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第十九話 新たなる同居人(なかま)

 能力者会議から一週間と数日が経った。

 あれから、カフカと一緒に朝食を食べて、ラウラさんとオーエンさんの二人と登校し、休み時間を一緒に過ごしつつお昼はカフカも加えて食べ、四人で下校する。帰ったらカフカとしゃべって、夕飯を食べて、英語の宿題を教えてもらい、ゲームで遊んで風呂入って寝る……という毎日を送っていた。

 至極真っ当な日々はとても充実していた。もちろん、能力者の来襲には警戒していたが、それらしき人物は現れず、ラウラさんたちの探知にも引っかからなかったため、少しだけ安心していたのも事実だ。

 だからこそ、想定していない出会いがあれば頭が真っ白になるし、どうしたものかと考えてしまう。

 そう、例えば、日曜日のお昼に散歩をしていたら、近所の公園でくたくたになった『傲慢』の力を持つ女の子と再会した時……。


「あ」

「え?」


 お互いに言葉が出ず、見つめあうこと数秒。傍から見れば、よく晴れ渡る最高の散歩日和と言ったのどかな空気と、妙にマッチしたシュールな光景だろう。


「実里さん、『傲慢』の能力者です」


 一人だけ張り切っているカフカが、全く遠いところにいる気がしてならない。テンションの差が激しすぎる。

 が、それに反応した女の子が、疲労感漂う表情で、しかししっかりと指を突きつけてくる。

 ここ数日、読心にすら引っかからなかったので、ストーカーを諦めておとなしくしてくれているのかと思っていたのだが、こんなところで何をしているのだろうか。


「ふふふ、また会ったわね、『色欲』の使い手とその彼女さん!」

「え、あ、うん……」

「やーん、もう、相変わらずお世辞上手ですね~。ねえ実里さん」


 カフカが頬に手を当て、肘でつついてくる。そう言えば初めて会った時も言われていたけれど、傍から見ればやっぱりそういう関係に見えるんだろうか。


「あの、僕とカフカはそういう関係じゃないよ」

「ガーン!」

「あれ、そうなの? てっきり……」


 かちんこちんに固まった涙目のカフカは置いていかれる。


「まあいいわ。それより、この前の保健室での出来事だけど」

「あ、その節はありがとう。記憶がおぼろげでよく覚えてないけど、君が僕を助けてくれたっていうのは聞いてる」


 ラウラさんが駆け付けるまで、オーエンさんと戦って守ってくれていたと聞いている。もし彼女が助けてくれていなければ、能力はオーエンさんに奪われて、ラウラさんが消えていたかもしれない。そう考えると、この女の子には、感謝してもし足りない気がした。


「君がいなかったら、僕は大切なものを失っていたかもしれない」

「君への借りを返しただけのことよ」


 ふふんと得意げに女の子は胸を張った。傲慢な王様っぽいその態度も、今は本当にヒーローのように見える。


「実里さん、ちょうどいいのではないでしょうか」


 立ち直ったカフカがこそっと耳打ちしてきた。ああ、そうだった。

 この子にまた会ったらどうするのかを思い出し、説得するために一歩近づこうとしたら、一歩引かれた。


「こないで」


 あ、この前の件もあるし、助けてくれたとはいえ、まだ嫌われているのかもしれない。


「えと、あの時はごめん。ああしないと、君の力を破れなかったし……」

「そ、そうじゃなくて……!」


 彼女は頬を少しだけ羞恥に赤らめながら否定してきた。

 ああ、なるほど。見ず知らずの男が近づいてくれば、そりゃ嫌がるか。じゃあ、この立ち位置のまま話しを続ければ問題ないか。

 話しを切り出そうとしたところで、ふと鼻につく臭い。カフカも「うみゅ」と顔をしかめている。さらにぐぐ~っという音。全部、目の前の女の子からだ。よく見れば、亜麻色の髪も手入れされておらず、服も汚れが目立っている。

