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第十五話 勝敗を決するものは

「ちょっと待ったー!」


「?!」


 突然の大声、「ガラガラピシャーンッ!」と開かれた窓から飛び込んできた影に、リーシェは体と心臓を跳ね上がらせた。もう少しで悲鳴が出るところだった。


「その少年にはすでに彼女がいるの! 手を出すのは許されざるわよ!」


 サッと立ち上がり、指を付きつける亜麻色の髪をした自分と同じ欧風の少女。当然というか何というか、若干だが日本語が訛っている。


「えぇと、貴方は……」


 英語で問いかけてみる。すると少女も即座にフランス訛りの英語で返してきた。


「私? 私は天の声を聞いて……」


 そこまで言って少女は「……Ah―……well……」と明後日の方向へ視線を向け、


「そこの少年に借りがある者よ!」


 意気揚揚と指を突き付けてきた。勢いに押され、リーシェは半歩後ずさった。


「んぅ?」

「あれ?」


 その時、微弱ながら目の前の少女から『力』の反応が出ていることに気がついた時には、普通に感知できるようになった。向こうもリーシェの『力』に気がついたらしい。互いにダンッと床を蹴って離れた。


「貴方、『傲慢』の能力者ね!」

「そう言うアンタは、『怠惰』の使い手!」


 互いに臨戦態勢を取る。一触即発の空気が生まれ、それを敏感に感じ取ったらしい実里がうなされ始めた。


「こんなに接近するまで気付けなかったなんて……フカク!」

「私の力の一端よぅ。貴方も反応が無くて最初はわからなかったけれど……」


 日本語で「不覚、不覚」とぶつぶつ繰り返す少女の一挙手一投足を見逃さないよう、リーシェは細心の注意を向ける。

『傲慢』の力がどんなものかはわからないが、こちらが気づくまで反応を抑えられていたということは、リーシェと同じく相手の精神に干渉して隠蔽するタイプだろう。


『おそらく、この女の力は相手に無意識下で慢心を起こさせること……それでさっき反応を感じ取れなかったんだわぁ』


 そして今この瞬間に気づいたことは、接近すると互いに隠蔽を見破ることができ、そして見破った瞬間に、相手の隠蔽を強制解除することができるということだ。


 そこまで分析し、リーシェはどうしたものかと思案する。早くしなければラウラが帰ってきてしまう。隠蔽が強制解除されてしまった今、ラウラは、こちらと『傲慢』の反応に気が付いているはずだ。

 ラウラは、どういうわけか実里の力を奪っておらず、とすれば共闘している可能性もあり、その場合は彼の危機に一目散に戻ってくるだろう。そして、この状況を目にしたとなれば……ラウラとの友情が危うい。最悪、能力を奪われた挙句絶交を言い渡されるかもしれない。

 そこまで考えて、リーシェは蒼白になって身震いした。全身汗だくになり、呼吸も不安定になる。

 その様子に、『傲慢』がギョッとなった。


「ちょ……ちょっと、大丈夫なの?」

「……大丈夫じゃ、ないわよぅ……!」


 早くこいつを倒して追い出さないと、ラウラに嫌われてしまう。幼馴染で一番の親友。数年前に日本に戻ってしまってもメールのやり取りをして、彼女と一緒にいたいと強く思い、留学を決意して、やっとここまで来たのだ。こんなことで友情が壊れてしまったら……。


『私、生きていけないですぅ!』


 リーシェの顔に悲壮な決意が浮かぶ。


「さ、さあ、早く決着をつけましょうぅ……!」

「いや、流石に体調不良っぽい相手を倒すのはヒロインらしくないっていうか……」

「じゃあ、こちらから仕掛けるわ……!」


 リーシェが半ば自棄になって力を行使しようとすると、相手も咄嗟に応戦の構えをとる。

 二つの力がぶつかり合おううとした、その瞬間、


「……ストップ……!」


 割って入ってきた声に、二人は動きを止めた。


「やめるんだ、二人とも……!」


 朦朧とした意識のまま、実里がつぶやいた。




 昨日戦った『傲慢』の子と、オーエンさんが対峙している光景に、どういう状況なのか全くわからないので、次の言葉が見つからない。


「香乃……さん、起きたんですか……」

「たった今ね……」

「君、気をつけて! そいつ、貴方の『力』を狙っているわ!」


『傲慢』がオーエンさんへ指を付きつけた。


「え? 何を言って……」

「いいから今は黙って聞いて! その子は『怠惰』の使い手なのよ!」


 混乱する頭でオーエンさんへ顔を向けると、


「……ごめんなさい香乃さん」


 突然、なんともいえない脱力感に見舞われた。頭がぼーっとする。

 あれ、何をしようとしていたんだっけ……オーエンさんが、何だっけ? それよりも、眠いし、しんどいし……思い出せないから、いいか。

 あっちの子は誰だっけ、どこかであったような……。まあいいや……。


 実里の意識は、再び暗転した。




 ベッドに再び倒れこんだ実里に、『傲慢』は何が起きたのかを理解した。


「君! …っく、あんた……!」

「貴方もまさか香乃さんの味方だとは完全に想定外だわぁ……。彼の『力』の内容がわからないし、一対二になったら厄介だからしょうがないわよねぇ」


 冷静さを取り戻しつつあるリーシェは、目の前で目を丸くする敵の隙を逃さなかった。


「貴方も、おやすみなさい」

「しまっ……!」


 実里に行使したものと同様の力をかける。


 かけられた相手は、思考があやふやになり、ぼーっとして何も考えられず、すぐに眠りへと落ちてしまう。強靭な意志やあふれ出るエネルギーを丸めこみ、体中を駆け巡る力を緩めてしまうある種の快楽とも言えるそれに対抗できる者は皆無だ。

