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第十六話 チーム結成

「―りさん、実里さん」

「…………」


 目が覚めると、真っ先にカフカの顔が見えた。夢でも見ているのかと思ったが、にこりとした笑顔と、額に触れている彼女の手の感覚が、現実なのだと理解させてくれる。


「ぐっどあふたぬーん、実里さん。お体の具合はどうですか?」

「……まだだるいけど、さっきよりはマシかな……。カフカは、どうしてここに?」

「実里さんの危機を感じ取ったからです」

「危機?」


 カフカが視線を隣のベッドに向けたので、倣って顔を隣へ向けると、


「ごめんなさい、香乃さん」


 ベッドの上に正座させられ、半泣きでぷるぷる震えているオーエンさんと、その隣で怒気を放っているラウラさんの姿があった。


「え…と、どういう状況なの?」

「実はですね―」


 オーエンさんとラウラさんから事の顛末を聞かされ、今日の不調の原因を知ることとなったのだが。……何というか、目が全く笑ってない笑顔のラウラさんとカフカに睨まれて、震えあがっているオーエンさんを見ていると、怒る気も起きない。同情の念すら抱きそうだ。疲れているせいだろう。そういうことにしておこう。


「わ、私、知らなかった……んですぅ。『力』が奪われたら大切なものが消えるって……」

「そうだろうね……」


 そんなことだろうと思っていた。


「わかった? 次こんなことしたら、本当の本当に怒るからね?」

「わかりましたぁ! わかったから、もう許してぇぇ!」


 腰に手を当てて顔をグイッと近づけたラウラさんの気迫に、オーエンさんは今度こそ泣き出した。見ていて可哀そうになったが、カフカに「これで済ませるんですから、手だし無用です!」と言われてしまっては見ているだけしかできない。


「本当なら『力』を奪っても、文句を言われる筋合いはないのですが……」


 天使が物騒なことを言っている。怖い。


「円迎寺さんのお友達らしいですし、円迎寺さんも能力奪取には反対したので今回は見逃してあげることにしました。それに、実里さんも嫌がるでしょうし」

「カフカ……」


 カフカは「実里さんに私も毒されたんですよ」と笑った。


「実里さんが悲しむこと、したくないですから」


 そう言われたものだから、気恥かしいような、ムズ痒く、じれったい気持ちになってしまった。


「こほん」


 微妙な空気が、ラウラさんによって打ち破られる。ラウラさんの顔がムスッとしているように見える。そりゃそうか、僕のために怒ってくれているのに、別の女の子と仲良く話しをしていれば、思うところがあるだろう。

 気を取り直して、お説教が終わったオーエンさんと向き合う。まだしゃくりあげているけれど、きっちり話しはつけておこう。ラウラさんも頷いてくれた。


「えーと、オーエンさん。とりあえずさ、僕を襲うのはもうやめてくれるかな。僕は大切なものを失いたくないし、オーエンさんの大切なものが失われるのも本意じゃない」


 ラウラさんが英語でこちらの言葉をオーエンさんに伝えている。平常でない今のオーエンさんには、日本語よりも英語の方が伝わるのだろう。証拠に、オーエンさんは英語で返してきたので、ラウラさんが日本語で伝えてくれる。


「じゃあ、世界はどうするの? 『力』を集めないと世界に危機が訪れるのに」

「世界も救う。だけど、そのために誰かの大切なものが失われるなんて、嫌だから」


 甘い、とカフカに言われながらも、そこは譲れない。


「『力』がすべて集まったら、またその時に考える。だから、今は『力』を奪うとかそういうことは考えないでほしい。お願いだ」


 オーエンさんは少しの間考える素振りを見せ、ラウラさんを見上げる。ラウラさんが頷くと、オーエンさんも頷き返し、目元を拭った。


「わかりましたぁ」


 日本語で了承の意思を伝えてくれた。

 一件落着。

 安堵の雰囲気が広がった。


「さて」


 ラウラさんがポンと手を打った。


「それじゃあ、私たちで、残りの能力者たちを迎撃するということで」

「え?」


 ラウラさんの発言に、思わず声が出た。


「ラウラさん、いいの?」

「もうここまで来たら仲間だよ。一丸となってお互いを助け合っていくの」

「えー、私もぉ?」


「当たり前でしょ」とラウラさんの笑ってない笑顔を向けられ、オーエンさんが「わ、わかったぁ!」とまた涙目になった。先ほどから冷汗が止まらないが、一応同盟が築かれつつあることは確かなので、静かに見守ることにした。


