第十二話 VS『傲慢』 能力の制御は十分か?
「ねえカフカ……」
「すみません、“見ないと”だめなので……」
「ああもう!」
慌てふためきそうになる頭で、何とか能力を行使する。今は緊急事態だ。
『『色欲』かあ。見た目は草食系っぽいのに』
文字は日本語だったが、脳裏に響く言葉は外国語。英語じゃない。先ほどの呼び方から推測すると、フランス語か。
「あ、あの、君は一体?」
「私? 私は世界を救うために大罪の力をすべて集めるよう天の声を聞いた者よ!」
『やった、決まった!』
右手をこちらに突き出し、声高らかに名乗りをあげる姿は堂々としているのだが、心の声がわかるせいで全てが台無しだ。本来なら威圧されてしまっているのだろうが、もう心の中が冷静になり始めている。よかった、心が読めて。
『さあ、さっさと力をよこしなさい!』
「さあ、さっさと力をよこしなさい!」
少し訛っている日本語で、寄こせとジェスチャーを向けてくる。考えていることと口にしていることが一緒だった。どれだけヤル気満々なんだ。冷汗が止まらない。
「あ、あの!」
この子も、ラウラさんみたいに戦って能力を回収しようという考えのようだ。何とか戦わないように説得しないと。
「力なら、全部集まった後で何とかすればいいんじゃないかな? 無理やり戦うとかさ、別にしなくても」
「大罪の力を宿したということは、何か悪いことをしているということよ」
「は? いや、僕は別に……っていうか君だって能力を持ってるじゃないか!」
「私は違うわ! 私は天の声に選ばれたのだから!」
無茶苦茶だ……思わず脳内血管がブチって切れるところだったよ。隣のカフカも、眉間に皺を寄せている始末だ。
「おわかり? それじゃあ覚悟しなさい!」
そんな僕の無言を肯定と受け取ったのか、女の子は目をカッ! と見開いた。
『主よ、聖女ジャンヌよ。私に力をお貸しください!』
「食らえ! 悪を滅する力!」
神様とフランスの英雄への祈りとともに、何かとんでもない一撃が放たれようとしている。相手の能力が何か分からないため対処ができない。恐怖で足が震えそうになる。
「……あれ?」
しかし、何かが起きる気配はいつまで経っても現れなかった。肩透かしを食らったような気分だが、彼女は『かかったわ』と不敵な笑みを浮かべている。
「一体何が……う?」
「実里さん?」
突然、目の前がくらっと揺らいだ。次いで、彼女の心の声が幾重にも表示され、聞こえてくる。読心を止めることができない。
『ふふふ、『傲慢』の力を思い知ったかしら! もう手も足もでない!』
『七大罪なんて縁起でもない力だと思っていたけれど、世界を守るために使うんだから主も許してくださるわ!』
『あーあ、早く終わらせて明日こそはアキハバラにでも行きたいわ。まったく、トウキョウにいると思ったのにどうして西の方にいるのかしら。おかげで観光すらできなかったし。今日はキョウトかナラにでも泊ろうかしら』
『それにしても、『色欲』ってどんな力かしら。『声』は『体温操作』しか教えてくれてないけれど、男の子に宿ったってことは……うん、この子は女の子の敵ね。さっきもそっちの子の着替えを覗いてたし』
ひどい言いがかりだ。そして、やっぱり彼女は先ほどデパートでこちらを見ていた女の子のようだ。どうやら、ずっと監視されていたらしい。
それよりも、力が制御できない。あふれ出てきそうな何かを必死に抑えているだけで手一杯だ。
「大丈夫ですか実里さん!」
「なる……ほど……」
目を背けたくなるような誹謗中傷が表示される頭で、この状況をなんとなく理解した。
こちらの力が暴走している。
