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第二十三話 顔合わせとおすそ分けと保健室で

 お待たせしております。


 前回までのあらすじ


『傲慢』の能力者エリスが仲間に加わり、香乃家に居候を始めました。

 エリスさんが香乃家に来てから数日がたった昼休みの学校屋上。

 僕、ラウラさん、オーエンさんと、カフカというメンバーで、貸切状態の屋上で昼食を取ろうとしていたのだが……。

 ラウラさんが目の前に座るエリスさんを訝しげに見ながら口を開いた。


「えーと、貴方は……」

「エリス・スタッカート。実里から聞いてるでしょ?」

「この前はやってくれたわねぇ『傲慢』……」

「あれはあんたの自業自得でしょ、『怠惰』」


 話にならないと首を振るエリスさんと、眠そうな目に険を帯びたオーエンさんの間に不可視の火花が散っている。う、うわぁ、入りたくないよこれ。そんな修羅場をラウラさんは無視し、話しを進める。


「……それで、どうしてスタッカートさんがここにいるの?」

「私の力を以てすれば、潜入の一つや二つ軽い軽い。カフカもいるんだし、いいじゃない」

「カフカさんは特別なのよ」


 最近、カフカも一緒に昼食に加わってはいたが、彼女はオブザーバーという立ち位置かつ、天使だから大目に見てもらっていたわけで、僕たちと変わらない年頃のエリスさんが、私服で堂々と学校に潜入している状況は如何なものか、ということだ。


「いいじゃないラぅ…円迎寺さん。エリスさんも僕たちの仲間なんだし」

「まあ、それはそうなんだけど……」

「ラウラは生真面目よねぇ」


 笑ってから揚げを頬張るエリスさんに、ラウラさんの目元がぴくりと動く。


「……香乃君、お弁当、足りる?」

「え?」


 言われて弁当箱を見下ろすと、丁度カフカとエリスさんが唐揚と卵焼きを持っていくところで、残りはご飯と卵焼きが一切れ、プチトマトがあるだけだ。


「……あー、あはは、大丈夫大丈夫」

「絶対にガス欠起こしますよぅ」


 オーエンさんが眉を潜めるが、まぁ昼食が少なくても、晩ごはんをそれなりに取れば大丈夫なので笑ってごまかしておく。


「実里さん、卵焼き、絶品です!」

「実里みのり~。この唐揚おいしいわ! レモンかけていい?」

「いい加減になさい!」


 突然声を上げたラウラさんに皆の視線が集中する。


「香乃君が栄養失調になったらどうするの? カフカさんとスタッカートさんは、明日からは自分の食事は自分で持ってくる!」

「もうインスタント食品は切れちゃいました」

「私は実里の手料理が食べた~い」

「あ、私もです! オムライスおいしいです!」


 その時、ラウラさんの額から何かが切れる音が聞こえた気がした。そして、僕の方へ笑顔……に見えて全然目が笑っていない表情を向ける。何故か背筋がヒヤッとした。

 これはあれだ、母さんが怒っている直前に見せるあの空気だ!


「…………香乃君!」

「は、はい」

「二人を甘やかすのは禁止!」

「えちょ、僕甘やかしてなんかいないよ!」


 予想していた内容とは違ったけど、お叱りを受けた。


「そんなんじゃ足りないだろうし、少しあげる」


 そして、何故かおかずを三品ももらった。


「これ……」

「いいから。もし能力者に襲われたときに、力が発揮できなかったら嫌でしょ?」


 ラウラさん涼しげに言うけれど、頬が少し赤くなっていた。


「ありがとう……」


 そんな彼女の好意を、僕は赤くなりながら受け取った。その際、カフカとエリスさんから生暖かい目を、リーシェさんからは零点化の視線を向けられたが、全てスルーした。

 ちょっと気を紛らわすために顔を皆からそれとなく背ける。丈夫なフェンスの向こう側に、空と町と海が見える。去年からずっと見慣れている風景だが、こうして食事をしていると、見慣れたものでもいいかなぁと思えてくる……かな?

