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恥ノート

作者: gaer

初めての作品です。本当にごめんなさい。

これから始まる物語は、「大人になれば良い思い出」と言われるような、思春期における悩みとそれに伴うトラブルとを必死に乗り越えようとする、ある少年の物語である……


五月十四日木曜日、午後九時五十五分。

 

大変なものを見つけてしまった。いや、見つけてしまったこと自体は大変どころか快挙と言える――学習机横においてあるダンボール箱の中には、小学生の頃から毎日欠かさず一ページずつ日記をつけていた五ミリ罫線ノートの山。その中で一際異彩を放つ、黄金の表紙のノートを開き、今年度高校受験を控えた十四歳の少年、田中は気を失ってしまいそうだった。

 

痛々しい。その内容は、少々根暗かつ自分をなにか選ばれた存在かのように感じていたころの彼が、表紙の荘厳なゴールドの輝きに魅せられつつ書き連ねた、見るにも耐えぬ痛々しい妄想の数々。

 

それはとても人に見せられる代物ではなかった。田中は焦った。

 

なぜ焦ったのか?彼がその黄金の日記の発見に至るまでの経緯について話そう。


明日五月十五日は、中学校の教師が生徒の自宅を訪れる家庭訪問の日。田中は教師の話をあまりよく聞いている方ではなかったが、配布された保護者用のプリントを通してそのことを知っていた。だが、リサーチがぬるかった。

 

夕食時、母親との会話の一部。


「一郎、あなた自分の部屋の片付けは済んだの?」


NHKの二十代の若者の引きこもりの深刻化に関する特集番組を観ていた母が、思いついたようにたずねた。

「片付け?なんで?」


「なんでってあなた、明日、学校の家庭訪問でしょ?先生があなたの部屋に来るじゃない!」


「えっ、そうだったの?」


その後は大体予想できる通りだ。田中は部屋の片付けなどまったくしていない、また夜は十一時までには寝るようにしているから今から始めてももう遅いということを母に告げ、優しい母は田中が午前中学校で授業を受けている間に部屋の掃除をしておこうと申し出た。しかし田中は優しさを持った男だった。いざ部屋に戻ってみると、やはりこの状態の部屋を母一人に片付けさせるのはあまりに忍びないと彼は思い直し、十一時の就寝時刻までにせめて学習机の周りだけでもきれいにしておこうと掃除をはじめ、そこでこのノートを見つけたのである。


このままでは人に読まれてしまう!


まず、落ち着くんだ。田中は自分にそう言い聞かせた。そうだ、押入れの中に隠しておけば……いや、ダメだ。母が変に気を利かせて部屋の隅々まできれいにしようとでも思い立ったが最後、こんな珍しい色のノートが見つかれば、まず一〇〇パーセント読まずにはいられない。そして次に田中が母に会うとき、母の自分に対する態度は確実に変わっているであろう。悪い方へ。たとえ親だろうとこんな頭のおかしい文章を読まれるわけにはいかないのだ。部屋に隠しておくという選択肢は消えた。


となると、このノートを登校時外に持ち出す他に選択肢はない。明日は早めに家を出て、ノートを町外れの古紙回収センターに持っていこう。どんな文章が刻み込まれていようとも、ノートはノート、そして古紙である。彼らはその他の紙類と等しく、必要とされなくなった時には、燃やされるのではなく、リサイクルされるべきだ。自分のエゴから無駄なCO2が排出されることは許されない。田中は厳格なところのある男だった。


ふと時計を見ると、もう午後十時五十五分だった。いけないいけない。田中は時計のアラームを余裕を

持って5時半にセットし、眠りについた。片思いの女の子の夢を見た。


翌日、午前六時三十分。


心地よい朝の空気の中、上下黄色のジャージを着た黄色教(この町にある小さな宗教団体。黄色という色を極端に敬い、崇めている)の信者の男性が、ジョギングに励んでいる。黄色会館へ向かう途中の彼は、老婆と、老婆に道を案内しているらしい制服を着た中学生ぐらいの少年とすれ違い、ほほえましい光景を見れた、と幸せな気持ちになる。


「悪いねえ兄ちゃん、あんな朝早くに外に出てるなんて、用事があったんじゃないのかい?」


老婆はあの高齢者特有の、本心がいまいちつかみづらい口調で田中に言った。


「いえいえ、あるにはあるんですが、おばあさんを助けることに比べればはるかにどうでもいいことですよ…えっと、たしかここの角は右です」


田中が六時前にゴールドの日記とその他諸々の古紙の入った緑色の手提げ袋を持って家を出て、古紙回収センターへの道を歩いていると、大通りの交差点に立ってスローなモーションで辺りをきょろきょろと見回す、明らかに道に迷っている様子の老婆がいたのだ。