「リーシェやさっきの『傲慢』の子が現れたということは、残りの能力者たちが日本に現れるのも時間の問題。次は香乃君じゃなくて、私やリーシェが狙われるかもしれない。そこで、できる限り一人きりにならず、二人一組で行動するの。そして、能力者が現れたら皆で迎撃して説得する」


 その言葉に、温かい何かが心に生まれた。ラウラさんは、こちらのわがままを汲んで発言してくれたのだ。


「これでいいかな」と視線を投げかけてきたラウラさんに笑ってみせた。


「うん、それでいいよ」

「ラウラが言うならそれでいいわよぅ」

「じゃあ、全ての力が集まるまでそれほど時間はかからないと思うけれど……しばらくの間、この行動方針で行くということで」

「あのー」


 黙っていたカフカが手を挙げた。全員の視線がカフカに集まる。


「私も、一目で能力者を判別できるので、実里さんは私が守ります。ですから、円迎寺さんはオーエンさんと行動するというのは如何でしょうか」

「なるほど。香乃君とカフカさんは一緒に住んでるし―」


 そこでオーエンさんが「?!」と顔を勢いよくこちらに向けてきた。あえてスルーしよう。やましいことは何もない。


「―私とリーシェはお互いのことがわかっているし、チーム分けはこれでいいのかもしれない」

「もちろん、能力者を見かけたら実里さんを通して皆さんにお伝えします」

「うん、お願いね。……でも驚き。カフカさん、能力者がわかるんだ」

「私、実里さんの天使ですから」


 えへへ、と笑うカフカに、思わずどきりとする。それに合わせてラウラさんの目が若干険しくなった気がする。何故だ。


「貴方、天使なんですかぁ?」


 オーエンさんが訝しげにカフカを見る。そりゃそうだろう。本物の天使だと名乗られたら誰だって疑うに決まってる。

 だが、


「ほい」

「Oh……マイッゴッ?!」


 空中にふわりと浮かぶカフカの姿を見て、オーエンさんは飛び上がるほど仰天する。


「う、浮かんでるぅ! 本物なんですかぁ!?」

「ふっふっふっ、鍵閉めとかも余裕です」

『おーい、開けてくれるかー?』

 閉じられた扉の向こうから女医先生の間延びした声が聞こえた。




「香乃君、具合はどうかな」

「ああ、ばっちりだよ」


 ベッドの傍らの椅子に座るラウラさんに見せるように、ガッツポーズを作って見せた。

 昼まであった倦怠感はすべて消え去り、すっかり気分もよくなった。念のために五限目と六限目は休んだので、後で明守真からノートを借りないといけなくなったが。


「本当にごめんなさいぃ」


 ラウラさんの横で、オーエンさんがしゅんとしている。僕がこうして保健室のベッドに寝かされている原因を作ったのが彼女なのだが、大事には至っていないし和解もできたので、これ以上落ち込んでもらっていても困る。女医先生は再び保健室を出ているが、いつ戻ってくるかわからない。落ち込んだこの空気からいろいろと気を使われるかもしれないので、早く元気を取り戻してほしい。


「もういいってば。終わったんだし」

「そんなわけにはいきませんよぅ……」

「落ち込んでいても何も始まらないんだって! ほら、円迎寺さんの相棒はオーエンさんなんだから、しっかりしてよ」

「むぅ……香乃さんに言われなくてもわかっていますよう」


 オーエンさんが少し膨れた。なんだか可愛くて口元が緩んでしまう。


「だったらよし。もし自分が悪いと思うなら、円迎寺さんのことをしっかり守ってほしいんだ」


 本当は、僕が守りたいんだけどな……なんて。そんな甘いことを言うつもりはない。僕は能力者同士の共鳴反応がわからないし、心を読まないと相手が一般人か能力者かの判別もできない半端者だ。

