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第十一話 天使とのお買い物

 掃除も適当に切り上げ、警戒しながら校門をくぐる。周囲の視線がたまに向けられる。ビクビクした挙動不審者を見る目だ。仕方のないことだが、心が痛む。


「こんな日がいつまで続くんだ……」


 まだ始まって一日しか経っていないのに、すでに精神はかなり摩耗している。


「……ちゃんと説明したら、わかってくれるだろうか」


 甘いと思いながら、そんな願望が口を衝いて出てくる。


「みーのりさんっ!」

「うわっと! カフカ?」


 顔を上げると、すぐ目の前にカフカが立っていた。思わずのけぞる。


「なんでここにいるんだよ?」

「買い物のためじゃないですか。ほら、今朝、私のお洋服を買っていただけるって」


 言われて思い出す。放課後、近所のショッピングモールでカフカの普段着や下着などを購入しようという話を朝食の時にしていた。その時のカフカの喜びようを思い出して、少しは心が楽になった。


「ほら、行きましょう!」


 カフカに手を引かれ、気恥かしさと温かさを感じながら歩きだす。

 天使と一緒にいるせいなのか、それとも単に女の子と手を繋いで嬉しかっただけなのかはわからないが、さきほどまで感じていた不安や恐怖がほとんどなくなっていたのだった。



 洋服を買うといっても、それほど高いものは買ってあげられないので、服は部屋着も含めて四、五点。下着は三、四日分を購入する計画だ。

 エスカレーターを上がったすぐ横に開かれた店に入ると、カフカは早速あれこれ見て回り、吟味し、


「実里さん、どれがいいと思いますか?」


 少し離れて様子を見守っていたこちらに顔を向け、カフカが両手に持っている外行きの洋服を見せてくる。聞かれても困るのだが。


「カフカがいいと思うものを選べばいいんじゃないかな。着るのはカフカなんだから」

「それはそうなんですけれど……」


 どれがいいか迷っちゃいますねーと言いつつ、何着か選んだものを持って試着室へ入っていく。

 天使と言っても、女の子なんだなーと苦笑が浮かんでしまう。


「実里さーん!」


 カーテンの向こうからカフカの呼ぶ声。


「すみませーん、ちょっといいですか?」

「何?」


 別の服を持ってきてほしいのかな、とか考えていたら、突然カーテンが開かれ、


「ここのチャックにうまく手が届かなくて」


 着替え途中のカフカの白い背中が目に飛び込んできた。その瞬間、頭が沸騰しそうになって、慌ててカーテンを閉めた。


「そ、そそそそそれえれっれえ」


 自分でももどかしく思うくらいに声が上ずり、どもってしまう。


「じ、じじじ自分で閉められるだろ?! ほら、天使の力みたいなので!」

「あ、そでした」


 てへっ、と笑う声に脱力する。昨晩、バスタオル一枚という姿を見ているものの、言葉にならない衝撃を受けてしまった。

 くっ、バスタオルも思い出してしまった。頭が冗談抜きで沸騰する。そうなったら鼻血を出して倒れるんじゃないか、とアホな思考で現実逃避していると、亜麻色の髪の毛をした外国人の女の子のジト目と合った。すると、女の子はびっくりおっかなという感じで顔を逸らした。どうやら今さっきのやり取りを見られていたらしい。滅茶苦茶気まずい。ここは無視することにした。

 少しして、こちらが落ち着いた頃合いに、「じゃじゃーん」とカーテンが開かれ、衣装替えしたカフカが姿を見せた。


「これなんてどーですか?」


 白いブラウスに緑色のキュロットスカートの組み合わせ。シンプルだけど、カフカが着るとアイドルの衣裳のように見えて、


「うん、かわいいと思うよ」


 思わず本音が漏れた。


「そうですかー? えへへ~」


 カフカが嬉しそうにはにかむ。

 しまった、と心の中で思うも、取り繕う気にはならなかった。



「えへへ~、ありがとうございます~」


 ショッピングモールを出て、再び帰路の途中。買い物袋を抱きしめてカフカが顔を喜色に染める。それを見て、自分のことのように嬉しく思える自分がいることに驚いた。頬が熱くなり、それを隠すために顔をあさっての方向へ向ける。


