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第十四話 怠惰の転校生

 朝礼が始まる辺りから突然気だるさを感じ、出席を取っている途中で意識が朦朧とし始め、机に突っ伏しそうになっていた。

 まずい。ただでさえ超能力やらなんやらで心労がたまっている上、連戦だったから疲労がピークに達してしまっているのかもしれない。一時間目はこっそり居眠りして過ごしてしまうおうか。先生が聞いたら憤慨するようなことを考えていた矢先、教室の空気がいつもと変わった。

 何事かと顔を上げると、黒板の前に西洋人の女の子が立っていた。腰まで伸びている金髪はよく手入れされているのか、さらさらふわふわした印象を受ける。半眼で眠たそうな印象を受けるが、映画のヒロインとして出てきそうな綺麗で可愛い子だった。あ、よく見たら髪の先端が軽いカールになっているのに気が付く。衝撃で一瞬だけ意識が覚醒しそうになるが、先ほどよりも強くなったダルさに、ついに机に突っ伏した。何とか視線だけは前に向けておく。


「リーシェ・オーエン、です。よろしくおねがいします」


 流暢な日本語に、教室中がざわめく。意思疎通の垣根が低いから、休み時間は質問攻めの嵐だろう。

 しかし、こちらの気だるさはそれどころではなく、これ以上意識をそちらに向けることはできなかった。

 だからこそ、この時に抱いた一瞬の違和感のようなものにも、季節外れの転校生だからということで気にすることもなかった。

 そのせいで、最大のピンチが待っているとも知らず、まじめに授業を受けるふりをしながらの居眠りを四時限目まで敢行した。



「や、っと眠れる……」


 いくら居眠りをするといっても、露骨に寝ていたら見つかってしまうので、教科書をそれとなく眺め、たまに目を覚まして黒板を写すふりをして、先生の言葉に小さく反応するという子芝居を繰り返していたため、疲れは全然取れていない。それどころか、悪化の一途をたどっている。


「大丈夫か実里?」


 明守真が声をかけてくる。声音には気遣いが感じられる。


「……たぶん」

「お前、最近変だし……やっぱり何かあるんだろ?」


 大当たり。超能力に目覚め、天使と一緒に他の超能力者と戦う数日を過ごしている……などと本当のことを言っても信じてもらえないので、考えられる原因の一つを答えておく。


「五月病だよ」

「ん? ああ、そうか、一人暮らし始めたんだったな」


 納得した様子で明守真は頷いた。

 初めての一人暮らしという新しい状況で、体調が崩れてしまうことはあるだろう、ということだ。


「まあそういう訳だから、たぶん、大丈夫……」

「全然大丈夫に見えないぞ」

「滅茶苦茶しんどい……」


 このまま保健室に行って休ませてもらおうか、と思案していると、


「……Excuse?」


 声をかけられた。何とか顔を上げて声の主を確認すると、転校生の子だった。寝むそうな半眼がこちらに向けられている。


「大丈夫ですかぁ?」

「……あー、うん、ちょっと疲れてるだけ……君は、えーと、オーエンさん?」

「はいぃ」


 間延びしながらも、返事はしっかりとしていた。


「朝からずっと疲れている様子でした。皆さんは、気にしなくても大丈夫だと言っていたんですけど、ちょっと心配で……」


 窺うような目は、気遣いの念を浮かべている。ああ、だめだ。転校初日に気遣わせるようなことをしたら。こちらを気遣うよりも、他の子と昼食を取って親睦を深めてもらいたい。


「僕は大丈夫だからさ……。それよりも他の子たちとご飯でも……」

「いえぇ、それより貴方が心配です。……あ、そうですぅ」


 オーエンさんはぽむと手を打って、


「保健室に案内させてください。そのついでに校内も案内していただけると嬉しいですぅ」

 名案だとばかりに微笑んだ。



 保健委員……何を隠そう、この香乃実里こそがクラスの保健委員なのだ。だから、もし自身の体調が悪くなれば一人で行く覚悟だし、転校生の子が一緒に行くなどと言ってもそれをやんわりと断る、つもりだったのだが。


「……あっちの棟が授業棟」

「なるほどぉ。あちらはぁ?」


 半ば強引にオーエンさんに引っ張られ、保健室へ向いながら校内案内をさせられている。


「あー……?」

「あっちは部室棟だよ、リーシェ」


 さらに、オーエンさんの隣にはラウラさんがいて、時折こちらのフォローをしてくれる。教室を出る時に会ったのだ。


「あのー、僕、今すっごく疲れているから、悪いけど校内案内はできないし、一人で行くから大丈夫だよ……」

「大丈夫そうに見えませんよぉ?」

「そうだよ香乃君。それと、リーシェは香乃君の手を離す。無理やり連れまわすのはよくないよ」

「無理やりじゃないよぉ。保健室に案内してもらいながら(・・・・・・・・・・・・・・)、校内案内もしてもらっているだけよぉ」

「「それを無理やりって言うんだよ……」」


 わざわざ保健室への付き添いを買って出てくれた明守真の申し出を、「向こうの学校でも保健委員でしたからぁ」という、クエスチョンマークが乱舞するような理由で丁重に断ったオーエンさんが、もう一人付き添いとして指名したのは、丁度教室に顔を覗かせたラウラさんだった。