 それよりも、能力者であることを隠せるオーエンさんがラウラさんの傍にいれば、一般人と勘違いされてラウラさんが攻撃されにくくなる。また、どちらかが危機に陥った場合、片方が助けに入ることができる。何より、二人とも強力な能力を持っているし、幼馴染として、互いに気心が知れている。いいチームのはずだ。

 だから、オーエンさんがラウラさんの相棒に向いているのだ。僕の手の届かないところにいるとき、ほぼ常に一緒にいるであろうオーエンさんが彼女の助けになれる。


「どうか、お願いします」


 和解したとはいえ、自分を襲ってきた相手に何を言っているんだろう、と思わなくもないが、彼女のラウラさんを想う気持ちは本物なので、そこは完全に信頼している。

 オーエンさんは小さく息を吐き、


「もちろんですぅ。ラウラは私が守りますからぁ」


 やわらかい笑顔で誓ってくれたのだった。眠そうな印象を与えていた目も、少しだけパッチリしたようで、朝礼の時に感じたあの衝撃を思い出す。表情には出さないようにしているけれど、確かに、僕はほんの少しだけど、彼女にドキッとしてしまっていた。

 ラウラさんが苦笑して僕たちを見ていた。


 その少し後に、部活前の明守真が顔を出してくれた。ラウラさんやオーエンさんに軽く目礼した後、僕に具合はどうか、ノートは貸し出してくれる旨を伝えてくれた。

 去り際に、


「そうそう、澄香が今度一度家に来いってよ」


 と言い残していった。




 帰ってきた女医先生にお礼を言い、ラウラさんたちと一緒に校舎を出たところで、生徒会長が「最近生徒会室に顔を見せてくれないけれどどうしたのよラウラー!」と泣きついてきたのだが、一緒にいた書記の子に襟首を掴まれて引きずられていったのを冷汗と共に見送った。


「ラウラ、皆から人気ねぇ」

「会長は気に入った女生徒を愛でているだけよ」


 ラウラさんはドライだった。友人の目の前で、少し気恥ずかしかったのかもしれない。


「さてと、『傲慢』の子は香乃君に一度倒されているから多分大丈夫として、残りの三人の対処をどうするか」


 未だ姿を見せない『憤怒』、『嫉妬』、『暴食』の三名がいつ、どう襲ってくるかわからない。そのためのペア分けをしたわけだが、不安は拭えない。


「『傲慢』は今回は香乃君のことを助けてくれたみたいだけど……」

「香乃さんに借りがあるんだってぇ」

「ああ……」


 ラウラさんが何とも言えない視線を向けてくる。そんな目で見ないでほしい。居心地の悪さが半端ない。何も知らないオーエンさんは小首を傾げて頭上にクエスチョンマークを浮かべている(読心能力で見えた)。


「と、とにかく、今回は彼女にも助けられたし!」

『流しましたね』


 読心能力で聞こえてきた、姿の見えないカフカの言葉をスルーしてやる。


「もしかしたら、あの子も僕たちの仲間になってくれるかもしれない。また会ったら話しをしてみるよ」

「そう上手くいくかなぁ……」

「わからないけれど、悪い人じゃなさそうだったし、それに『一対三+α』って言ってくれたということは、少なくとも敵じゃないってことだよ」

「それは甘い考えの気がしますぅ」

「でも、借りがあるって言ってたんだよね? だったら、可能性はあると思うんだ。それに、彼女の身を守るっていう意味合いもあるんだし……」

「実里さんはどこまでも甘いですね。でも、嫌いじゃありません」


 女性先生が入室した保健室で姿を消していたカフカが隣に姿を現した。ラウラさんとオーエンさんが声をあげて飛び退った。まあ、これが普通の反応だよな。たった三日で慣れてしまった己の対応能力を褒めるべきか嘆くべきか迷う。


「事情を話せば、あの方も実里さんたちに協力してくれるでしょう。もししない場合は」


 天使の微笑。でも目が全く笑っていない。


「私、ぷっつんします」

「「「あ、はい……」」」


 人間三人は、天使の言葉にガタガタと震えたのだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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