第二十五話 それぞれの想い
『ねぇラウラぁ』
『何?』
『香乃さんって、どういう人なの?』
生徒会室で書類整理の仕事を手伝った後、昼休みの予鈴が鳴るまで談笑をしていた時、ふとそんなことを聞いてみた。
すると、ラウラは少しだけ考えるように目を伏せて、
『優しくて、どうしようもなくお人好しな子だよ』
すごく優しい声で、そう答えた。
『本当に、本当に……どうしようもなくて、こっちが怒りたくなるくらいに、優しい人なんだ』
今度は悲しそうな、泣きそうな声で。
あぁ、やっぱり。
リーシェの心の中に風が吹いた。小さな、しかしはっきりと心臓のあたりを撫でられたような、そよ風の感覚。
ラウラは実里の事が好きなんだ。
『えぇ、知っているわ。彼は優しい男の子ね。でも、怒りたくなるって? カフカ様やスタッカートさんを甘やかしているあれのことかしら?』
リーシェの疑問に、ラウラは違うと首を振り、珍しく少しだけ、本当に少しだけ迷った素振りを見せ、ぽつりぽつりと語りだした。
『……私、ね。香乃君と一度戦ったことがあるって言ったでしょ?』
それは聞いたことがある。リーシェと同じく、世界を救うために実里に戦いを挑んで負けて、実里に許してもらった、と。
『でもね、その時私……実里君を騙したの』
『騙した?』
実里の事を名前で呼んでいることに気付かないくらい、気持ちに淀みがあるのだろう。表情は曇って、口から出てくる言葉も弱い。
その理由は、
『私、実里君の事が好きだって言って、恋人になったフリをして、彼に近づいたの』
すぐにわかった。
『最初は能力が奪われたらリスクがあるなんて知らなかったけれど、それを知った後でも、私は彼から能力を奪おうとしたの……世界の危機だからって』
『……うん』
『そんな私に、カフカさんは怒って、能力を奪うように実里君に言ったんだけど……彼はしなかった。私の大切なものが消えるのは悲しいって……思わず苛立って、能力を奪うように言ったのに、彼は最後まで奪わなかった』
苦笑を浮かべ、ラウラは小さく息を吐く。
『……私、あの時リーシェのことを叱ったけど、本当はそんな資格なかったんだ』
『ラウラ……』
かける言葉は咄嗟には出てこなかったが、軽蔑などしていない。
自分だって似たようなことはしたのだ。例え自分だけはそんなことをしていなかったとしても、この気持ちは変わらない。
今、ラウラは自分のしたこと、そうしようとした過去を振り返っている。きっと、自分が転入する前からずっと振り返り続けている。
軽蔑などしないが、後ろばかり振り返って前を疎かにしている友人の姿は、少し苛立つものがある。
ラウラが実里のことを好きなのは知っているし、実里もラウラのことを想っていることは初めて見た時から知っている。
二人の表情は、なんというか、友達然としているのに、どこか甘酸っぱい感じがしていたのだ。後、たまに互いの名前で呼んでいることがあったが、当の二人は気づいていない様子だった。もしかしたら、二人だけの時は名前で呼び合っているのかもしれない。
彼氏彼女の関係でないことはわかっているものの、二人の気持ちを知っているリーシェとしては、こう、じれったい気持ちになる。もちろん、親友が香乃に夢中になってしまうかもしれないという危惧や、ほんの少しの嫉妬がないわけではないけれど。
仕方ない。あぁ、もう本当に仕方ない。
『ラウラ、あのね、私が思うに―』
果たして、リーシェが放った言葉は、ラウラを赤面させてた上に硬直させた。
大当たりだ、とリーシェは悪戯が成功した喜びに口角を上げる。
『やっぱり。じゃあ嘘なんてついてなかったじゃない!』
『り、りりりり、リーシェ!!』
ラウラが珍しく感情を露わにしてリーシェに縋り付いてきた。耳まで赤くなっており、目は軽く涙ぐんでいる。
それは、幼いころからリーシェが知っている、ラウラの本当の顔。帰国する少し前からはあんまり見ることがなかったけれど、数年越しにようやく素顔を見ることができた。
『いいんじゃないかしら。私、ラウラが香乃さんの事を好きだって知ってたし』
『は、はぁ?! いつから!?』
『転校初日、貴女が香乃さんと一緒に登校する姿を見た時からよ!』
『あの時いたの?! まさか、ずっと……?!』
『流石に色々としないといけないことがあったから、見れたのはそこまで。けれど、学校で香乃さんを心配する貴女を見て確信に至ったわ』
ふふんっと告げてやると、ラウラはプルプルと震え、羞恥心で顔を真っ赤にして頭を抱え始めた。
『後、チームメンバーだけの時限定だけど、たまに貴女が香乃さんのことを『実里くん』って呼んでいるの、気づいてる? 香乃さんもたまに貴女のことを名前で呼んでいたけど』
ダメ押しにもう一言。
ラウラは「ォゥフ……」と言ってしゃがみこみ、
