ラウラさんに色々とばれなくてよかったぁ……っ。




「実里君、私の荷物だから自分で持つよ」

「いいよ。こうした方がより自然に見えるから」


 紙袋を持つ僕に、ラウラさんは照れているような困ったような表情を浮かべるけど、本当に問題ない。母さんと買い物をするときはこうやって僕が荷物を持つし、『それらしく』見えると思ったから。


『別に実里が持たなくてもいい気がするんだけど……まぁ、彼氏彼女に見えなくもないわね、多分』

『ですけど、後ろから見たら女の子の友達連れにしか見えないことも……』

『香乃さん、ナイスですぅ』


 外野がわざわざ通信機能を使って批評してくるけど、この作戦全体の目的である、仲の良い、好印象な人物たちというアピールはできている、ということなのだろう。ただ、例によってラウラさんへの通信はオフになっているらしい。


「ごめんね、予定よりも長居しっちゃった」

「いいよ別に。オーエンさんたちも問題ないって言ってくれているし」

『まぁ問題ないけど警戒は忘れずにねー』


 エリスさんの笑い声が通信機越しに耳朶を打つ。これはラウラさんにも聞こえているようで、「わかっているわよ」と返していた。


『今のところ、怪しそうな人物も、新しい共鳴反応もないけど、そっちからは能力者っぽい奴とか見える?』

「うーん、いないね」

「それよりも、皆が私たちに気が付いていないのに避けていくから、そっちの方が不気味かも」

『完全に気が付かない状態だと、ぶつかる危険がありますからね。誰かが通るな、いるなとかくらいで無意識に避けてくれるように、本当に最低限の認識だけできるようにしています』

「そうなんだ。力の応用、すごいね」

『ふふふ、それほどでもありません! このカフカにお任せあれ~』


 やっぱりカフカには助けられてばかりだなぁ。今日の夕飯はとろとろオムライスを作ってあげようかな。


「カフカさん、本当にすごい力を持っているのね」

「いつもはマイペースな奴だから、忘れることもあるけどね」


 ラウラさんと笑いながら次のお店へと向かう。


「実里君って色違いのスニーカーを交互に履いてるよね」

「このメーカーのデザインが気に入ってて……あれ、なんで知ってるの?」

「うちの学校って靴の指定がないから、選べていいよね」

「え? ああ、うん? ところで何で知って」

「人って意外と観ているから、身だしなみには注意しないとね」

「あぁ、そういうことか。そうだね、うん」


 なんか誤魔化された気がするけれど、ラウラさんの言葉は本当だと思う。酷くたたみじわのついたシャツを着ようとする父さんを、母さんが同様の理由で止めているのを何度も見ている。人は見た目で八割だかの印象が決まるらしいし。

 今回は適当に見回り、何も買わずに次のお店へ移動した。


「僕はクッションじゃなくて座布団かな……クッションだったらリビングにあるけど」

「カフカさんとスタッカートさんが使ってるのかしら?」

「エリスさんが使ってるよ。カフカも最初の頃は使ってたんだけど、最近は座布団に座ってることも多いかな」


 しかもあいつ、わざわざ僕の座布団を使うから、予備の座布団を取ってこないといけないことがままある。

 そんなことを話していたらラウラさんがちょっと睨んできた。何故だ。

 エリスさんたちに聞いても苦笑が返ってくるだけという、なんとも言えないもどかしさを覚えながら更に次のお店へ。

 ここで、ラウラさんが入口近くに並べられた新刊漫画の山から一冊を手に取って、熱心に見つめ始めた。あ、僕も読んでるやつだ。


「ラウラさん、その漫画って」

「へぅ?! え、その」

「いいよね、熱い展開なのに、なんというか読んだ後にすっきりするというか」

「うんそうだね! 私もいいと思う!」


 ラウラさんも興奮気味に返してきた。意中の人が同じ漫画を面白いと思っているのって、何だか幸せな気分だ。自然と笑顔が浮かぶ。


「アニメ化しないかなぁ……したら観るのに」

「したとしても夜中じゃないかな?」

「そうなの?」

「ある時期からアニメの主体は夜型になっていて……この漫画は少し大人向けだから、確実に夜中、それも二時以降の放送かな……ほら、こっちの漫画とかあっちのラノベも昔、夜中にやっていたって話しだし」

「へぇ……」


 ラウラさんの意外な一面を見た気がする。もしかして、ラウラさんもエリスさんみたいにアニメとかゲームが好きなんだろうか。それだったら、仲良くなれるきっかけになると思うんだけれど。


