第十三話 信頼への第一歩
不定期更新となっています。楽しみにしてくださっている方々がいましたら、お待たせしております。
まだ人通りを少ない早朝の通学路を並んで歩きながら、ラウラさんに昨日の出来事について話し合っていた。
「それで、その『傲慢』の子って、どんな感じの子だった?」
「フランス人で、なんというか、すごく勝気な子だった。悪い人じゃなさそうだけど、人の話を聞いてくれなかったし……結構強かった」
「相手の能力を暴走させる、か。私が暴走したら、逆に相手の力を取り込めたのかな?」
「それはできないみたいだよ。能力を取り出すには、能力者が直接触れるしかないってカフカが言ってた」
「そうだったんだ。それで、実里君の能力が取りだせなかったんだ……」
ラウラさんは納得したように頷くけど、すぐに表情を曇らせた。
理由は何となく察することができた。
七大罪の能力を他の能力者に奪われたら、その人の大切なものが失われるらしい。それが命なのか、物なのかはわからないらしいが、恐ろしいことだ。
つい二日前、僕は超能力『七大罪』の一つ、『色欲』に目覚めたことをカフカに知らされた。そして、同じ大罪の力『強欲』を持つラウラさんと戦った。
何が原因かわからないが、大罪の力がこの世界に散らばってしまい、それを集めないと世界の危機が訪れるらしい。僕はカフカから聞いたが、ラウラさんには『声』が聞こえて教えてくれたらしい。そして能力を集めるため、ラウラさんは僕に近づいてきたのだ。
その際、いろいろあったけど……まあそれは置いておこう。
七大罪の能力を宿した僕たちには、ある意味最悪の呪いがかけられているといっても過言じゃない。
「その通りです!」
「「!?」」
いつの間にか、カフカが僕たちの背後に立っていた。
「あ、貴方は……」
「おはようございます、円迎寺さん」
「おま、またいつの間に……」
「ふふふ、気が付いたらそこにいる。壁に耳あり障子にメアリー」
「いや、それを言うなら“目あり”だろ。後、使いどころが違う」
「そして私の名前はカフカです!」
「知ってるよ」
ダメだ、こいつ。全く話を聞いていない。
「いやぁ円迎寺さん。実里さんから能力が取りだされなくてよかったですね。でなければ今頃どうなっていたことか」
「う……」
「おいカフカ……」
能力者の最大のリスク。
それは、能力が奪われたら、その人の大切なものが失われるということだ。
僕の大切なもの、それは僕の隣にいる円迎寺ラウラさん。能力が奪われたら、ラウラさんが消えてしまうかもしれない。
つまり、僕が彼女のことを好きだと言っているのと同じで……。
「それはいいでしょう。とにかく、実里さんのためにも、貴方自身のためにも、約束はしっかり守ってもらいますよ」
こいつ、言いづらいことをずばずば言ってくれる。僕でも、ラウラさんでも、そう簡単に口にできることではない。
どうやら、カフカはまだラウラさんのことを怒っているようだ。
僕たちが何も言えないでいると、カフカはこほんと咳払いしてから笑顔を作った。
「ところで、『傲慢』について話していたようですが」
「最初から聞いてたのかよ。ぁあ……ほら、相手の能力を暴走させるってやつでさ」
「なるほど。『傲慢』は強敵でしたね」
「ああ、確かに強敵だったな」
ラウラさんも強かったのだが、ある程度手加減してくれていた。だが、『傲慢』は最初からヤル気満々で、勝てたのは相手が慢心していたからだ。
「……ねぇ、本当に強敵だったの?」
何故かラウラさんが疑わしげな眼を向けてくる。
「さっき話した通り、滅茶苦茶強かったよ」
「……まあ、能力だけ聞いたら強そうなんだけど」
あまり納得していない様子だったが、ラウラさんは頷いた。実際に戦ったら、いやでもわかる。もう二度と戦いたくないけど。
「ああ、そうです。それでしたら、昼休みに作戦会議をしましょう!」
「はあ?」
「次の能力者がいつ現れるかわかりませんし、『傲慢』の能力者が本当に約束を守るとは限りません」
「嫌なことを言うなよ……」
昨日の女の子とまだ見ぬ四人の能力者が襲いかかってくる場面を想像した。能力を暴走させられ、他の能力はどんな効果を持つかはわからないが、とりあえず大変な目に合っているといった具合に。
げんなりして、顔を横へそらした。その時、視界の端にフード付きパーカーを羽織った女の子の姿があった。よく見てみると、フードの下の顔には見覚えがあった。
「げ」