どうにかして対処しなければ、(誹謗中傷が原因で)精神的に敗北を決するのも、抑え込んでいる何かが爆発するのも時間の問題だ。後者に至っては何が起きるのかわからない。
どうする。どうする。まともに動くことすらできないこの状況を打破するために、力を使うか。しかし、集中を解けば抑え込んでいるものが溢れ出てしまいそうだ。
「く……」
「抵抗なんて無駄! 諦めて大人しくしていなさい」
大人しくしていられない。力が奪われれば、大切なものが消える。想像しただけでゾッとする。
ラウラさんの姿がフラッシュバックする。そうだ。彼女を守ると決めたんだ。思いだしたら、迷いはほとんどなくなっていた。持てる集中力を注ぎ込んで、ラウラさんとの戦いで使った「体温調整」を使用する―
しかし、
「ふふん、発熱の力は効かないわ!」
折角のチャンスだったのだが、彼女の捨て置けないセリフが出てきたことで、発動直前でストップさせた。おかげで集中力が揺らぎそうになった。
「私の『傲慢』は、『色欲』の『発熱能力』を完全に打ち消してくれる。仮に使って失敗すれば、力が暴走してそっちの負けだけど」
確かにこちらはそろそろ限界だ。もし次の一撃が決まらなければ、力が暴走するだろう。
「この力はすべてを支配することもできるの。そっちの力なんて足元にも及ばない」
腕を組んで笑う姿はまるで歴戦の王様を想像させる。なるほど。傲慢―偉そうな態度などのこと。王様の力ということだ。
このままじゃ手も足も出せない。焦りだけが募っていく。
「実里さん!」
カフカが買い物袋を投げ出して肩を貸そうとする。ありがたいけど、
「だめだカフカ……離れて……」
「でも!」
「賢明な判断ね。そのままおとなしくしていれば、怪我ひとつなく終わらせてあげる。えーと、彼女さん……でいいのかしら? 訳がわからないかもしれないけれど、貴方もそこで動かないで頂戴」
微笑を浮かべてこちらへ歩みよってくる。ゆっくりと、まるでおとぎ話に出てくる英雄を気取ったように。
完全に勝利したと油断している。僕を、舐めすぎている。
「……まだ」
「ん?」
何も知らないくせして、ヒーローを気取って、敵意のない相手をいたぶるような真似をして……。
『傲慢』の力の影響を受けているのは、どっちだ!
謂れのない誹謗中傷を受け過ぎたせいかもしれないが、とにかく怒りがふつふつと腹の底から湧き上がり、それが一気に沸騰、爆発した。
「まだ―」
抑えていた何か……力を開放した。
一か八かの賭けだ。相手の支配を超えるか、及ばず暴走に飲み込まれるか。
「終わってないぞぉッッ!」
「!?」
力が女の子の存在へ作用を及ぼした。
「……い、一体何を言っているのよ? あれ?」
彼女の体がふらりとよろけ、「きゃっ」と小さな悲鳴と共にその場に崩れる。顔色が赤くなっていく。汗が大量に出てくるうえに、喉に独特の違和感が現れ、呼吸も荒くなる。
賭けは、こちらの勝ちだった。暴走が止まり、荒れ狂っていた力が正常に戻る。
「……っ!」
『何これ……熱い……目が、ぼやける……頭、痛い……』
彼女の体温は現在四十度七分。さらに、
『か、体が……!』
むず痒そうに表情を歪める。体の一部が動くたびに、肩が跳ねる。
今、彼女の神経感度は鋭敏になっており、感度は人が耐えられる中でも最高値。普段なら大したことのない動きでも神経に大量の刺激が走るようになっている。しかも、暴走しているから自動でこれだ。
これが、「触覚操作」の力だと瞬時に理解した。
「実里さん!」
飛びついて来たカフカに小さく頷いて見せた。
『熱い……体全体が、切ない感じ―』
「……よし」
