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第三話 その指が示す先は

少し長いかもしれません。

 とにもかくにも、朝から少し憂鬱な気分になってしまったことに変わりはない。やる気がでねえ。ぐだーって寝そべって半日くらいダラダラしていたい。


「これって怠惰の力じゃないのか」


 超能力についてはおいておこう。

 とりあえず、自分に宿った力とやらのことは今は忘れ、帰ったらカフカの下宿先を探さないといけない。天使だからアパートよりも教会の方がいいだろうか。本物なら、さぞ教会も喜んでくれるんじゃないだろうか。輪っかと羽根はないけれど。


「……乃君、香乃君」


 上の空だった思考が、自分を呼ぶ声に応じて地上へと舞い戻って来た。


「香乃君、どうしたの、ぼーっとしちゃって」

「え、ああ……」


 いつの間にか立ち止まっていたようだ。目の前に薄手の赤い上着を着た女子生徒が立っていた。腰まであるストレートの黒髪、小さな顔立ちの美人。日本人には珍しいパッチリとした目が見上げてきていた。


「えと、円迎寺……さん?」

「あれ、私のこと知ってるんだ? 嬉しいな」


 知らない奴がうちの学校にいるとでも思っているのか、この美人は。


 円迎寺ラウラ。学校屈指の美少女で、性格よし、スタイルよし、成績優秀で、さらに家はそれなりに大きく、海外で暮らしていたこともある帰国子女。絵に描いたようなお嬢様。非の打ちどころがない彼女を慕う者は多いものの、浮いた話など一つとして聞かない。玉砕したという話なら山ほど聞いた。誰が呼んだか、鉄壁お嬢様という異名で知られている。

 そのうえ、こうしてごく普通の生徒にも気兼ねなく声をかけて、あまつさえ自分の名前を知っているとなると、ついときめいてしまう者もいるのは仕方のないことだと思う。


 それに、自分だってこの子に憧れているのだから。


「香乃、実里君でよかったかな」

「ああ、そうだけど……」

「よかった」


 そう言ってはにかまれては、朝の憂鬱も少しは和らぐ気がした。それに、円迎寺ラウラに名前を呼んでもらって、気にかけてもらって、それだけでも胸が高鳴っている。これが昨日までなら浮かれまくって一日中幸せな気持ちでいられたのだろう。


「それで、どうしたのかな。道の真ん中でぼーっとしちゃって」

「考え事をしていただけだよ」


 なんとか平静を保って答える。超能力がどうだとか、天使が来ただのとは話せないので、本当のことだけれど真実はオブラートに包む答え方になった。


「そうなんだ?」


 小首を傾げるものの、納得がいったのか、それ以上は追及せず、円迎寺さんはそっと身を引いた。ふわりといい匂いがした。


「でも、何か悩みや困ったことがあったら、カウンセリングを受けた方がいいわよ。私もたまに受けたりするし」

「円迎寺さんが?」


 意外だ。完璧お嬢様なイメージのある円迎寺さんにも悩みの一つや二つはあるだろうが、カウンセリングを受けているとは思っていなかった。

 円迎寺さんは苦笑を浮かべる。


「私だって人間ですもの。それに、カウンセリングを受けるのは別に恥ずかしいことでも悪いことでもないわ。いけないのは、一人で抱えて潰れちゃうことよ。自分だけじゃなくて、周囲の人もすごく困っちゃうわ」


 確かに。


「昔海外にいた時は、よく父やそのお友達が信頼できるカウンセラーのところに通っていたの。自己メンタルの管理やケアは体調管理と同じくらい大切なことだからって」

「へえ」


 それは目からウロコだ。しかし、この悩みは一般カウンセリングに持ち込めるものではないし、もし秘密が知られれば一体どんな出来事が待っているかなどと想像するだけで鳥肌が立ってくる。本物の超能力を持っているが故に、普段とは比べ物にならないくらいに恐怖が倍増される。いかん、落ち着こう。円迎寺さんに不安なところを見せても仕様がない。