 女の子は顔を俯かせて、また一歩後退する。


「その、何日か前から、ここで寝泊まりしてるのよ……」


 こないで、の意味を、理解した。




 一時間後、ファミレスでハンバーグステーキを口に運び、幸せそうに租借する女の子を、向かいの席でカフカと一緒にコーヒーを飲みながら見守っていた。

 銭湯(コインランドリー付き)で身も心も完全にリフレッシュした女の子は、ハンバーグステーキを平らげ、オニオンサラダとキノコパスタを食べ終え、その空腹を満たした。計八品。目を引く容姿もさることながら、食事の速度と勢いが凄まじく、給仕さんや他のお客さんも圧倒されていた。集まる注目に汗が止まらない。


「ごちそうさまでした……」

『主よ、今日この少年にめぐりあわせてくれたこと、この恵みに感謝します。そして少年、本当にありがとう、愛してるわ!』


 心の底から幸せそうな顔。心の中で大絶賛されるほどに切迫していたらしい。


「あー、また借りができちゃったわね」

「いいよ。流石にあのまま放っておくのは忍びないし……」


 全く見ず知らずだったらわからないが、少なくとも、彼女には助けてもらった恩がある。それに元々、彼女に対して用事があったのだ。


「君のことを探していたんだ」

「私を?」

「うん」


 この前、ラウラさんたちと話し合ったことを伝えると、女の子は「うーん」と唸った。


「確かに、その方が安全ね」

「どうかな?」


 彼女はしばらく思案するように目を瞑り、「よし」とつぶやいて目を開き、手を差し出してきた。


「じゃあ、君たちと一緒に行動しようかな」


 よかった。思っていたよりも簡単に彼女を仲間に引き入れることができた。

 ……おかげで、カフカがぷっつんしなくて済んだ。


「よろしくお願いするよ」


 手を握り返す。柔らかく温かい感触、だけど力強さも感じられる手だ。自信に満ち溢れている表情は、能力の影響ではないらしい。


「まだ名乗っていなかったわね。私はエリス・スタッカート。君たちは恩人だし、エリスって呼んでいいわ」

「わかった。僕は、香乃実里」

「カフカです。実里さんのオペレーターを務めています」

「実里とカフカね。よろしく!」


 こうして、エリスさんが仲間に加わった。その旨をラウラさんにメールで送ると、チーム編成はどうするのか、という返事があった。そのことについてエリスさんに相談しようとしたところ、丁度向こうから話しかけてきた。


「ところで」

「うん?」

「銀行までついてきてくれるかな? 日本語はしゃべれるんだけど、読解まではできなくて。あー、あと、安いホテルがあったら教えてほしいんだけど」

「「……」」


 僕とカフカのチームに組み込むことにした。あと、香乃家のエンゲル係数アップ決定。




 円迎寺家に遊びに来ていたリーシェは、ラウラが小さくため息をついて物憂げにしているのを見た。


「どうしたのラウラ? 元気ないわねぇ」

「ええ、ちょっと……」


 どうしたというのだろうか。心配になって訳を尋ねると、ラウラは少しだけ間を置いてから、


「香乃君が『傲慢』と一緒に暮らすって言いだしたの」

「まあ、どういうこと?」

「なんでも、手持ちのお金が尽きて、泊まるところも食べるものもなくなっていたから助けたんだって」

「なるほどぉ」


 最初はびっくりしたものの、訳を聞けば納得がいった。あの極端にお人好しの少年なら、恩人でもある少女を助けたとしても不思議ではない。


「食事はいざ知らず、自分の家に招くかな、普通……」

「普通じゃぁないかもしれないけれど、香乃さんなら何も問題ないんじゃないかなぁ」


 実里は見るからにおとなしそうな男子だ。昨日今日の浅い付き合いであるリーシェでもわかる。インターネットで見かけた、いわゆる「草食系男子」なるタイプ。それに、天使と一緒に住んでいるのだから、間違ったことなどしないだろう。それを伝えても、ラウラの表情はあまり晴れない。


