第二十八話 姉と妹に挟まれて
『うおぉぉ……まだじわじわ痛い……』
『大丈夫ですよ、かなりかなりかなり、かなり、かなぁぁぁり、手加減しましたから』
『こっちだって能力全開で身体強化してたっての! なのにこの痛さはありえないでしょ!』
『うーん、身体強化をもっと使えば、使い慣れるにつれて耐久の上限も上がると思うんですけど』
『マジか……野宿していた時にそれなりに使ってたんだけど』
『功夫が足りませんね』
『これそういうもんじゃないでしょーが!』
ぎゃいぎゃいと騒ぐカフカとエリスさんの少し後ろを歩きながら、僕は土曜日のことを考えていた。
場所はカフカたちの日用品を買いそろえたショッピングモールで、朝九時に集合。ぐるりと一周くらい見て回って、その後はぶらぶらとその辺りを散歩する計画になっている。能力者が接近してくれれば随時対応に入るけど、何もなければそのまま喫茶店でお茶をすることになっている。
これで能力者が全員集まるとは思えないし、危険がないわけではないけれど、もしかしたら何かしらの進捗があるかもしれない……なんて、いくら擁護したところでさ。
よく考えなくてもわかる。
これって、ただのデートじゃん……。
いや、嬉しくない訳じゃない。ラウラさんと二人きり(厳密には違うけど)で出かけて遊ぶなんて、とても幸せなことだと思う。
残り半年ほどで世界が滅ぶのを防ぐために残りの能力者を探すとか、そいつらに能力奪われたら大切なものがなくなるとか、そういう危機的状況下でなければ。
ラウラさんに、嫌がられていなければ……の話だが。
本当に、オーエンさんは一体どうしてこんな提案をしたんだろう。
「どうしたの実里? ため息なんてついて」
エリスさんとカフカが振り返ってこちらを見ていた。どうやら知らず知らずのうちにため息をついていたらしい。
「うぅん、今もどこかで能力者が見てるのかなぁって……」
咄嗟に出た言葉だけど、常に懸念していることなので嘘ではない。
共鳴反応が起きるのは半径六十メートル以内からなので、エリスさんが反応しないということはつまり、相手はかなり離れた場所から僕たちを監視しているということになる。今も、どこかかしらから、双眼鏡か何かで見られているのかもしれない。そう思うと、背筋にゾッとした怖気が走る。
「それらしき人はいませんけどね」
カフカがキョロキョロあたりを見回し、ちょこんと首を傾げる姿に心が癒された。見れば相手が能力者かどうか判別できるカフカがいないと言っているのだから、今はいないのかもしれない。
「安心してください実里さん! 通学路はもちろん、お家のセキュリティおよびプライベートは私がしっかり守っていますから!」
「カフカ……」
「ですから安心してエッチな本を読んでください!」
「カフカ……」
感動したのにすぐさま冷めてしまった。どうしてこの子はこういうところで一言余計なのだろうか。あと、僕はエロ本の類は持っていないからな。
まったく、最初に会った時から時々こうやってからかってくるんだよな。天使なのにたまに堕天使に見えるときがある。
「安心してください実里さん、私、本棚の裏とか探してませんから」
「隠し場所が本棚の裏とか、漫画でしか見たことないよ」
「はっ、ということは……机の中……でもあそこにはノートの類しか……じゃあ、あの部屋のどこにもないってことじゃないですか……!」
「だからどこにも隠してもないっていうか思いっきり探してるじゃん!」
「てへぺろっ♪」
とりあえず百会のツボあたりを親指でぐりぐりする刑に処しておく。
きゃーきゃーとはしゃぐカフカにため息をついていると、エリスさんが温かい目で僕たちを見ていることに気が付いた。
「何?」
「いや、あんたたち、顔立ちが全く違うのに姉m……兄妹のように見えるなぁって」
「今姉妹って言いかけたよね?」
「本当仲いいわね」
スルーされたけど、まぁいいか。女性寄りの顔立ちだという自覚はある。
それよりも。
カフカと出会ってからまだひと月も経ってないのに、もう何か月も一緒に居て、それが当たり前のように思っているこの感覚は、悪くない。
「もーエリスさん! 最初は私のことを実里さんの彼女だって言ってくれたじゃないですか!」
「いや、もう今はなんか兄妹にしか見えないから」
そう言うエリスさんも、カフカとじゃれているとやっぱり姉妹に見えなくもない。エリスさんが姉で、カフカが妹。
想像したら、笑いが漏れてしまった。
「実里?」
「なんかエリスさんもカフカのお姉さんみたいだなぁって」
「ほう? ということは、実里も私の弟ということになるわね」
エリスさんがにやにやしながら返した言葉に、ちょっと面食らってしまった。いや、考えなかったわけじゃないけどさ。
「何なに? 実里もまんざらじゃないのかしら?」
「いや、エリスさん……」
「顔赤くしちゃって可愛いわねぇ」
からかわれているのはわかっているんだけど仕方ないでしょ!
