闇の導き
魔獣紹介
ヨルムンガンド
大蛇に翼が生えたような姿。その咆哮は目の前の建物をほとんど倒壊させてしまう。翼からは竜巻を発生させる。精神に入り込む意識誘導を使う。普段は島と一体になっている。
暫くアルバ島で過ごした後、ミルガフィルの修復作業が終わったとの通知を受け今は出発の準備を整えている。
月夜もイリヤも何事もなかったかのように普通に過ごしている。あの後――
◆
「月夜さん!」
「……月夜!」
「月夜ー!」
「……」
船に戻ると皆月夜の元に寄ってきた。
「皆さん、心配をおかけして申し訳ありません」
「柊――」
「先生……」
「無事に帰ってきてなによりだ」
「はい」
月夜は目に涙を浮かべていた。他の皆も同様だった。
「瞑」
皆の再会を眺めているといつの間にか隣にいたイリヤに声を掛けられた。
「お前、寝てなくて大丈夫なのか!?」
「うん。さっきの光を浴びてたらなんだか平気になっちゃった」
「そうか。ならよかった」
聖空晩霞の光がこっちまで届いてたってことか。俺の新しい力。闇を浄化する力か。この力があれば、樟葉も……!
「でも無理はすんなよ」
「うん。でも……瞑はすごいね。皆との約束、ちゃんと守ってくれた。私、瞑なら月夜を助けられるって信じてたよ」
「お、おう」
「だから、これはご褒美。受け取ってくれるかな?」
イリヤは俺の手を取ってそこに何かを乗せた。固い金属のようだ。イリヤが手をどけたところを見るとペンダントみたいなものだった。
「イリヤ、これは?」
「まぁ、お守りみたいなものかな。でも瞑がピンチになった時、必ず役に立つはずだよ。それを……私だと思って大事にしてね!」
「ありがと。大切にするよ」
俺はイリヤから貰ったペンダントを首にかけた。
「ねぇ、瞑。覚えてる?ずっと昔にした私との約束」
「ずっと昔?俺達会ったの最近だよな」
「そう、だよね。ううん……覚えてないならいいんだ!」
そう言ってイリヤは去ってしまった。ずっと昔。俺はまだ忘れている事があるのだろうか。イリヤはああ言ったが本当にそれでいいのだろうか。それは確信はないがとても肝心な事のはずだ。
◆
昔のこと、思い出そうとすると頭痛がしてくる。俺は一体何を忘れているというのだろうか。
「瞑ー!そろそろ出発するってー!」
「おう、今行く!」
俺はずっと思い出そうとしていたが、結局何も思い出せなかったイリヤはあれっきりいつも通りに戻っている。本当に何事もなかったかのように。
まぁ、考えてどうにかなるもんでもねーし、そのうち思い出してくるだろう。
俺は急いで船に乗り込んだ。
(短い間だったが、波乱だらけだったな。ちょっとそこで暮らすだけでも愛着ってのは湧くもんなんだな)
帰りは皆疲れたのか眠ってしまった。俺は1人外の空気を吸っていた。ついこの間、あんな事があったとは信じられないくらい優雅な海だな。
俺の忘れてしまった昔の記憶。とても肝心なこと。それが何かは全く思い出せない。何かモヤがかかったふうになる。イリヤのこと以外でも忘れていることはあるのだろうか。
1人でいるとついつい色々考えてしまう。俺が物思いに耽っていると誰かが外に出てきた。
「出來。どうしたんだ?」
出てきたのは本を持った出來だった。出來は俺の方を見るといつも通り表情一つ変えずに答えた。
「……ただ、風を浴びに来ただけ。白縫君は?」
「俺もそんな感じ、かな?」
「……そうなんだ」
出來はそう言うと日陰に座って本を読み始めた。
「あのさ、忘れてしまった過去の記憶を取り戻すにはどうしたらいいんだろうな」
「……急にどうしたの?」
出來は本を読みながら答えてくれる。案外器用だな、こいつ。感心しつつ俺は話を続ける。