「それはそうなんだけれど……」


 ラウラはソファにもたれかかり、ぶつぶつと呟き続ける。ちょっと拗ねているようにも、怒っているようにも見える。それがあの少年へ向けたものであることくらいはリーシェでもわかるが、別に気にすることでもないのにと思う。どうしてそこまで固執するのか。


「はあ……本当に、甘いなあ……」

「ラウラは心配しすぎよぅ」

「そうかもしれないけど……」


 やはり、そういうことなのだろうか。リーシェはこの数日中の違和感を思い出す。

 実里と一緒にいるラウラはとても楽しそうだ。リーシェと一緒にいるときも楽しそうなのだが、実里相手だと、表情が見て取れるほど違うのだ。何というか、華やいでいるのだ。

 また、カフカが実里にくっついていると、ほんの少しだけ焦っているようにも見えているのだが、それを押し隠して和やかな空気を壊さないようにしているのも知っている。


「女の子に誤解されるよ、本当……」


 そして、たった今、リーシェは確信へと至った。


『わ、私がいない間に……ラウラが香乃さんに……』




「ぶえっくしょん!」


 背筋に何の前触れもなく寒気が訪れ、思わずくしゃみが出た。


「風邪ですか?」

「いや、そんなはずはないんだけど……」

「これはあれね、誰かが実里の噂をしているのよ!」


 噂をされてくしゃみが出るなんて、漫画のようなシチュエーションがあるだろうかと首を傾げる。

 ファミレスを出た後、エリスさんの服などを購入し、現在最寄のカフェのオープンテラスで一休みしているが外気温は低くない。


「まさか、能力者の誰かな……」

「あー、ありえるかもしれないわねー」


 冗談半分だったのに、エリスさんが真顔で返してくるものだから笑えない。まだ会っていない三能力者がしていたら嫌過ぎる。どうせ碌な内容じゃない。

 こっちが落ち込んでいる間にも、エリスさんとカフカは話しを弾ませていた。空気の差が激しすぎる……。


「ん?」


 頬をくすぐるような感覚。これは、誰かに見られている? 顔を上げて周囲を確認するが、それらしい人物は誰もいない。


「気のせいかな」


 その時、ふと、視線の方向に気がついて振り返る。

 少し離れた席に座っている、妙齢の東洋人の女性。整った顔立ちは精悍ながら美人で、黒いジャケットに、目立たない灰色シャツとジーンズを纏っている。

 女の人が目を少し見開いた。


「実里さん?」


 カフカとエリスさんもこちらの視線を追って女の人に目を向ける。


「美人さんですね~」

「なに、一目惚れ?」

「違うよ!」


 女の人に「すみません」と頭を下げて目をそらした。

 まさか能力者か、と警戒するものの、エリスさんはのんびりとしている。彼女が警戒していないということは、能力者ではないと考えてもいいかもしれない。

 エリスさんやオーエンさんは自分の反応を抑えることができるが、残りの三能力にはそのような力はないとカフカから教えてもらっているため、安心できる。

 きっと、こちらがうるさかったから見てきたんだろう。勝手にそう思い込んでいた。




「実里ー、ご飯まだー?」

「実里さん、オムライスにしましょうオムライス」

「いや、今日のメインはスパゲティだから。毎日卵食べ過ぎだよ!」

「ガーン!」

「あ、私ホワイトソースがいい」

「あ、それじゃあ私は前みたいに和風キノコダシがいいですー」

「それもおいしそう! じゃあお代わりはそれにしようかなー」


 香乃家の居候美少女二人がテレビゲームで遊びながら夕飯をせがんできた。

 部屋に通した直後はそわそわしていたはずのエリスさんは、もう完全にリラックスしてくつろいでいる。帰り際に買った部屋着姿でカフカと並んで遊んでいる姿は、今日初めて家に上がったことを忘れさせるほど、自然と我が家に溶け込んでいた。適応力が半端ない。