「終わった……まさかそんな……終わった……オワタ……」
などと日本語で小声でつぶやきながら悶え始める。
見ていて飽きない可愛さだが、この辺りで許してやろう。
ふわりと浮かんだ笑みは、胸のあたりで生まれた温かさから自然と出来上がった。差し伸べた手をちらっと見るラウラに、微笑んでみせる。
『ラウラ、貴女も気づいていると思うけれど、香乃さんはラウラの事が好きよ。もちろん、カフカ様やスタッカートさんたちに微笑まれたら照れてしまうこともあるかもしれないけれど、きっと、誰よりも貴方の事を好きでいるわ』
『リーシェ……』
『貴女自身が自分を許せなくても、香乃さんは貴女のことを想っているの。だからラウラ。もし自分の事が許せないなら、いつか許せるようになるまで、香乃さんを守り続けてあげたらどう?』
自分が実里から言い渡された言葉を、今度は親友に向かって投げかける。そんな意趣返しに、ラウラは一瞬呆気にとられて、それからぷぅと小さくむくれる。
『リーシェの意地悪……そんなんじゃ、香乃君のこと、どうしても守らなくちゃいけないじゃない』
『名前で呼べばいいのに』
『うるさいなもぅ!』
元気と明るさを取り戻したラウラに、リーシェは苦笑しながら手を伸ばして、頭を撫でてやる。昔はさほど変わらなかった身長も、今ではリーシェの方が少しだけ高くなってしまった。
『頑張って、ラウラ』
『うぅ……うん……』
ラウラが落ち着くのを待って生徒会室を後にする。
教室までの道すがら、ラウラは先ほどとは一転してぷりぷりと実里への愚痴をこぼし始めた。
『だから、私は実里君を見ていて、たまにイライラすることがあるの。この人、近い将来、自分のことを犠牲にするようなことをしちゃいそうって』
『そんなわけ……』
ない、と言い切れなかった。昨日今日出会い、彼のことをほとんど知とうとしなかったリーシェと違い、ずっと見てきたラウラにしかわからないことがあるのだろうから。
『私やリーシェのこともそうだけど、スタッカートさんに対してもそうだし、カフカさんも不法侵入したのに留守番任せてるし! っていうか実里君、女の人に弱すぎなんだよ!』
『いえ、篠塚さんや倉敷さんから聞いた話しではそこまで……あー、ううん、それもそうかもしれないわね』
実里は誰に対しても普通に接していると聞いているし、リーシェ自身も思っていたが、言われて思い返せばラウラの言葉を否定できない。
それに、実里に悩み相談を持ちかけているのは女子が多かった気がするのだ。
『知ってる、リーシェ……香乃君、一応女子から人気、あるんだよ?』
そんな気はしていた。
それにしても余程鬱憤がたまっていたのか、ラウラの口からマシンガンのような勢いで愚痴が飛び出してくるのには驚いた。
『でもほら、香乃さんは見た感じが女の子っぽいし、性格も草食系って奴だから接しやすいんだと思うのだけど?』
『違うわ……香乃君はカッコいいわよ』
恋する乙女には、男の娘もカッコよく見えるらしい。
『それと、興味本位で見てるだけの人もいるけれど、一定以上の好意を抱いている人がそれなりに存在するんだよ……誰とは言わないけど』
『そうなの……』
親友の恋は色々と大変そうだが、実里はラウラの事が好きなので、余程のことがなければ心移りはしないだろう。もちろん、それは高望みでしかないので、積極的にアタックするか、今よりも少しずつ仲良くなる必要があるとは思う。
『まぁどうであれ、私は貴女を応援するわ、ラウラ』
『…………ありがと…リーシェ』
親友の気持ちを知った大収穫の昼休みは、あっという間に過ぎて行った。
放課後、行きつけのカフェで恒例の会議をしていると、カフカのさり気ないサポートぶりを褒める実里に、カフカは傍から見ている同性の自分でさえ照れてしまうような、柔らかい笑みを浮かべた。それは、実里への好意がありったけ乗せられいて、実里も大いに照れていた。
『香乃さん……』
ラウラが幸せなら、それはすごく嬉しいことなのだと、リーシェは心から思っている。
だから……カフカからはにかまれて照れている実里を見ていると、なんというか冷たい視線を浴びせたくなってしまう。
『まあー……カフカ様が可愛いのはわかるけど……』
カフカは、同性のリーシェでも抱きしめたくなるくらい可愛い。気持ちはわからなくもない。ないのだが……ちらっと隣に視線を向けると、不機嫌なラウラが、こう、もやもやとした気持ちを押し隠したしかめっつらを浮かべている。
『ラウラ、貴女は笑顔の方がずっと似合ってるわ』
仕方がない、ここはラウラのために少しだけお節介をやこう。実里も悪い人間ではないし。お人好し過ぎるのがたまにアレだけど。
『でも、もしラウラを泣かせたら許さないんだから』
リーシェは心の中で苦笑しながら、とりあえず親友を助けるべく、思考を巡らせ始めた。