 絶対なる眠りへの誘いに、『傲慢』の体から力が抜け落ちていくのがわかった。


『か、勝った……! ラウラは……?』


 ラウラの反応を見ると、保健室へと真っ直ぐ向かってきている。走っているようだが、まだ間に合う。

 後は、実里と『傲慢』の能力を取り出し、自分はまた隠蔽を使って反応を抑える。そしてたどり着いたラウラには、いきなり能力者が入ってきて実里を襲い、そしてもう一人乱入してきた『傲慢』と言い争って逃げた、と話せばいい。もし目覚めた『傲慢』が真実を言ったとしても、幼馴染の自分の言動をラウラは信じてくれるだろう。

 罪悪感がある。吐き気もするがこれしかない。

 こんな訳のわからない出来事に、これ以上ラウラを関わらせるわけにはいかない。最終的にはラウラからも能力をもらう必要があるが、話せばきっとわかってくれる。それに、もし能力を全て集めれば何か願い事が叶うなどの褒賞があるなら、ラウラに能力を譲ろう。


 支離滅裂で、都合の良い自分勝手な考えしか浮んでこなかった。

 焦りと修羅場を乗り越えられそうな安心感に、普段なら思いつきもしないような思考がリーシェを支配している。

 リーシェの持つ能力『怠惰』の力の暴走。彼女自身の思考能力が低下していることを意味しているのだが、彼女自身がそれに気づくことはなかった。


『これで、何もかも丸く収まる。ラウラとも親友でいられるわ!』


 リーシェは勝利を確信した。


 しかし、


「ナントォッ!!」


 突然の雄叫びに、思考が現実に引き戻される。

 そして、あり得ない光景を目にした。


『傲慢』が、まだ意識を保っていた。

 最後の最後で踏ん張ることに成功したらしく、倒れる寸前に両手をついていた。


「あ、ぇ?」

「ふ、ふふふ……助かったわ少年……君の言葉のおかげよ!」


 少女は顔を床に向けたまま不敵に笑う。そして、ぐぐっと体に力を込めて立ち上がった。

 リーシェは驚きのあまり声が出ない。


「慢心、油断、大敵!」


 日本語で『傲慢』はつぶやき、リーシェに掌を向け放ち、不可視の力で『怠惰』を破った。

 目の前の光景が信じられず、完全に言葉を失い、目を見開くリーシェに、彼女は指を向けて笑いかけた。


「あんたは、私に『力』をかけた時に『勝った』と思ったはず。その時にすでに勝敗は決していたのよ」


『傲慢』の姿が薄れていく。違う! とリーシェは心の中で首を振った。自分の意識が認識しなくなりつつあるのだ、と理解したときには、すでに彼女の姿は輪郭が辛うじて確認できる程度になってしまっていた。


「あんたは心の中で慢心した。そこに私が能力を綺麗にねじ込んだ。おかげで、あんたは能力をかけられたことにも気がつかず、咄嗟のことにうろたえてしまっている。私の姿が、見えなくなってきている」


 姿のない声が笑う。


「あんたは二つ間違いを犯した」


 声は少しずつ後退しているようだ。

 その時、『傲慢』や実里とは別の反応がすぐ近くまで迫ってきていることに気が付いたが、『傲慢』の力の影響なのか、声へ強制的に意識を向けさせられる。

 まずい、不味い、拙い!

 わかっていても、目も、意識も背けることができない。


「能力が決まったからと言って、イコール勝った訳じゃない。相手が倒れる最後の最後まで油断しちゃぁいけないのに、ただ『力をかけた』だけで『かけ続け』なかった。だから、私は力を使えたし、立ち上がることもできた」


 その時、背後からガラッと扉の開く音が聞こえた。肩が跳ね上がる。

 それを見た『傲慢』は笑いだし、リーシェの後ろにも声が聞こえるように、少しだけボリュームをあげ、ことさら大袈裟に、


「そして、一対二になるのが厄介だった? 違うわね。答えは一対三+αよ。ここには三人の力の持ち主がいて、少年の彼女さんもいるのだから」


 声が窓の外へと消えていく。


「能力をかけ続けるか、体勢をすぐに立て直して再度攻撃すれば勝機があったのかもしれないけれど……それができなかった以上、今回はあんたの負けよ、ブリティッシュ」


 窓が閉じて、保健室に静寂が戻った。

 リーシェの心臓が限界まで跳ねる。振りむきたくない。振りむいたら、そこに立っている彼女を見てしまったら……。


「リーシェ」

「ひっ!」


 振り向かずにはいられない、力が込められた声。

 叱られた子どものように振りかえると、入口にはリーシェの思い描いた通りの人物と、見知らぬ人物が立っていた。

 円迎寺ラウラと、寄り添うように立つ少女……カフカが、無感動な視線を向けていたのだった。


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