「とても大事な忘れてはいけない事を忘れていて、だけど他の奴はそれを覚えている。思い出そうとすると頭痛がしてくるし。だけど絶対に思い出さないといけない気がするんだ」
出來は読み終えたのか持っていた本を閉じ、こちらに向き直った。
「……無理に思い出そうとしてもムダ。……記憶というのはそういうもの」
まぁ、思い出そうとしても思い出せないのは既に知っている。ずっと記憶を辿っていたが、モヤがかかったふうになってはっきり思い出せない。
でも根拠はないが、忘れてしまった記憶には何かしらの重要なキーとなる出来事が眠っているはず。それに、イリヤと昔あっているかも知れないということ。
この謎は必ず解かねばならないと思う。
「……それでも思い出したいのならば、催眠療法くらいよ」
「そうか。そうだよな」
記憶というのはそういうものだ。忘れてしまった事を思い出させるにはそれが一番手っ取り早い。でも、これは自分自身のちからで思い出さなくちゃダメな気がする。
俺が気を落としていると出來がさっきの言葉に付け加えるように言った
「……他には、実際にそれと関係のある場所に行ってみるとか。……でも、その場所がわからなければ意味がない」
そうだよな。忘れているのに場所だけ分かるはずが――。
突如空は黒雲に覆われ、暴風雨が降り注いだ。海も高波を上げて轟いている。
「出來、中へ戻ろう!」
「……うん」
俺は出來の手を引き船内へ入ろうとした。だが、その瞬間何か大きなものにぶつかったような揺れがが生じた。
最初は岩か何かにぶつかったのだと思っていたが、揺れは激しくなる一方だった。海は荒れているが明らかに何かにぶつかったような感じだ。
「一体、何が起きている!?」
「……これは。……間違いない、これは闇黒魔の反応!」
出來が手首に嵌めた通信用ブレスレットで確認して俺に伝えた。
「何だって!?でも警報は――」
「……どうやらこの船全体のシステムがやられてるみたい」
マジかよ。だが、次の瞬間それが確信に変わる。海の中からドラゴンのような硬そうな翼が生え、黄色の瞳を持ったワイバーンのような姿をしていた。
「……あれは、ヨルムンガンド!?……どうしてここに」
出來がその姿を見て驚愕の表情を浮かべていた。まるでゾンビでも見ているような。
「出來、ヨルムンガンドを前に見たことがあるのか?」
「……」
出來は腰が抜けたようになっていた。いつもの無表情な顔や冷静さなど何もかもかけていた。どう見てもいつも通りではない。
「出來?」
「……そんな、どうして」
「出來!」
「……ありえない。そんな事、あるはずがない」
「おい、出來!」
「……確かにあの時」
そうこうしている内にヨルムンガンドが襲い掛かってきた。普通のワイバーンよりかなり長めの尻尾をこちらに向かって叩きつけてきた。
「出來!」
ずっと上の空だった出來を間一髪で助ける。その衝撃でか出來は正気を取り戻していた。
「……白縫、君?」
「ようやく元に戻ったか」
「……わたし」
「それより今はこいつをどうにかしないとな」
ヨルムンガンドは耳をつんざく程の高い咆哮を鳴らした。その咆哮の威力で反対側の手すりまで吹き飛ばされた。
次いで両翼を大きくはためかせ、強風を巻き起こす。
「くっ、出來……!」
出來は気を失って強風に流されていた。なんとか手を伸ばして出來の手を掴むが、どこまで持つかわからない。
『全てを明かす時は来た』
なんだ!?頭の中で反芻するように謎の声が響く。その瞬間、高波に飲まれ海に放り出された。
『汝、過去を欺くなかれ』
(出來……!くそっ、いき……が…………)
間もなくして俺の意識は途切れた。
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