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第三十一話 緋色の共鳴


「んじゃ、頑張れよ」

「だから違うっての!」


 放課後、生暖かい眼差しを向けながら部活へと向かう明守真を見送り、掃除場所である視聴覚室へと向かい、適当に掃除を終わらせる。


「香乃君、君、清掃委員にならない?」

「何を言っているんだい、君は?」


 僕は保健委員だっての。

 クラスメイトの冗談を一蹴し、さっさと撤収する。

 先に校門で待ってくれているラウラさんやオーエンさんたちと合流して帰る、いつも通りの放課後。仲の良い友達で帰っていく、聞くだけなら青春の一ページなのかもしれないけれど、実際は緊張と裏合わせの非日常。今もどこかで監視しているであろう残りの能力者たちの接触に備え、僕たちは日々過ごしているのだ。

 最近は、少し慣れてきたけれど。

 土曜日に、ラウラさんと二人きり(に見せかけたメンバー全員)での作戦で友好的というか、そういったものが伝われたばいい。いや、伝わってくれと切実に願う。

 もし自分が他の能力者の立場なら、何かあるよなって絶対に勘ぐるけどね!!

 考えていたら涙が出そうだ……今更オーエンさんに文句も言えないし、言う気もない。ただただ、僕たちは最善を尽くすだけだ。ダメだった時は考えないでおこう。


 何人かの生徒たちとすれ違い、最初は僕の方を見てくる人もいたけれど、次第に反応が薄くなってくる。カフカによるステルスが発動したからだろう。

 別位相から来たというカフカは、能力者でもないのに、僕たちのような不思議な力を使うことができる。

 手も触れずに鍵の開け閉めを行い、空を飛び、姿や声を物理界から消し去り、一目で能力者を見抜く。そして超人的な身体能力を持ち、僕たちのサポートをしてくれている。

 正直に言うと、カフカや彼女の故郷の人たちがその気になれば、この問題は全て解決できるのではないかと考えたこともある。けれど、そう指摘した時、カフカは言葉を濁して、そうしたいけれどできない、という雰囲気で謝ってきた。


 どんな理由で能力がこの世界にばら撒かれたのか、そして天の人たちが動けないのかは知らない。でも、そのおかげで僕はカフカと出会い、ラウラさんたちとこうやって仲良くできるようになった。ありがたくないけれど、事が全て片付いたら、あぁあんなこともあったんだなって笑えるようになれるのかもしれない。

 そうなったら、カフカとはお別れになるんだろうけれど、こんな事件を追って一人でこっちの世界に来た彼女のためにも、僕は早くこの事件を終わらせたい。

 なんて、偉そうなことを考えているけれど、僕は共鳴反応がキャッチできないから、皆にとって足枷になっているんだけれど。


 そんなことを考えながら一階に降りた時、武宮先生と出くわした。

 耳にかからないくらいに短い少し癖のある髪と、クールな雰囲気が相まって、スポーティーな印象を受ける。でも白衣を羽織っているから、理知的で大人の雰囲気がある研究者に見えなくもない。

 この学校で、一番接した先生だろう。

 その武宮先生も、カフカの力を受けた僕のことはわからず、真横を通り過ぎていく。わかっていても、少し寂しいものがある。

 まぁ、でも。挨拶はしておいた方がいいかもしれない。ちょうど、他に人の姿は見受けられないし。

 よし、


「あ、先生、さようなら」


 僕が声をかけると、階段を上ろうとしていた武宮先生が驚いた顔で振り返ってきた。あ、可愛い。こんな顔もするんだ。かなりレアかもしれない。エリスさんやカフカが僕に悪戯を仕掛けてきた時の心境がなんとなくわかりそう。