十メートルほど離れた電柱から、『傲慢』の能力者である亜麻色の髪の少女が顔を覗かせていた。漫画で見るような、あの雑な尾行をイメージしたらわかりやすい。おまけに、手にはアンパンと牛乳パックを持っている。だというのに真剣な様子なので、なんだからシュールだ。
「どうしたの実里君?」
「い、いや……」
ラウラさんは目をぱちぱちさせて疑問符を頭に浮かべている。あれ、あの子の反応を感じることはできないんだろうか。
「ねえラウラさん。能力者の共鳴反応って、どのくらいまで近づいたら起きるのかな?」
「? ええと、たぶん直線距離で五十メートルくらいかな? 実里君が教室にいるときに実験したんだけど」
「惜しいですね。六十メートルです」
なぜかカフカがドヤ顔で割り込んできた。その手にはメモ帳が握られている。
「それ、必要な事項じゃないのかな。早く教えてくれよ、そういうの」
「すみません。さすがに六十メートルだと、『憤怒』の能力者以外は十分射程範囲内ですので……その、感じ取れない実里さんが聞いたらパニックを起こすんじゃないかと」
「いや、まぁ昨日までの僕ならそうだったのかもしれないけどさ」
これでもある程度は腹を括ったんだ。少しくらいは信用して話してくれてもいいと思うんだけどなぁ。
「それで、どうしてそんな話を?」
「いや、僕たちってさ。並んで歩いたり、教室も隣だったりするからさ、共鳴反応がずっと出っ放しだと思って」
そういうと、ラウラさんは「そうだね」とつぶやく。そこまで驚いていない様子だった。
「問題ないよ」
「え?」
「こんなに近くにいるのに、私たちが争っていない姿を見たら、他の能力者はなんて思うかな?」
「……ああ」
能力者同士が争いもせずにすぐ近くで会話を弾ませている。もし何も知らない外国の能力者がそれを見たらどう思うか。少なくとも、僕とラウラさんが協力関係にあるかもしれない、と想像はするだろう。
「わかったみたいだね。そう。これは好戦的な能力者に対する牽制にもなるの。流石に能力者二人を同時に相手をしようなんて馬鹿なことはしないだろうし」
逆転の発想だ。改めてラウラさんを尊敬する。
「でもそれって、都合よくないですかぁ?」
カフカがジト目を向けてくるが、争わないでいるならばそれに越したことはない。
「いいじゃないか。ラウラさんとは戦わないって約束をしているんだ。それなら、協力しても」
「ねえ、実里君」
「ん?」
ラウラさんが後方に目を向けているので、それを追ってみると……
まだ彼女はそこにいた。ストローで牛乳パックをチューチュー飲んでいる。
「……」
「「「……」」」
僕たちはしばらく見詰め合っていたが、やがて僕たちの視線に気が付いたのか、『傲慢』の子がハッと目を見開いて電柱に身を隠した。うん、今さらだよ。
「あの人、さっきから私たちのことを観察してるよね」
「……ああ、そうだね」
「気づいてたの?」
「今さっきね」
「…今の話の振りはあの人が原因なんだね。……能力者…じゃないのかな? 波動が感じられない」
「いや、あの人だよ。『傲慢』」
どうやら、ラウラさんは彼女のことを感知できていないみたいだ。
「ええ?! ……でも、確かに怪しいけど……これだけ近くにいるのに反応が全くないのはどうして?」
「それは『傲慢』の能力によるものですね」
「どういうこと?」
僕たちの視線を受けて、カフカはメモ帳に目を落としながら説明を始めた。
「『傲慢』の能力は、相手に慢心や油断を与える力で、さらに相手の心の隙が大きいほど能力にかかりやすくなります。連鎖していくと面白いほど相手は不利になります」
「どこまでも傲慢押しなんだね」
「心に関する能力ですから」
それからカフカは「まあ屁理屈に聞こえるかもしれませんが」と続ける。
「彼女の反応が察知できないのは、能力によって『隠蔽』されているからです。本来の使い方は自分の存在自体を完全に隠蔽するものですが、彼女は共鳴反応だけ消しているようですね」
「ってちょっと待て」
「それって、結構すごい能力なんじゃ……」
気が付いたらそこにいる、とかいうレベルじゃない。気が付いたらすべてが終わっている、という展開に持っていかれない。
「相手に自分のことを、その辺に落ちている石ころ程度かそれ以下の認識にさせ、気配や殺気もろもろすべてを消します。いやぁ、あの時使われていたら即アウトでしたね」
「本当、あの時相手が油断しまくってくれてて助かったよ」
もう終わったことなのに背筋がゾッとした。あんな無茶苦茶な力があるのに、さらにステルスまで加わった日には……。
「って、僕には『読心』があるから、近づかれても平気なんじゃ……」
「そこに気が付くとは、流石は実里さんです」
よかった。対抗策があった!