「あ、でも、これは友達の受け売りだから、私も詳しくは知らないんだ」

「そうなんだ」


 うーん、そっか。残念。

 でも、少しずつだけど、女子メンバーも距離が縮まってきているみたいだから、いいかな。

 ちらっとラウラさんを見ると、ふぅ……と小さく息を吐いていた。警戒しながら移動してるし、疲れてきているのかな。


「休憩する?」

「え? あ、うぅん、問題ないよ。ほら、次行こう」


 なんて話しながら色々と見て回り、時々購入しながら移動しているうちに、これが作戦だということは頭の片隅にあるけれど、本心からこの時間を楽しんでいる自分がいて、


「ほら実里君、これすっごく美味しいよ?」

「うん、そうだね。無茶苦茶美味しいね」


 ラウラさんの笑顔に、思わず胸がドキドキしていたせいで、ジュースの味が全然わからないほど幸せなんだけどどうしよう!!


『ちょいとお二人さん、楽しむのはいいけれど警戒忘れてないかしら~?』


 エリスさんの呆れているような、からかっているような声に我に返り、ラウラさんと顔を見合わせてしまう。


『なんで今『あ、そうだった』みたいな顔になったの?!』

「ごめん、でもちゃんと警戒はしているからさ」

「共鳴反応もないし、私たちのことを見ている人もいないかな」

『まぁわかってるならいいわよ。二人の時間を邪魔して悪かったわ』

「ちょ、エリスさん!」


 僕の慌てた声に、エリスさんは『にひひ』と笑って通信を切った。あんの人はぁ……。


「エリスさんってば……」

「あはは……」


 苦笑するラウラさんの頬がちょっと赤くなっている。僕の頬もきっとそうだ。


「でもこれなら、他の能力者が見ても…本当にそれらしく…見える…のかもね」


 ラウラさんが少しだけ歯切れ悪く言う。

 まぁ、こういうのをからかわれると、やっぱり照れてしま……じゃなくて、いい気分はしないよね。でも、それらしく見えるならいいんじゃないかな……今、は、ごふぅっ。過去のトラウマが僕の心を苛む……ッ。


「……ごめんね、実里君」

「ん?」

「私とこういう役……その……色々と」


 居ずらそうにするラウラさんを見て、彼女がどうしてそんな態度をとってしまっているのかに思い当たった。


「嫌……じゃないかな」


 きっと最初に戦った時のことを気にしているんだ。

 確かにトラウマにはなっているけれど、もうそんなことはいいんだ。



「そんなことないよ。僕は楽しいし」

「実里君……」

「これは能力集めの一環かもしれないけど、僕はラウラさんとのデートだと思ってるしさ」

「……でも」

「でも?」


 一瞬だけ顔を伏せていたラウラさんだったけれど、


「ううん。実里君、優しいなぁって」


 はにかんだような笑顔を向けてくれた後、悪戯っぽい表情になった。


「……はぁ……実里君は誰にでも優しいから、気をつけないと誤解されるよ?」

「そんな子いないと思うよ」


 そう言うラウラさんだって、たまに同じような言動をしてたんだよな。カフカもそうだけど、あれってかなり誤解しやすいんだよ、男子っていうアホな生き物は。もしかしたら、自分に気があるんじゃないかって期待してしまうんだから。

 まぁいいか……ラウラさんに、笑顔が戻ったんだから。


「ところでラウラさん、そろそろお昼なわけだけど」

「あ、本当だね。ごめんね、予定の半分くらいしか回れてないかも」

「いいよ。そうだ。カフカたちにも連絡入れておかないと」


 カフカに昼食へ向かう連絡をして、ラウラさんと再び並んで歩き出す。

 でも、さっきまでとは雰囲気が違っている気がする。

 ラウラさんとの距離がちょっとだけ近くなったような、そんな感覚。実際の所はそんなことないんだけれど、きっと、少しは心を開いてくれたから……だと思いたい。


『『僕はラウラさんとのデートだと思ってるしさ (キリッ)』』

「ぐはぁっ!?」

「え何?! どうしたの?!」

『何やってるんですかぁ……』


 耳元のカフカとエリスさんの大げさな台詞回しに身悶えた。


リーシェ「世界を救う方法は、デートしてラウラをデr」

エリス「おい、やめろ馬鹿」

カフカ「この話題は早くも終了ですね!」

ラウラ「リーシェ……」

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