星々の悲しみ(うらびす)
星々の悲しみ
とある雨の日の事、美貌王ローラントは町詩人ヘタイトスを突然自室に呼び出して言った。
「よく来てくれたヘタイトス、今日はお主に頼みがあるのだ」
王の言葉が高原を吹く一陣のさわやかな風のように部屋の中を駆け巡る。
それに応えて、所在なさげに固まっていたヘタイトスはようやく顔を上げた。
「王よ、王のように気高く美しき方が、私のような一詩人に何をお頼みになるというのですか」
「何、簡単なことだ、お主には余が編纂している歴史書の最後に余の最後の姿を詩として書き残してもらいたいのだ」
ヘタイトスは仰天した。
「王よ、突然何をおっしゃられるのですか。そのような大役は私にはとても勤まりませぬ。
なにより、王はまだお元気でいらっしゃいます」
ヘタイトスは町詩人である。
詩を志せども、宮仕えどころか日々の生活すらままならぬ一詩人である。そんな彼に王直々の、ましてや後々まで残されるであろう詩の依頼など、本人が言うまでもなく役者不足であった。
しかし、王は頑として譲らなかった。
「いや、お主でなくてはいかんのだ。お主が引き受けぬというのであれば、余はこの歴史書の編纂を止めねばならぬ」
こうまで言われてしまっては一市民たるヘタイトスが逆らえようはずもない。
ヘタイトスは王の勢いに圧されるようにして、王の書いた命令書に血印を押した。
それから、四度の満月と新月を経たある快晴の夜。
王は歴史書の最後の一文を書き終え寝台に横たわるとそのまま眠るように息を引き取った。
その突然の死に、少しの間国はひどく混乱したものの、王は自らの死を予見したかのように後になすべき事を歴史書に書き残しており、国はやがて平穏を取り戻した。
そして、それから数日、ヘタイトスは再び王宮へと呼び出された。
重い足を引きずり、謁見の間に辿りついたヘタイトスに、大臣は王が残した歴史書の最後の項を突きつけて言った。
「この最後の項に、お前の詩が載せられることとなっている。王の最後の命令だ、書け。安心しろ、どのようなものであってもけして咎めるなと王から仰せつかっている」
それを聞いて、ヘタイトスは歴史書を受け取った。
見れば、ヘタイトスが書くことになっている項の前には有名な詩人たちによる王の詩を悼む詩が載せられていた。
ヘタイトスはそのことにやや気おくれしながらも最後の項に考えておいた詩を書きつけて大臣に渡すと顔も見ないで王宮を出て、そのまま逃げるように町から去って行った。
翌日、広場で王の残した歴史書のお披露目が行われた。
多くの人が集まる中、宮仕えの詩人たちによって本の内容が読み上げられていく。
そして、最後にヘタイトスの残した項が読み上げられた。
“高原を吹き渡る風よりも美しく
木々を飾る宝玉の如き果実すらもこうべを下げる
なにものよりも美しき王の終わりにすら
星々は悲しみの涙を流さなかった”
今にも雨の降りそうな曇天の日の事であった。
やっぱり星々関係なくね
2014/1/22 一年 うらびす