 そういえばこの屋上、鍵も開いているし見晴らしもいいから休み時間には誰かいてもおかしくはないのだけど、ここに僕の関係者以外で立ち入っている人を見たことがない。昼休みが始まる少し前に学校に着いているというカフカに聞いてみたら、女医先生だけが時々利用している、とのことだった。空を眺めたりしてリラックスしているらしい。

 その話を聞いて、そういえば、この屋上を紹介してくれたのは女医先生だったなぁ、と一年生の時を思い出した。

 あの頃は、こんな風にラウラさんと一緒にご飯を食べたり、超能力が宿って、天使と一緒にそれをめぐる争いに巻き込まれたりする日々なんて想像していなかった。


 おっと、閑話休題。


 ともかく、誰にも邪魔されずにのんびりとすごせるスペースがあるというのは嬉しいことだ。こうして友達と一緒にご飯を食べれる、そのうち一人はラウラさんなわけで、気分は最高だ。

 これで、超能力をめぐるいざこざがなくて、ラウラさんが恋人ならなおよしだったなんだけど……贅沢か。ラウラさんが友達でもいいじゃないか、二人きりの時には名前で呼びあえるし。

 ……ごふっ、心の古傷を抉るのってキツい。


「どうしたの香乃君?」

「いや、なんでもないよ?」


 いかんいかん。この時を楽しまないと。

 ラウラさんにもらったおかずを頬張り、至福の時を謳歌していると、校内放送が流れた。


『二年の香乃実里君。お昼ご飯が終わりましたら、保健室までお越しください。繰り返します―……』

「んむ?」




「失礼します」


 がらりとドアを開けると、薬品の独特の香りとお弁当のいい匂いが清楚な空気に混じって、さながら幾何学、という言葉を何故か思い起こさせる、そんな場所がここ保健室。

 僕が学校で教室、屋上、図書館に並んで、自発的に向かう場所の一つ。

 整理整頓された窓際の机に弁当箱を広げていた女医先生が振り返ってほほ笑んだ。


「いらっしゃい、香乃君。急に呼び出したりしてごめんね」

「お昼はもう食べ終わっていましたから、いいですよ」

「そう。それじゃ、ちょっと座ってくれるかな」


 促されて来客用の椅子に座ると、先生は一呼吸おいてから口を開いた。


「さて香乃君、唐突な話をするけれどいいかな」

「本当に唐突ですね。なんですか?」

「実は最近、君が円迎寺さんと登下校しているとか、昼休みにオーエンさんだっけ? 三人がどこかに行っているという噂があってだね。これは本当なのかな?」


 ああ、なるほど。学校で有名な女子生徒が友達連れとはいえ、男子と一緒に姿を消したなら、中には興味本位で邪推や噂をする人もいるだろう。それが先生の耳に入ったに違いない。なら、誤解はさっさと解いておくに限る。後ろめたいことなんて、超能力以外で何もないのだから。


「まぁ。昼休みにはご飯を食べてるだけですね」

「それならいいんだけど。君たちが使用しているのは屋上かな?」

「ええ」

「今どういう懸念を抱かれているかは君もわかってるだろうけど……まぁ、香乃君のことは信頼しているし、円迎寺さんのこともある程度まではわかっているつもりだから、そこまで心配していないよ」