「それはいいとして、あの子はどうして中途半端に能力を使ってこっちを見ているんだろ?」
「ああ、それなら……」
能力を使って思考を読み取ってみる。
『うわぁ、また目が合っちゃった! やっぱり完全ステルスモードにした方がよかったかな? でももし気づかれたら、姿を消していたのは攻撃する意思があったって思われるだろうし……うう、昨日の約束もあるし、下手に動けないわ』
滅茶苦茶困っていた。
「何してるんだよ……あの人」
ラウラさんたちに彼女の状況を説明すると、ラウラさんは呆れた表情の後、苦笑を浮かべる。
「気付かれたのに、まだ私たちのことを観察してるね」
「引くに引けないみたいだよ。下手に逃げたらそれこそ怪しまれるって」
「襲わないと昨日約束したのに……」
背筋がゾッとするようなカフカの低声に、僕とラウラさんは揃って肩を震わせた。
「ま、待ってカフカ。襲ってくるならもうすでに襲ってきてるよ。僕たちは観察されているだけだ」
「ですが……」
「確かにいろいろと問題ありだけど、いきなり怒るのはなし」
本当なら関わりたくないのだが、一応能力集めのこともある。
腕時計を見て登校時間に余裕があるのを確認し、少しならいいか、と話してみることにした。
「あの、君―」
「ひぅっ」
一歩踏み出し打だけで悲鳴を上げられた。滅茶苦茶ショックだ。
「実里君……まさか」
「そうしなかったら勝てなかったんだよ」
『色欲』の能力、「体温操作」で戦闘不能に追い込まれたラウラさんがジト目で僕を見つめてくる。僕だって好きでやっているわけじゃないんだよ。
気を取り直して、相手を刺激しないようにその場から声をかける。
「あの、そこで何してるの?」
「っぉ、決まってるでしょ。『色欲』と『強欲』の反応があったから、見に来たのよ」
「さっき円迎寺さんと会う前からいましたよ、あの人」
カフカがこそっと教えてくれた。ってちょっと待て。ということは、僕のことをずっとつけていたということか。いくらなんでも怖いぞ、それ。
そしてお前、最初から気づいてたんなら知らせろよ。
「どこからつけてきてたんだよあの人……」
「たぶん、家までは把握されていないと思います」
「だといいなぁ」
「それより、あの人、どうするの?」
「うーん、今は放っておこう」
「いいの?」
「昨日襲わないって約束したとき、カフカも一緒にいたんだ。もし約束を破ったら……」
「ああ、それなら大丈夫そうだね」
僕とラウラさんは頷きあった。天使の怒りは未だ爆発したことはないが、威圧を込めた笑顔を向けられただけでも、震え上がってしまう。それを無視してまで約束を破ろうとするやつはいないだろう。
また、こちらへの攻撃機会をまだ伺っているのかどうかを少し確認したが、どうやら能力集めの意思は変わらないものの、無理やり奪おうとする考えは小さくなっているので、今はこのままでいいと思ったのだ。
時計を見たら、ラウラさんの朝の日課をギリギリ終わらせられるかどうかの時間になっていた。
「まぁ、学校に連れていくわけにはいかないし。襲ってこないなら、今はもうそっとしておこうかなって」
「わかった。でも、油断はしないでね?」
「それこそ大丈夫だよ」
いくら僕でも、完全に赤の他人である『傲慢』をいきなり信用することはできない。それでも、少しずつ近づければ、協力できるかもしれないと、心のどこかで思っている。
自分でも甘いとは思うけれど……。
『うぅん、彼女さんの他にあんな美人まで連れてるなんて……やっぱり女の敵? いや、でも『強欲』は嫌がっている様子ないし……は! これはやはりあれか! 『リア充』ってやつなのね?!』
………………なんか、いろいろと突っ込みたいけど。
彼女が悪い人だとは思えないし、何より約束を守ってくれたことは、彼女をほんの少しだけ信頼できる足がかりになっていた。
だから、今は放っておこう。そして、少しずつ距離を縮めていこう。
「甘いですね、実里さん」
「それでも、僕はあの人と仲良くなれたらいいなって、そう思ってる」
それから、カフカとは校門近くで別れ、僕とラウラさんは門を通り抜ける。その際、「読心」を使ってみたら、
『うぅん、学校に忍び込むのは簡単だけど、見つかったら絶対怒るわよね……』
なんて、すごく悩んでいる心の声が聞こえてきたのだった。