エリスさんから逃げるように顔を背けると、横にいたカフカが頬を膨らませていた。
「むぅ、実里さんはお姉ちゃんの方がいいんですか?」
「何の話しをしているのカフカ?」
このままだと変な方向へ話が進みそうなので話題を修正したい。というか、姉さんはもうすでに間に合っている。
「はぁ、僕も能力感知ができたらなぁ……」
「能力感知はできなくても、『読心』を使えばいいんじゃないの?」
「僕も最初はそう思ったんだけど、効果範囲が僕を中心とした半径二十メートルくらいまでなんだ」
これはエリスさんが仲間に入るまでの一週間ほどでわかったことだ。
登下校中にこっそり尾行してくるエリスさんの存在を感知する時に、エリスさんの姿が見えるのに『読心』の効果がでていなかったことがあった。カフカにその訳を聞くと、件の答えだったと言う訳だ。
ちなみに、今まで教えてくれなかった理由は『能力に依存してしまう可能性があるから』だった。共鳴反応を感知できないため、常に『読心』を展開することになり、それによって人の考えも見えてしまうので、人との接し方も今後これに頼りっきりになる恐れがあると考えたらしい。
ちょっと神経質すぎるんじゃないかと思ったけど、普段はふわふわしているカフカが真剣な様子だったのでそれ以上の突っ込み入れていない。ズブの素人である僕よりも、能力について知識がある彼女なりの考えがあるんだろう。それに、カフカの意見は正論だ。漫画でよくそう言った展開があるから。
「それに、余計な事件にも会うし」
「事件?」
この件もエリスさんと再会する少し前のこと。カフカの注意を聞いて、頼りすぎないようにするという約束の下、残りの能力者探しに少しでも役立つと思って『読心』を展開していた時に、偶然隣町から逃げてきた下着泥棒の思考を拾ってしまったことがあった。得体の知れない恐怖感と、社会ルールの一線を越えてしまっている者への吐き気があったけど、知ってしまった以上は放っておけなかった。
警察へ電話しながら『体温操作』で行動不能にしてやろうと思ったら、犯人の思考が停止していた。不審に思っていたらカフカがしたり顔で、「やってしまってもよかったんですよね」と言っていたので、彼女が気絶させたということがわかった。その後、すぐに犯人は捕まったのだけど、あれは嫌な気分だったな。
「この街って、そういう、こういっちゃなんだけど小さな事件すらもここ十数年以上、全くと言っていいほど起きてないんだって父さんたちがよく言ってたんだ。だから、そういう輩が他所から現れるって再認識しただけで、滅茶苦茶気分悪かったんだ」
「じゃあ、もう能力は展開してないの?」
「うぅん、たまにしてるよ。二十メートル圏内だけど、カフカやエリスさんたちと離れている時に、もしかしたら能力者が近づいてきているかもしれないし。それに、学校で悩みがあって困っている人がいれば、アドバイスしてあげられるし。もしまた犯罪者がいたら、皆やこの街を守れるかもしれないし」
あれ以来、そう言った輩には出会ってないけど。冗談めかしてそう言うと、エリスさんは呆れたような、それでいてどこか嬉しそうに笑った。
「君って本当、つくづくお人好しね」
「よく言われるよ」
エリスさんと、どちらからともなく噴き出す。
と、カフカが再びむくれてこっちを見ていた。
「やっぱりお姉ちゃんがいいんですね! 愛があればいいんじゃなかったんですかッ?!」
「何を言っているんだお前は……」
「じゃあ問います! 貴方が私のパートナーですか?!」
「いや、前からそう言ってるじゃん……しかも自分で」
よくわからないけど、じゃれついてくるカフカが楽しそうなので適度にツッコんでおく。
そんな楽しい、優しい午後が過ぎていく。
後どれだけこうしていられるかわからないけど、こんな時間が続いて、近い将来能力が集まって事件が終わっても、こうしていられたらなんて夢想が浮かぶ。父さんや母さんたちにカフカたちを紹介して、こうやって登下校を一緒にして……なんて、都合のいい考え。もちろん本気なわけじゃない。皆にもそれぞれ居場所や事情がある。だから、終わったらバラバラになっちゃうんだろうけどさ。
今は、この時間を楽しみたい。心のどこかで、そう思っている。
次回、第二十九話「キミとアナタと土曜日に」