 なお、今はオーエンさんもいるので、互いに苗字での呼び合いにしている。


「保健室に香乃君を連れていくのはいいとして、どうして校内案内まで……」

「……ごめん円迎寺さん……」

「あ、香乃君は悪くないよ。それを言うならこっちだよ。……リーシェは昔からマイペースだから」


 知る由もなかったが、ラウラさんとオーエンさんは幼馴染で、ラウラさんが海外に居た頃はずっと一緒にいた親友なのだとか。ラウラさんはオーエンさんが転校してくることをついさっき知ったらしい。それで挨拶に来たらしい。


「……この様じゃ会議は無理だし、カフカには僕から話しておくから、ラウラさんはオーエンさんと一緒にいてあげてよ」

「ダメだよ。具合悪そうなのに、放っておけないよ」


 こそっと伝えると、案外強い言葉で返された。

 気遣うような視線に、なんだか申し訳ない気持ちになる。幼馴染との再会で嬉しいはずなのに。

 でも、こうしてオーエンさんと一緒にいるのだからいいかもしれない、と考えて、少しだけ気が楽に……ならない。やっぱり辛い。

 そんな僕たちの様子に首を傾げ、オーエンさんは困ったように微笑んだ。


「ラウラと一緒の学校で嬉しい。香乃さん……も、無理させてごめんなさい。でも、話せて嬉しい」

「あはは……」


 なんとか愛想笑いを返す。まずい、そろそろ本気で限界だ。倒れそう。


「香乃君、顔色が悪いよ?」

「何かね、今朝から……この調子で……徐々に悪化してるんだ」

「もしかして、一昨日と昨日の……」


 ラウラさんはばつが悪そうに顔を俯かせた。ラウラさんが関わったのは一昨日だけなんだし、そんな顔しないでほしいなあ、と笑って見せるが、ラウラさんの表情は暗いままだ。

 無理にでも、元気にふるまわなくちゃ……。


「本当、大丈夫だか……ら……」


 言い終える前に目の前が暗転して、意識がぷつんと切れた。



 数秒くらいで目を開けたつもりが、長いこと意識を失っていたらしい。

 目を覚ましたら保健室のベッドに寝かされていて、ラウラさんとオーエンさんが何やら話していた。


「……先生呼んでくるけど、香乃君には……」

「わかってるぅ。もう無理はさせないよぅ」

「……香乃君が起きたら、ちゃんと謝ってね?」


 ラウラさんが部屋の外へと出て行った。すると、オーエンさんはこちらへと振り返り、


「起きましたかぁ」

「うん……」

「ごめんなさいぃ……私のわがままで」


 困ったような表情を浮かべるオーエンさんに、軽く首を振って笑ってみせる。体のだるさは幾分かマシになっていた。


「いいよ。折角ラウ……じゃなくて円迎寺さんのいる学校に来たんだし」

「……香乃さんは本当に優しいですねぇ」

「そうかな……?」

「はいぃ。フツーならもう激怒(げきおこ)ですよぅ」


 その単語を外国の女の子(ラウラさん曰く、イギリス生まれのアメリカ国籍)から聞くとは思わなかった。っていうか、わかっているのなら、無理させないでほしいなあ。


「……単に甘いだけだよ。……それより、ごめん、また疲れてきちゃった」


 再び襲ってきた気持ち悪さに意識が持っていかれそうだ。悪い病気とかじゃないだろうかと心配になる。


「……ラウラさん……が、戻ってきた、ら……学校、見て、回…………て、く……」


 オーエンさんの顔がぼやけていき、それに合わせて感じていた気だるさも気持ち悪さも全てが霧散していった。




「……本当に、甘いですねぇ」


 気を失った実里を見下ろし、リーシェ・オーエンは英語で小さくつぶやいた。指をパチンと弾くと、実里の顔色が良くなっていった。


「……ラウラも、君に毒されたのかしらぁ。私は貴方達のこと、最初から分かっているのに……」


 小さく、笑う。


「二人とも、私の『力』に気がついていないんだから、ね」


 数日前に『声』が聞こえ、『七大罪の力』の一つが宿り、それらを集めないと世界が大変なことになること、うち二つは日本にあると教えられたリーシェは、予定していた日本への転入日を少し早めた。


「もう、ラウラとの再会を楽しみたいのに」と文句を言いたくもあったが、実際に超能力が使えるようになっていた。だとすれば、力を集めないと世界が……ラウラが危ない。そう考え、真剣に能力集めをしようと決意した。


 とはいえ、地図上では小さな島国である日本も、実際に降り立ってみれば広い。引っ越し先の家を拠点に、週末を利用して探し出すつもりであったが、早朝に学校近くで二つの反応があり、急いで向かってみると、一つはおとなしそうな少年から、そしてもう一つはラウラから発せられていた。そう言えば昨日、もう一つ大きな反応があったが、すぐに消えてしまった。あれは一体何だったのだろうか。

 ともあれ、登校する前に『力』を使って自身の反応をカモフラージュしておいてよかった、とリーシェは実里とラウラを見た時、心底思った。おかげで、何の疑いも持たれることなく、実里に『力』をかけることができた。ラウラも、まさか親友が能力者だとは思ってもいないだろう。


「ラウラが戻る前に終わらせないと……」


『怠惰』の力で倒れそうになりながらも、リーシェの我侭を聞いてくれた実里は、絶対絶命の危機を前にしても、それを知ることなく眠り続けている。


「ごめんね、香乃さん」


 罪悪感はあるが、世界を救うためだと割り切る。

 そして、自分がいない間に親友と親しくなっている男子へのささやかな嫉妬とともに。

 リーシェは実里の『力』へと手を伸ばした。


四人目の能力者が登場しました。

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