「香乃君? いつからそこに?」

「さっきからずっとです」

「そうか……集中しすぎていたのかな?」


 いえ、すみません。姿も気配も無意識でわかるレベルに抑えてあったんです。

 苦笑気味に頬を掻く武宮先生に、心の中で謝っておく。


「気をつけて帰りなよ?」

「はい。あ、それと」


 僕は先生に聞いておかなければいけないことがある。別に深く考えなくてもいいような気もするんだけど……何か、引っかかるものがある。


「昨日、僕が皆と一緒に登下校してるって話なんですけど……どこで知ったんですか?」


 先生が「それか」とつぶやくのと同時に、僕は『読心』を展開し、先生の思考を読みとる。


『まぁ、あんなカマをかけるような真似ならすぐにばれるだろうな。桃谷先生の話しも嘘だってバレているみたいだし』

「すまない、私は君に嘘をついたんだ。名前は明かせないけれど、あの話を教えてくれた人がいてね」


 思考を読みとって、そして先生の発言に内心戦慄した。

 僕たちのことを見ている人がいる。それも、カフカのステルスが効いている登下校と昼休みに、僕たちを特定して。


「あぁ、その人は別に悪い子じゃないからね。ただ、そういうのを見たって教えてくれただけなんだ」

『まぁ、香乃君がこれくらいで怒って何かするなんてありえないけど』


 先生の心の評価が予想外で、場違いにも嬉しくなってしまった。


「どうしたの香乃君?」

「いえ、ただ本当のことがわかってホッとしただけです」

「あぁ、そうだね。嘘をついて、すまなかった」

『あの子のプライバシーを守るためとはいえ、この子には嘘をついてしまったなぁ』


 珍しく落ち込んだ様子の先生の心境に、僕も心の中で謝りたくなってきた。先生はただ、僕たちのことを互いに守ろうとしてくれていた、優しい人なのだとわかって、本当にホッとした。


「いえ、先生は色々と考えてくれていたんですよね。すみません、僕の方こそ」

「何故君が謝るんだい」


 やっといつもの雰囲気に戻って苦笑し始めた先生に、僕も笑みが浮かんできた。

 気になっていたことの一つは無事解決した。

 残るは、あと一つ。


「そうだ。その人、僕たちの事を知っているなら、今度お昼を一緒にできたらと思うんですけれど」

「え? あぁ、そうか……それもそうだね」

『丁度いいし、今度紹介しようかな。もう一人、友達の女の子が増えるけれど、香乃君はどんな反応をするかな?』


 何やら心の中でほくそ笑んでいるみたいだけれど、一体何だろう。まぁ、悪気はないみたいだからいいか。


「じゃあ、そうだね……あの子とも仲良くしてほしいかな。君たちなら、大丈夫そうだ」

「ありがとうございます」


 先生は頷くと、手をさっと振って今度こそ階段を上って行った。


『さて、今頃は屋上かなぁ……』


 思いやるような優しい声音を、心の中に響かせながら。


 先生の姿が見えなくなってすぐに、僕は今聞いた話をラウラさんたちに報告した。


『屋上か……カフカさん、ちょっと見てきてくれるかな?』

『はーい』


 数秒ほど間があってから、


『いないみたいですー』


 空から報告しているのだろう、遠巻きにカフカの声が聞こえてきた。


『いないみたいね』

「そっか……」


 まぁ先生の予想だから、仕方ないか。


『でも、この学校にいるってことはわかったから、いいんじゃないかな?』

『でも、共鳴反応がないのは気になりますぅ』

『アンタや私のようにステルス持ってる奴は他にいないんでしょ? だったら、半月以上、共鳴反応の外からずっと観察しているってことになるわよ?』


 だとしたら、その人は無敵すぎる。

 学年はわからないけれど、登下校や校舎内の移動、全校集会で校庭や体育館に集まる時など、共鳴反応の効果範囲に入ってしまうかもしれないところを、全て回避してきているのだから。

 ちゃんと授業出ているんだろうか、もしかして僕たちに会うのが嫌で不登校気味になっていないだろうか。


『悩んでいてもしょうがないか。もういいから、香乃君はこっちに合流してね』

「あ、うん。わかったよ」


 電話を切り、ほっと緊張をほぐした。

 まぁ、今日会わなかったとしても、僕たちの事を見ているということはわかった。だとしたら、近いうちに会えるのだろう。というか、登校時から全員でくまなく校舎内をパトロールすることになりそうだ。

 それはそれで楽しそうだけど、大勢で行ったら流石に怖がられるかな?