頭に浮かんでくる女の子の心の声を見た瞬間に、読心能力は『はい、いいえ』が分かる程度に抑えた。第一声目が無難なものでよかった。あのまま読んでいたら、こちらの顔が真っ赤になるような言葉が続いていたに違いない。女の子の顔を見れば、嫌でもわかる。罪悪感が半端ないが、彼女の力でこちらの力が暴走したのだから、少しくらいは我慢してもらおう。
「慢心と油断……それが君の敗因だ」
「……うう」
どうやら喋ることも苦痛のようで、こちらを恨めしげに見上げてくる。目が潤んでいるのが分かる。罪悪感がより強くなるし、何だか人としてどうだろうかと思えてきた。
さっさと終わらせよう。それが彼女のためだ。
「……あのさ」
その場から動かずに、そっと声をかける。敵意がないことを伝えるために。
「大罪の力が奪われたら、奪われた人の大切なものが消えるんだけど、知ってた?」
「!?」
目が大きく見開かれる。心の声も『いいえ』になっている。
「僕が君の能力を奪うと、君の大切なものが消えちゃう。その反対もあるんだ」
こちらの言葉に顔を蒼白にする彼女の心に、こちらの言葉が残るよう祈りながら。
「君も、失いたくないものがあると思う。僕は、君からそれを奪うつもりは全くない」
「……な、んで?」
「僕にも、失いたくない人がいるから」
だから、
「襲わないでくれるかな、もう」
女の子は少しの間考えるように目を伏せ、小さく頷いた。心の声も『はい』になっていた。
「……本当に頼むよ」
そうでないと、天使がブチ切れるから。
「実里さん……」
首元で何か言いたげなカフカから目を背ける。言いたいことはわかっている。帰ったらお説教が待っているだろう。
能力を解除すると、女の子は呼吸を整えるためにしばらく動かなかったが、やがてのろのろと立ち上がる。
「……………………ありがと」
「うん」
先ほどの威勢はすでになく、敵意も感じられなかったので、内心ほっと一息つく。
そして、どっと押し寄せてきた疲労感とともに、言葉が漏れた。
「僕の力って、こんなんばっかか……!」
「『色欲』の力がこんなに恐ろしいとは……!」
奇しくも、同タイミングで吐露する。
どうにも、しっくりしない戦いの幕引きだった。
帰るなり、そのままお説教タイムに入った。
「どうして実里さんは相手の能力を奪わないんですか。リベンジされたらひとたまりもありませんし、円迎寺さんが攻撃される可能性だってありますよ!」
「ラウラさんには連絡したし、彼女にも言っておいたよ」
別れ際、女の子には、(ラウラさんの名前や能力は言わず)もう一人いる能力者は強すぎるので絶対に手を出さないようにと警告してある。しかし心の中で疑っていたので、もう一度能力を使って理解してもらった。おかげで随分と嫌われた。心が痛い。
「甘いのは自分でもわかってるけれど、大切なものが消えるのって悲しいだろ?」
「それはそうですけど……」
カフカは食卓に頬杖をついてぷりぷりと頬を膨らませるが、やがて諦観したように小さな溜息を吐いた。
「実里さんはもう少し厳しくなってもいい気がします。そうでないと、円迎寺さんの言うように、本当にいつか騙さるかもしれませんよ?」
「そのために「読心」があるんじゃないか?」
「能力に頼っていたら、いざ使えない時に困りますよ。例えですけれど、能力を使うこともできないくらいに疲れ果てている時に襲撃を受けたらひとたまりもありません」
「確かにそれは怖いけど、健康面はこれでも気を使っているんだ。大丈夫だよ」
次の日、早速大丈夫じゃなくなっていた。
タイトルをどうしようかかなり迷いました。
赤い袴の弓使いさんも言っていました。
「慢心してはダメ」、と。
2015/9/19 変更
変更前 「お願いだからね」と笑うラウラさんの姿がフラッシュバックする。
変更後 ラウラさんの姿がフラッシュバックする。




