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第一話 天使と超能力と非日常の始まり

7/28 読みやすくなるように、改行などを入れました。

 香乃(かの)実里(みのり)は一人暮らしになってしまった。ゴールデンウィーク明けに両親が揃って長期取材と称した旅行に出かけてしまったからだ。出立の前日に言われたのだからたまったものではない。

 ひとり暮らしなので当然家事も全部自分でしなくてはいけないのだが、


「雨降ってるし!」


 朝にベランダに干しておいた布団が、急に降りだした雨によってぐしょぐしょになるのを防ぐのも、以前は家にいる母親に電話すれば解決する問題だった。今は全力ダッシュで家に戻らなければ、今夜はソファで眠ることになる。それはそれで悪くはないのだが、まだ間に合う状況でそれを諦める選択肢はない。


「うおおおお!」


 間に合った。多少濡れてしまっているが、寝るまでには乾くだろう。


「あー、飯も用意しなきゃ……」


 料理と風呂洗いだけは以前からしていたが、それ以外の家事となると手伝いくらいしかしたことのなかった実里は、洗濯物や家全体の掃除を一人ですることがどれほど労力をかけ、時間を割いて行われているのかがやっとわかった。


「母さん、大変だったんだな」


 のほほんとした母親の顔を思い出し、その裏に潜む偉大さに感服する。

 晩ご飯と風呂を終え、宿題を適当にこなし、ゲームをして、ぽふぽふになった布団を敷いて寝る。高校生としては至極まっとうな一日の生活。


 それが、実里の日常で、その日まで謳歌していた、ごくありふれた青春の一ページだった。



 超能力っていうのは、実は人間の隠された才能なのではないかと思う。

 例えば、テレパシーは、本来生物に備わっているごく当たり前の力で、それは野生のライオンたちが特に何の打ち合わせをしている様子もなく、見事なコンビネーションで獲物を捕らえるあの場面で使われているのではないだろうか。

 そう考えると、過去の魔法や奇跡にも、すべてこの秘められたる力によって発現したものがあるんじゃないかと考えると、多少のロマンがあっていいかもしれない。


 けれど。


 それは空想の中だから楽しいのであって、現実で我が身にそれらが宿るとなると話は変わってくる。


 想像してみたらいい。

 わけのわからない力がある朝突然身について、それをどこからか不法侵入してきた美少女のぷるっとした可愛い唇から紡がれたなら……。

 やっぱり信じられないし、不安になるし、早く警察に電話しなければと寝癖の残る頭で思考する。携帯電話で通報するにはどの番号で問い合わせればいいのだろうか。一一〇番で大丈夫なのだろうか。わからない。

 とりあえず、状況整理をするために、時間を稼ぐためにももう一度話しを聞いておこう。


「ごめん、もう一度言ってくれるかな……」

「もう、実里さんは寝ぼすけさんですね」


 白いワンピース姿の美少女は甘ったるい声で少し困ったように笑う。


「えーとどこまで話しましたかね」とつぶやいたので、最初から話すようにお願いした。


「私の名前はカフカと申します。こことは別位相に住む天の住人です」

「あ、うん」


 名前と出身地はインパクトがありすぎて一発で覚えられたのだが、話を進めていただくために突っ込みはいれない。


「香乃実里さん。貴方は七大罪の力に目覚めました。私はその力を集めるために地上にやってきたのです」

「七大罪というと、聖書……ですか?」

「聖書には書かれていませんが、キリスト教で言われていますね」


 人間の欲望である七大罪。超能力ものではよく題材にされている力だ。順番が重要かどうかはさておき、思い出せる順番に並べると、強欲、暴食、傲慢、怠惰、色欲、嫉妬、憤怒。中には嫉妬と憤怒のように、これもうどうしようもなくね、と思うようなものもあるけれど、ようは過ぎたるは及ばざるが如しなのだろうと思っている。実際の意味はわからないけど……。


「とある事情で、七つの力が現在世界各地に散らばってしまい、これらをすべて集めないといろいろと危ないのです。そのために、力の一つを宿した実里さんに集めていただこうと思い、オペレーターとして出向いた次第です」

「いや、次第ですって……いろいろ危ないって、集めないとどうなるのさ?」

「わかりません」


 笑顔できっぱりと言われた。今までのは出まかせということにしてよいだろうか。


「私も詳しいことは何も知らなくて……ただ、回収しないと大変なことになる、とだけ」

「わかった……とりあえず不法侵入で通報するね」

「わわわわ! やめてください!」


 慌ててカフカは、何かを思いついたようでぽんと手を打った。


「そうです。話が信じられないのでしたら証拠をお見せしましょう」

「いや、証拠よりも先に勝手に家に入ってきたことをね」

「しょーたいむ!」

「聞いてよ」

「とりあえずですね」


 聞いてくれそうにない。

 カフカは肩から提げていた羽根の形のポシェットからメモ帳を取り出し、右指をくるくると回しながら説明を始める。


「えーと、実里さん、私の顔を見てください」

「さっきから見てるけど」

「いいですから」


 携帯電話(ガラケー)を開く手を止めて言われたとおりにする。


 欧風の顔立ちは整っていて、柔和で愛らしい顔立ち。目はぱっちりしていて、唇はさっきも思っていたけれどぷるっとしている。茶色い長髪を左でサイドテールにしている。


 ああ、可愛いな。

 改めてそう思ったとき、


『ちょっと天然さんっぽいですけれど、好きですよ』


 そんな言葉が、いや文字? とりあえず、日本語が脳裏に浮かんだ。


「ん?」


 目をこすって、もう一度カフカを見てみる。


『どうですか? 今度は目で見てみましょう』


 目の前に、二重鉤括弧で文字が浮かび、カフカの声が頭に直接聞こえてきた。驚きで口が開いた。

 カフカは上目づかいになり、


「どうですか、信じてもらえましたか?」

「今のは、テレパシー?」

「そうとも言えますし、違うとも言えます。この場合は、私からではなく、実里さん自身が私の思考を読み取った形になります」

「……マジか」

「マジです」


 どうやら、本当に超能力を会得してしまったらしい。


「不安になるのも当然でしょう。ですが安心してください。私がオペレーターとしてついていますから、ドンと来てください!」

「君は、天の住人だっけ? ということは天使でいいのかな」

「うーん、まあ、実里さんがそう思うなら、それでおねがいします」


 浮かべられたやわらかい笑みはまさに天使だ。

 香乃実里、人生十七年。こんな無垢でかわいい笑顔を向けられたのは初めてで、かあっと頭に血が昇ってきそう。まずい、鼻血が出そうになるってこういう状況なんじゃないか。

 意識をそらすために、そして不安も多少消えたことも相まって、自分の能力について聞いてみることにした。


「ええと、そそそ、そうなんだ。あ、それで、僕の力って一体どんな力なのかな?」


 七大罪ということは、憤怒や暴食と言ったところだろうか。

 はたして、カフカの口から出たのは……。


「実里さんは『色欲』です」


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