 そんなことを考えながら玄関へと続く廊下を歩いていく。階段を降りてすぐのところに保健室があって、その四つ隣が職員室になっていて、すぐ紛ったところが玄関口となっている。

 だから、曲がり角からやってくる人に気をつけないといけない。今の状態の僕なら、相手の人が自動で避けてくれるだろうか。試したくはないけれど。

 なんて思っていたのがダメだったのか、注意していたはずなのに小走りで曲がり角から姿を現した女性にぶつかりそうになった。


「すみませんっ」

「いえ、こちらこそ」


 紺色のスーツを着た若い女性はそう言うと、ずれたらしいメガネを掛け直した。

 すらりと背が高く、髪の毛を後ろで一括りにしているせいか、スポーティーでクールな印象を受ける。

 思わず声をかけてしまったことで、僕を認識できたみたいだけれど、離れればすぐにまたカフカのステルスが発動する。

 軽く会釈して通り過ぎようとしたら、


「あの」


 遠慮しがちな声で呼び止められた。


「はい?」

「保健室ってどこでしょうか?」

「それでしたら、この先に職員室の四つ隣の部屋がそうです」

「そっか……ありがとうございます」


 小さく会釈をする女性は、ふと恥ずかしそうにはにかみ、


「高校なんて久しぶりだから、ちょっと迷っちゃって」


 なんて言い訳をしてきた。それが可愛らしくて、心がほっこりした。口調も砕けたものになったせいか、ちょっと年上のお姉さんという感じがして、最初持った印象も少し和らいだ。


「呼び止めてごめんね」

「いえ。では、これで」


 そう言って、今度こそ僕は歩き出した。

 さっきの人、武宮先生の知り合いかな? もしかして新しい先生だったりして。

 そんな風に取り留めもない事を考えながら靴へと履きかえ、カフカたちが待つ校門へと急いだ。



 やはり、そうか。

 玄関口から出ていく少年と、脳裏に浮かぶ地図上のマーカーが、同じ場所を同じ速度で移動していくのを確認しながら、自分の仮説が正しかったことを認識した。

 私に付与されている『隠れ蓑』の効果を限定的に緩めることで、対象の存在に自分を認識されることができる。つまり、共鳴反応が少年にだけ伝わるようにしたのだが……あの少年、共鳴反応を受け取れていない。

 少し前に気が付いたのだが、『強欲』は少年の接近に遠くからでも気づくのに対し、少年は『強欲』の接近を常人と同じようにしか察知できないのだ。少ない観察の中で見つけられた、微かな違和感だったが、今こうして確認が取れた。

 もし少年がしっかりと共鳴反応を受け取れていたら、それはそれで交渉するのに手間がかからなくていいが、下手をすると驚かれて攻撃される可能性があった。

 その点、今回は大きな収穫だ。これなら土曜日もうまく接近できるかもしれない。

 問題は他の能力者だが……先に手を出される前に、私から接近してしまおう。ステルス能力を付与された私しかできない、とっておきだ。

 さて、用事も済んだし戻るとするか。


『用事は済んだみたいだね』


 突如として脳裏に響くこの声にも、もう慣れた。


「ええ。ご協力、感謝します」

『まぁ、そういう約束だからね。でも、今日話をつけてもよかったんじゃないのかい?』


 確かにそう思わなくもないが、まだあの少年を信用しているわけではない。話をして仲間に入った途端、二人がかりで能力を奪われる可能性もある。

「土曜日はたっぷりと時間もありますから」

『君も大概悠長だね。まぁいいけれど。それよりさ』

「?」

『どうしてスーツ姿なんだい? 学生服を着たらよかったのに』

「私が学生服を着たらおかしいでしょう」

『そうかな? 結構似合うと思うんだけど』


 くすくす笑う協力者の声を耳にしながら、自分の体を見下ろす。着れないことはないが、別にそんな手間暇をかけなくても、手持ちの衣服で十分だと思う。


「学生服を着る意味が分かりかねます。スーツでも問題はないかと」

『まぁ、そうだね』


 中身のないやり取りを終え、橙色の日差しを受ける校舎を出た。

 頭の中に浮かぶ地図上の『色欲』と『強欲』は、いつものように喫茶店の辺りまで歩き、しばらくしてから二手に分かれ、反応が消えた。この先にある住宅をこの国の法に触れず、また守護者の怒りを買うこともなく調べることは、私に宿った力を使えば造作もない。しかし、守護者がそれもやめておけと言ってきているので、何かしら理由があるのだろう。

 あの少年少女たちと接することで、果たして何が出てくるのか。


人間(われわれ)が対処できる相手だといいんだがな」


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