閑話 愛する人とカメラと実りある人生を願って
あけましておめでとうございます。
待っていてくださった方々、大変申し訳ありません。
今年もどうぞよろしくお願いします。
「ねぇ、えーちゃん」
嘉香ちゃんの柔らかい声に顔を上げる。
こたつに入ってのんびりとみかんを食べていた最愛の妻は、はにかみながら大きくなったお腹をさすっている。
「今ね、お腹蹴ったよ」
「マジで?」
「うん。元気いっぱいで何よりだわ」
「よし、写真撮るぞ」
常に携帯している愛用のカメラを取り出して構えるが、嘉香ちゃんは苦笑と共に手を横に振る。
「いいよ、この前も撮ったじゃない。それに、次撮るのは、この子が生まれた時だって言ったじゃない」
「そ、そうだったな」
いかん、興奮のあまりつい手が……。
「えーちゃん、何かあるとすぐに写真撮るよね」
「仕方ないだろ、もうこれは癖なんだから」
「よ、元写真部のエース」
「エース関係ねぇ?!」
わいわいやっていると、台所からゴツンと音が聞こえてきた。別に何かが落ちた訳でも、不審者が入ってきた訳でもない。
我が妹が冷蔵庫の角に小指をぶつけたのだろう、きっと。
「時雨ぇ大丈夫かー?」
「大丈夫だよ兄貴……ちょっと砂糖が……」
「おいおい、こぼしたのか?」
「違う違う。気にしないで」
どうにもおっちょこちょいのところがあるからな、時雨は。
やれやれと顔を嘉香ちゃんの方へ戻すと、何故か呆れたような、生暖かい目で迎えられた。
「え、なに?」
「うぅん、えーちゃんは幸せものだなぁって思って」
「そうだろう、自慢だが俺は幸せだ」
そこは胸張って言えるぞ。
姉貴曰く、「初恋なんて実らないんだよコンクルード!」らしいのだが、たぶん人によるのだろう。
付き合い初めて数年、初恋の相手で、最愛の彼女と結婚して子どもまで出来るんだから。
「俺は世界一幸せだよ」
自然と頬が緩むのを自覚しながら言葉にすると、嘉香ちゃんは顔を一瞬で真っ赤にしてぷるぷると震えだした。
「も、もう! もう! えーちゃんってば、えーちゃんってばぁ!」
「うん、かわいいかわいい。俺の嫁さんは世界一だ」
「もうバカ、恥ずかしいじゃないの!」
「隙ありぃ!」
そうやって取り乱させているうちに素早くシャッターを切る。よし、今日のベストショットはこれで決まりだ。
「もう、もう! もうもうもうもう! えーちゃんっ!」
「あははは」
ガツン、ゴトン、ズガガガガガガ!!!
嫁さんが可愛いのでついいじっていると、台所から先ほどよりも激しい物音がしたので、流石に心配になって立ち上がる。
「おい時雨、大丈夫か?!」
台所に飛び込むと、時雨が頭を押さえて座り込んでいた。
「頭でも打ったのか?!」
「違う……ちょっと、エクトプラズムが……」
「は?」
「気にしないで……あはは……」
「そ、そうか? まぁ怪我とかないんだったらいいんだけどな?」
一応頭を触って、たんこぶなどができていないか確認してやるが特に異常はなかった。
「よくわからないけど気をつけろよ」
「わかってるから子ども扱いしないでよ」
中学生の割に背が高く、ボーイッシュな雰囲気のせいでクールだと思われがちな時雨だが、おっちょこちょいなところもあるのでたまに心配になる。
そんな俺の気も知らず、頭を引っ込めて俺の手から逃れた時雨は、子ども扱いされた恥ずかしさに顔を赤くしながらそっぽを向いてしまった。
「いいから嘉香さんのところに戻ってなよ! お蕎麦持って行ってあげるから!」
「はいはい」
やれやれ、こういうところはまだまだ子どもだなぁ。
苦笑しながら戻ると、嘉香ちゃんが今度は顔をニヤニヤさせていた。
「何だよ、今度は」
「別に?」
「いや、なんだよ、なんで笑ってるんだよ、えええ……?」
そうこうしている間に時雨が年越しそばを並べ、部屋に散らばっていた家族を集めてきた。
今年も残すところわずかだが、さてと、そばを食べながら紅白でも見て、それからのんびりと過ごそう。明日は年明けのあいさつと、嘉香ちゃんの実家に挨拶に行かねば。義兄さんや義姉さんたち、元気にしているんだろうな。
鼻をくすぐる出汁の香りを楽しみながらほっこりしていると、時雨が幼稚園の双子妹の世話をしながら、
「それで兄貴、嘉香さん。もう赤ちゃんの名前は決めたの?」
「えーちゃん、発表しちゃおうか」
「そうだな」
そう、すでに俺と嘉香ちゃんの間では決めてあるのだ。
これから生まれてくる子が、どうか実りある人生を送れるよう、願いを込めて……。
香乃実里。
香乃栄一郎と嘉香の間に生まれた長男で、七大罪の能力『色欲』を持つ、ごく普通だった少年の名前である。
彼の人生が実りあるものかどうかはまだわからないが、今のところは、充実しているようである。