 そういわれると、嫌ではない。苦笑いを浮かべて小さく頭を下げておく。


「ところで、こういう話しって担任とか生活指導の先生がするものですよね。どうして武宮先生が?」

「桃谷先生から君への対談権を譲ってもらったんだ。あの子、『なんか問題あったらどーしよ?!』ってテンパってたからなl」

「あー、そうだったんですか」


 桃谷先生ごめんなさい。新任早々心臓に悪かったことだろう。


「まぁそれはいいとして……」

「はい?」

「私は、屋上は君と私の秘密にしておきたかったんだけど」


 ちょっと責めるような目線を向けられると、いたたまれなくなってしまう。


「あはは、いや、いいよ。君たちが正しくあの場所を使ってくれるのであれば、私は口出しするつもりはない。ただ、あんまり広めないでくれると助かるんだけど」

「わかってますよ。っていうか、あの場所、よく他の生徒たちに見つからずに済んでますね。不良とか使いそうなのに」

「ふふ、あそこは私が管理してるも同然だからな。認めた者以外は入れないようになっているんだよ」

「はぁ?」


 そんな権限、どうして一保険医である先生が持っているのか。


「先生は魔法使いですか?」

「ただの保険医だよ。鍵持ってるけどね。まぁわかった。君たちの友情に水を差すような真似をして悪かったね」

「いえ」

「それにしても、いつの間に円迎寺さんと仲良くなったんだか……保健室に彼女を連れてきてからかな?」

「まぁ、その辺りですね」

「なるほどねぇ。まぁいいか。……うん、わかった。話は以上だから、残り時間、ゆっくりしなよ」

「そうしたいですけど、もう時間が少ないですし、二人とも生徒会室ですから」


 時計を見れば、予鈴まで十分ほどしか残っていないし、オーエンさんさんたちもいつ用事が終わるかわからないので、全員で放課後に落ち合うように約束しているのだ。


「じゃあ、少しだけ、私の話しに付き合ってくれないかな」

「ええ、いいですよ」


 教室に戻っても特にすることはなく、オーエンさんが戻っていない可能性もある。明守真も大会が近いとかで、昼休みも部室に顔を出しているので、実質暇だ。

 僕は来客用の湯呑に注がれたお茶を受け取り、椅子に座り直す。


「うーん、ここ二週間くらいかな。怪我と仮病以外の理由で保健室へやってくる子が少なくなったのよねー」

「? それはいいことじゃないですか」

「うん、それは私も思う」


 でも、と続けて、


「熱とか気分の悪さで来る子が減ったんだよ。まるっきり」

「……それがどうしたんですか?」

「おかしくはないか?」

「別におかしなことではないんじゃないですか? そういう時だってあるでしょ?」

「それは……まぁ私もおもったんだけどね」

「っていうか、そんなに気にするじゃないんじゃないですか? それに、そんなところよく見てましたね。二週間くらいなら別にどうということでもなんでもないような……

それより、その件が僕と何の関係があるんです?」

「いや、記録を見てたら、君のクラスが特にその傾向が顕著なのよね。キミのクラスのえーと、坂口さんとか、倉敷さん、かな。あの二人、たまに気分悪いって保健室を利用してるじゃない? 君もたまに彼女たちを連れてきてくれていたし」

「ああ、そういえばそうですね」

「で、だよ? 香乃君さ」


 ずいっと身を乗り出してくる先生。顔が拳二つ分まで近づいた顔に、思わず面食らう。


「香乃君、彼女たちに何かしたー?」

「何もしてません」

「だよねー」


 すっと顔を引いて、先生は笑った。案外あっさり引いてくれたので、拍子抜けしてしまう。女医先生が一般人であることはラウラさんたちの反応を見ればわかるので、保険医の観察力で何かしら感づかれたかと警戒していたんだけれども……。というか、根拠も少ないのに、よくそんな結論までぶっ飛んだな。


「えと……話はそれだけですか?」

「あぁ、そうだな。すまない、変なことを聞いた」

『まぁ、こういう時もあるか。でも二週間は空きすぎだよなぁ……やっぱり。この子の周囲で何かしら起きている気がするんだがなぁ……うーん、でもありえんかぁ』


 心を読んだら、冗談半分とはいえ、僕が何かしらの原因であることを察している。しかも特に根拠なく、ただ“女の勘”という奴で直感的に結論をたたき出していることに、戦慄まで覚えてしまった。怖っ、女の人の勘怖ッ!? と心の中で悲鳴を上げるほどには。


「でも、皆が元気なのはいいことだ。香乃君も保健委員として責務を果たしてくれているし。保険医として、私個人としても嬉しいよ」


 微笑を向けられながら褒められると、ちょっと照れてしまう。普段あまり笑わない人だから、余計意識してしまうのかもしれない。


「香乃君。保健委員の副委員長をやってみないかい?」

「え?」

「ぶっちゃけこういうのをやりたがる子はあまりいないんでね。多数決になっていやいややられるよりも、やってくれそう、もしくはやってくれる奴に引き受けてほしい。その点、君はやってくれそうだし、やってくれるだろうと私は信じているよ」


 確かに、役職に就けばそれを全うするだろうと思う。でも、僕よりも優秀な人はいるし、学校の委員会とはいえ、それなりに責任ある役職に就くのが僕でもいいんだろうか。


「香乃君が、やりたいか、やりたくないか、だよ」


 はっ、と顔を上げると、先生が悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「何、難しく考えることはないさ。もう一度言うけど、君がやりたいか、やりたくないか。学校の委員会なんだ、それほど気構える必要はない。まぁ、君が生真面目なのは知ってるけど、要はそういうことさ」

「僕は……」


 副院長になったから、といって何か変わるわけではないのかもしれない。でも、


「やってみたいです……いえ、やりたいです」

「そうか。じゃあ、今度の委員会の時に他の立候補者がいなければ、君で副委員長は決まりだ。本当は、委員長をやってもらいたいんだけど、学年がなぁ」

「そこは、また次ということで」

「はは、じゃあ来年も君に委員長をやってもらおうか」


 それから少しだけ世間話をしたところで予鈴が鳴り、僕は保健室を後にした。


エリス「バルス!」

リーシェ「バルス!」

カフカ「バルス!」


ラウラ「……ば、バルス!」(真っ赤)


実里「目がぁぁぁぁッ、目がぁぁぁぁ……ッ!? って何やってるの……」


 ラピュタは何度見ても面白いです。

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