「よかった」

「何が?」

「実里さん、さっきまで暗い顔していましたから」

「え?」


 顔をカフカに戻す。


「実里さんの暗い顔、見ていられませんでした」

「そんなにわかりやすい顔してた?」

「はい、とてもわかりやすかったです。何かあったんですか?」


 そう言われて、何でもないよ、という気になれず、今朝ラウラさんに言われたことを話すと、カフカは「あぁー」と首を小さく傾げた。


「確かに円迎寺さんの言うとおり、いつ襲いかかってくるかわかりませんねぇ」

「それなんだけどさ……朝、どうして言ってくれなかったんだ? 知ってたんでしょ?」

「今までの実里さんを見ていたら、混乱するのでは、と思ったからです。能力者同士があったら共鳴反応を起こすと知れば、どんな行動を起こすのか判断がつかなかったものですから」


 カフカは冷静に答えてくれた。


「全員が協力して能力集めができるのであれば伝えるつもりでした。しかし、昨日の円迎寺さんの行動を見ると、こういっては何ですが、安易な考えで行動する人もいると思いましたので。実里さんがそうだとは思っていませんが、残りの能力者がどういう人かはわかりませんからね。もう少し落ち着いてから、と考えていました」

「そ、そうだったのか……」

「お伝えしなかったことは謝ります。ごめんなさい」

「いや、ううん。謝らなくちゃいけないのは僕の方だ」


 カフカはいろいろと考えてあえて黙っていてくれたのだ。たぶん、今朝いろいろとしぶっていたのは、伝えたいけれど伝えたら僕がパニックになる、という葛藤を抱えていたせいだろう。


「ごめんカフカ。少しだけ、君を疑ったりしたんだ」

「いいえ。仕方のないことです」

「それじゃあさ、お相子ということでいいかな?」

「ええ、実里さんがそういうのであれば」


 少しだけほっとしたところで、能力探知について聞いてみる。


「ラウラさんは力が感じ取れるらしいんだけど、僕も分かるようにならないかな?」

「えーとですね」


 腰のポーチからメモ帳を取り出し、ページをさらら~っとめくり、


「『色欲』も含めて、全部の『力』が互いの存在を感知できるみたいですね。ただ、実里さんの場合は何故かその能力が発動されていないようです」

「発動する方法とかないの?」

「すみません。それはわからないです」


 カフカはメモ帳から視線を外し、「それは聞いていなかったので……」とこちらからも目を逸らす。まずい、絶望にたたき落とされそう。


「……と、ともかく!」


 仕切り直す声に、奈落の底へ叩き込まれる直前で意識が戻された。


「私が実里さんのことを守りましょう! 能力者なら一発見ただけでわかりますし」


 世界が、止まった。


「マジか?」

「マジです」


 カフカから後光が射しているように見えた。『力』を持っていないのに判別できるとは、流石は天使だ。

 ……などと、安心したのがまずかったらしい。


「見つけた!」


 突然、ハツラツとした女の子の声が後ろからあがった。びくっと肩を震わせ、振り返る。

 セミロングの亜麻色の髪の毛と、愛らしい顔立ちをした西洋人の少女が立っていた。

 あれ、この子って、もしかしなくてもさっきの……?

 ……はッ!

 あ、これはいかん。

 この展開はマンガでよくあるパターンだ。問題を抱えた登場人物の元に厄介事が舞い込む、あのシーンが脳裏に浮かぶ。

 案の定、彼女の視線と指はこちらにしっかり向けられている。カフカを指してはいない。周囲を見渡しても誰もいない。最後のあがきと指を自分の顔の前に持ってくると、少女は不敵な笑みを浮かべた。


「見つけたわよ、力を持ったジャポネェゼ!」


 確定。海外からの刺客(のうりょくしゃ)第一号である。


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