 その様子に、何故か冷汗がこめかみあたりから滲み出る。


『カフカ、この技ってどうやって出すの?』

『キーの下半分をぐるっと回してから丸と四角ボタンで出ます』


 フランス語で話しかけるエリスさんに、カフカもフランス語で返す。流石は天使というべきか、英語だけでなくフランス語も話せるとは。

 対してこちらは、二人の会話の内容は能力を使って理解している。読心の応用で、しゃべっている言語の自動翻訳が行われるとカフカから聞いた。便利なのは便利だが、目の前に文字が浮かんで調理の邪魔になるし、声のみにしても二重になるので、途中で能力を解除した。

 あれ、そう言えばラウラさんとオーエンさんも英語で意思疎通ができたし、エリスさんも英語が話せるらしい……。僕だけ、英語すら話せない。すごい疎外感みたいなものが……うぅ……。


「実里さーん、どうしたんですかー?」

「……なんでもないよ」

「寂しそうですけれど」

「なんでもない、本当に……」

「んー? どうしたの? ご飯が終わったら、実里も一緒にゲームで遊ぶ?」

「そーです! この前みたいにレースしましょう!」

「!」


 二人の気遣いに、思わず涙腺が緩んだ。


「本当に大丈夫ですか実里さん!」

「具合でも悪いの?」


 おかげで、二人に余計な心配はかけたけど。たったそれだけのやりとりで、温かい気持ちになれた。

 ご飯を食べながら、悩んでいたことを打ち明けると、エリスさんはころころと笑った。


「確かに実里がこっちの言葉を話せるようになったらそれはそれで楽しそうだけど、別に無理しなくていいわよ。リーシェだっけ。あのブリティッシュに対しては英語を使ってるし、日本語で会話するくらいなんともないわよ」

「ありがと……」

「いいわよ。それより、次はキノコ出汁でお願いするわ」


 両親が旅行に行って数日。

 しばらく一人で生活するものと思っていたのに、気がついたら二人の女の子と生活していた。ちょっと気恥かしいし緊張はするけれど、妹と姉ができたようで、嬉しくないかと聞かれたら、きっと僕は嬉しいと、はっきりと答えられるくらいには、心地良かった。


「ところで、あんまり会ったことのない男の家によくあがったね……」

「え? カフカがいるから大丈夫でしょ。それに、君、見るからに草食系っぽいし」

「見た目で判断しちゃだめだよ」

「でも、実里は大丈夫だと思うのよね~」

「はい。実里さんは優しい人です」


 なんだろ……信頼されているとは思うんだけど、こう、そうじゃないって感じがする。

 ……まぁ、いいか。突っ込むのも疲れるし。

 とりあえずエリスさんはカフカと同じ部屋に泊まってもらうか。布団、運んでおかないとな。


「……ねぇ実里、気になってたんだけど。どうして、スパゲティを食べるのにスプーンを使うの?」

「え?」

「そういえばエリスさんはスプーンを使ってませんねぇ」

「だって、イタリアじゃぁスパゲティを食べるのに、普通はスプーンを使わないもの」

「なんでエリスさんがイタリアの食事文化を知っているの?!」

「イタリアに親戚がいるからよく行くのよね」

「……そうなんだ……」

「流石陸続きです……」


 その日、僕たちは新しい知識(トリビア)を得た……。(後で知った事だが、世間では割と有名だったようだ)


知った時の衝撃……!

頭の中で某番組のBGMとナレーションが流れました。


それはさておき、やっとエリスの名前が出せました。(最初に登場したの、十話も前なんですけれど……)

彼女が実里たちと再会する一週間に何をしていたかはまた別のお話しで。

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