「ま、気が向いたら受けてみるよ」

「そう? もし私でよければ相談に乗るけれど」


 これもとてもありがたい申し出だが、気持ちだけもらっておこう。


「いや、本当に大丈夫だよ。それより、この時間帯に登校ってことは、何か用事があるんじゃない? 日直とか、生徒会とか」

「私、いつもこの時間帯の登校なの」

「用事もないのに?」

「うん」


 実のところ、彼女が何をしているのかは噂話程度ではあるが知っている。教室の机を拭いて、花瓶の水を替えたり、黒板のチョークの補充などを行っているらしい。


「香乃君だって、今日は早いね。いつもはもう少し後の時間に登校してるのに」

「え?」

「あ」


 どうしてこっちの登校時間を知っているんだ。それに、「あ」って何さ「あ」って。口元に手を当てて目を見開いている様子から、思わず口について出てしまったのだろうと予想は着くが。


「ええと、その、あはは」


 笑って誤魔化そうとしているが、遅い。


「えと、ね、その……クラスが隣りだから話とかたまに聞いてて」


 頬を赤らめて目を逸らして、もじもじと両指を動かしている様は、何というか、とても可愛いんだけれど、それよりその態度はいささかいかんと思うのですよ。それじゃあまるで意中の相手に対する態度だ。


 今、あの力を使えばどうなるんだろう。そんな考えが浮かぶが、それをねじ伏せた。


「わかったよ」


 そう言うと、円迎寺さんはほっと息をついた。まだ頬は赤い。こっちの頬もきっと同じだ。勘違いするところだったが、さっきの反応を見ていると、いつもは完璧なお嬢様というイメージが崩れ、身近に彼女を感じられてくすぐったいような気分になった。

 それから、どちらともなく歩き出し、一緒に通学路を進んでいく。


「先に行かなくていいの?」

「うん、まだ時間、余裕だし」

「そっか」

「……香乃君さ」

「ん?」

「憧れている人っていうか、そう言う人っているのかな?」

「ぶふぁ!」


 思わず噴き出してしまった。やばい、むせた。


「ごめん、大丈夫?」

「……何で円迎寺さんが謝るんだよ。問題ないよ。それより、今のはどういった要件での質問?」


 まずい、また危うく誤解するところだった。話の続きを促すと、円迎寺さんはまた目を逸らして、


「その、ね。香乃君のことを好きな子がいて……相談をされてね。こう言うこと聞くのも恥ずかしいんだけれど聞いておこうかって」


 ああ、なるほど。そういうことか。心の中で苦笑する。でも、好きでいてくれる人がいるってことを知って、悪い気はしない。


「それでどうなの?」


 上目づかいで見られて、今度はこっちが目を逸らすことになる。


「いや、別に僕は……」


 円迎寺さんに憧れています、なんて言えない。


「いるにはいるけれど……きっと届かないっていうか……」

「そう……なんだ」


 好きでいてくれる子には申し訳ない答え。


「ごめん円迎寺さん」

「ううん。こちらこそごめんね」


 円迎寺さんなら、上手にその子にも話しを通してくれるだろう。


「そっか。香乃君、結構かっこいいし、その憧れている人にもきっと伝わるわ」

「うん……」


 あれ、自分に相談しに来た子の意中の相手の恋を応援? それは、相談しに来た子の気持ちを裏切ることになるんじゃ……。けれどその懸念は、


「そっか、香乃君、好きな人、いるんだ」


 その一言で晴れた。

 勘違いだったら、もうそれでいい。力も使わない。こちらも、ひとつ問いかけてみることにした。


「それはそうと、円迎寺さんこそ憧れている人はいないの?」


 かなりドギツい一撃だったらしく、円迎寺さんがびくんと肩を跳ね上がらせてこっちを見てきた。顔が真っ赤だ。

「ふぇ、ちょ、ちょっと何いきなり」

「あ、ごめん。こっちも円迎寺さんに憧れているって人いるからさ」


 事実だ。というか、うちの学校で円迎寺さんに憧れていない男子は彼女持ちなどの少数派のみ。お前聞いてこいよ、などと冗談交じりに持ちかけられてくることもしばしば。だから、言っていることに嘘はない。

 言い訳もばっちりに聞いてみた答えは、本当に意外で、新鮮だった。


「……いる……よ」


 指を、僕に向けて。



「目の、前に……いるの」



 まだ僕は知らない。この先、この言葉をもう一度聞くことになることを。



 その時、本当の意味で、僕は彼女を好きになるということも。

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