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【終、ふたたび序へ】深紅、夜明け、そして避けられぬ運命。

  



 ――『ラスヴィエート』とは、ロシア語で「夜明け」を意味するのだそうだ。


   *


 ぼくはじゅうぶん幸せだ。両親は健在で家族仲もよく、たいそう裕福だというわけではないが、かといって、けっして貧乏なわけでもない。そこそこの偏差値の高校に進学し、友だちもそれなりにいて、まあ自分にしては上出来と思える国立大に入学した。就職もさほど苦しまずに決めることができたし、この仕事にとりたてて不満があるわけでもない。これがやりたい、と思ってはじめた仕事ではなかったが、いまでは胸を張ってこの仕事を好きといえる。そう、幸せだ。なんの刺激もないけれど、いったいこれのどこが幸せでないといえるだろう?

 たしかに、再会した深見と、ちょっとはいい雰囲気になれるのではないかと期待はした。男の、子どもじみた期待だ。高校時代のあまいときめきに、ほんの少しだけ浸ってみたかった。それだけだ。恋人もいない、仕事三昧の日々に、わずかばかりの刺激を期待しただけだった。男に飼われるだの何だのと、そんなたいそうなことが起こるなどとは想像もしていなかった。

 深見は、幸せだろうか? ほんとうに、幸せだろうか。男に飼われるほうがましだと思うような人生は、果たして幸せだろうか――それともこんなふうに疑うことこそが、ぼくの思いあがりなのだろうか? ひょっとして深見は、彼女自身がそう言ったとおり、海棠に縛られることを幸せと感じているのだろうか……。

 彼女はぼくに、助けを求めてはくれなかった。ぼくの頭のなかでは、彼女は海棠の束縛を嫌い、涙をこらえながら「自由になりたい」「助けて」と叫んでくれるはずだったのだ。あの晩、しかし彼女の表情のどこを探ってみても、ぼくが予想していた苦悶や悲しみのいろは見つけられなかった。ぼくは思った。ぼくこそが、彼女の不幸を心待ちにしていたのかもしれなかった。彼女に「助けて」と言われたとして、ぼくに何ができただろうか、と考えてみる。仕事を捨て、身を捨て、彼女を助けるために力を尽くすことが果たしてできたろうか。きっとできない。ぼくは平凡を愛する、そしておそらくは自分の平穏を愛する、ただの臆病者なのだ。「ぼくはただ深見が心配で」と言ったときの、海棠の眸を、ぼくは何度も思いだした。そこには、静かな憐れみとあざけりが沈んでいた。彼はとうの昔に、「深見を案じる自分」に酔うぼくを、見透かしていたのだろう。

 深見に会いたくてしかたがなかった。そして会いたい気持ちとおなじだけ、会いたくない気持ちも強かった。あのふたりに心の奥を見透かされている、そのことがたまらなく恥ずかしかった。愛とはなんだ。幸福とはなんだ。ぼくにはそれがわからない。


   *


 楠木洋平のことを、瀬里は覚えていた。問題児というわけではなく、かといってずばぬけた優等生というわけでもなく、だが友だちの多い、あかるい男子生徒だった。それなりに仲もよかった。好きか嫌いかといわれれば、じゅうぶんに好ましい同級生だった。

 自覚はしている。瀬里もまた友だちの多い、あかるい女子生徒だった。楠木との決定的な違いは、ひとつだ。彼のあかるさはおそらく本物だった。彼は、自身の持つ本来の優しさとあかるさによって、多くのひとに好かれたのだ。だが、瀬里のそれは違う。瀬里のあかるさは、自覚しているとおり偽りで、感情を押しころす強い努力を経て、他人に嫌われることや無用のトラブルを避けてきた。たったひとつの違い、だが大きな違いだ。わかっていたから、何度かは楠木の素直なあかるさを羨みもし、妬みもしたが、瀬里はその感情を維持できるほど諦めの悪い性格ではなかった。しかたがない。ひとはそれぞれ、生まれも育ちも違うのだ……。

 けっして、純粋な優しさや生来のあかるさから、笑っていられたわけではない。自分があかるい顔をしていなければ、母が苛立つ。妹が泣く。そうなれば、ただでさえ愉快でないのに、いっそう気が滅入る。だから、笑うのが癖になった。家の外でまでトラブルを抱えこまないように、ひたすら他人に嫌われないように神経をつかって笑い、ほどほどに冗談を言って調子をあわせ、親切にふるまいながら巧妙に他人とのあいだに一線をひいてきた。ひとびとは、瀬里のその笑顔を、わりあい簡単に信用した。笑っておくだけで、すこしでも災難から遠ざかっていられるなら安いものだと、瀬里は年端のいかないころから悟っていたのだ。

 信じられない、という表情を隠そうともしなかった楠木の、善良そうな眸が脳裡によみがえる。あのとき、楠木と瀬里は、無意識のうちにたがいを憐れみあっていたと思う。男に飼われるなんて幸せなわけがない、なぜもっと強く抗わないのだ、という楠木の声なき声を、瀬里はもっともだと思った。それがあたりまえの反応だし、他人のことなら瀬里もまた、おなじように思ったろう。だが、「望んで海棠に飼われているのだ」といった言葉は、瀬里の偽らざる本音だった。首輪まがいのチョーカーを嵌められ、ほとんど海棠のマンションに監禁されるようにして暮らすことが、自分でも不思議なほど楽なのだった――「俺のものになると約束するなら、おまえの悩みをすべて取り除いてやろう」、あの取引で瀬里は救われた。ありようがどうであれ、瀬里もまた海棠を心から必要としていたし、海棠に逆らうつもりは、取引に応じたそのときからまったくなかった。スポイルされるようにして、あの高貴な獣の腕のなかで生きる。それが幸福なのだと思う気持ちは、楠木には生涯わかるまい。あの健全で、あかるく素直な男にはわかるまい。それでいいのだ。ひとには、それぞれ違うかたちの幸福があるのだと、我々は知るべきだ。

 瀬里は、ゆっくりと寝返りをうった。隣で煙草をくわえながら、海棠がベッドサイドの灯かりだけで新聞を読んでいる。身じろいだ気配を感じたのか、彼はちらりと瀬里のほうに視線を落として訊ねてきた。

「眩しいか?」

 首を横にふって、端整な海棠の顔だちを、瀬里はじっと見つめた。およそ優しさとはかけはなれた双眸は、冷ややかなぶんだけ凄まじい力を持っている。

「なんだ」

 と、海棠は唇の端でにやりと笑った。サイドテーブルに新聞を置いた男が、ゆったりと体を傾け、瀬里の顎をとらえる。海棠と出会うまえのことを、瀬里はもう思いだせない。楠木くん、と瀬里はゆるやかな官能の海に沈みながら呼びかけた。

(心配することないよ)

 幸せだもの。


   *


 はじめて海棠と出会ったのは五年前、瀬里が二十四歳の春のことだった。


 ――『ラスヴィエート』。


 


 D.C.


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