「ここをまっすぐ行けば、右手に赤い屋根が見えてきます。そこが佐藤歯科です」


「ありがとねえ」


老婆はそのときまだ田中の存在には気付いていないようだったので、そのまま無視をして古紙回収センターへと向かうこともできた。が、そんなことは許せない。田中は人情に厚い男だった。


しわくちゃな顔に笑顔を浮かべた老婆が手を振る様を見送りながら、田中は時計に目をやった。


七時五分。


町外れにある古紙回収センターで用事を済ませ、学校に八時までに登校するのに十分な時間はない。


まあいい。もうノートは家にないのだから、古紙回収センターには放課後にでもゆっくり行けばいい。

田中はこの状況を迷い老婆のせいにするような狭い心の持ち主ではなかった。


田中は学校に着いた。正門で片思いの佐々木さんとすれ違った。


「田中君、おはよ」


「あ、おはようございます」


丁寧語になっていたのがおかしかったのだろうか、彼女はクスッと笑い、緑色の手提げ袋を揺らしながら前を歩く友達のもとへ駆けて行くのだった。彼女の姿はまさに天使そのものだ。これは老婆のおかげだと思った。


午後十二時十五分、大代中学校。


田中はごみ置き場から教室へと向かう廊下を走っていた。大事なことを思い出したのだ。


放課後にでもゆっくり行けばいい、だって?僕は何のためにノートを始末しようとしている?家庭訪問があるからではないか!


家庭訪問では、担任教師と生徒とその保護者が話し合うのだ。田中の自宅を教師が訪れるのは午後一時三十分。今から七十五分以内に、彼は家に着いていなければならないのである。急がなければ間に合わないだろう。


それなのに運悪く今日彼は日直に当たっていた。さらにパートナーがあの佐々木さんであるのに、ごみ捨ての仕事を押し付けて下校することなどどうしてできようか!田中はできる限りさわやかな表情で、「あとは俺が全部やるから」と言って彼女を習いごとのピアノ教室へと向かわせてしまった。「全部」と言ってもごみ捨て以外に仕事はないのだが。


過ぎたことはしょうがない。間に合わないというほどでもないのだから、これから古紙回収センターへ急げばいい。田中は教室へと駆け込み、リュックサックを背負い、なぜか遠くの机に置かれていた緑色の手提げ袋を持って、校舎を後にしたのだった。



手提げ袋が、彼が朝持ってきたものとは別物だと言うことに彼が気付いたのは、そのおよそ三十分後、もうかなり歩いたころのことだった。


体育の授業の前に腕時計をはずして手提げ袋に入れたのを思い出し、その腕時計のありかを手でまさぐってみるが、なかなか見つからない。彼が痺れを切らして手提げ袋の口を大きく開いて中を見ると、なんと!


『エリーゼのために』


中に入っているのは黄金のノートの悪魔などではなく、モーツァルトだかベートーベンだかの曲のピアノ用の楽譜の数々ではないか!


それに…田中は愕然とした。


手提げ袋を取り違えて、ノートを今日中に古紙回収センターで処理することができなくなってしまった、それはまだいい。


まずいのは、その手提げ袋に佐々木さんの名前が書いてあることだ!


大変だ!きっと彼が彼女に帰るよう促した時、彼女は外見も重さも大体同じの田中の手提げ袋を持って行ってしまったのだろう。もうピアノのレッスンが始まってしまっているかはわからないが、このままでは佐々木さんは楽譜を持ってくるのを忘れ、代わりに中身も外見もいかがわしいノートをレッスン中に取り出し…呆然とし…その様を意地の悪いやつに見られ…どんな噂が立つかもわからない。それに、田中は手提げ袋には自分の名前を書いていないが、あの黄金ノートの最後のページには、彼の名前が書いてある。そのことに佐々木さんが気がつくようなことは絶対にあってはならない!


田中は佐々木さんの通っているピアノ教室に向かうことにした。幸い手提げ袋に入っていたピアノ教室のパンフレットには教室周辺の略地図も入っていて、田中にはその場所がすぐにわかった。黄色教会館のすぐ隣らしい。田中は踵を返し、佐々木さんのいるであろうピアノ教室へと走り出した。とにかく絶対にあのノートの中身を見られてはならない。学校の場所と現在地とピアノ教室の位置関係を見るに、かなり急げば佐々木さんとほぼ同着でピアノ教室に着くことが可能そうだ。いや、同着ではいけない。彼女をピアノ教室前で迎えるぐらいの気持ちで行くのだ。そして手提げ袋を彼女に手渡し、金色のノートを回収する!



午後一時前。


彼は赤信号以外で立ち止まることなく走り続けた。田中は急いでいても交通ルールは守る男だった。


どれだけ走っただろうか。徐々に道の人通りは少なくなっていき、黄色のジャージを着て田中と同じ方向へと歩いている人々が増え始めたころ、黄色教会館とその手前の鈴木ピアノ教室が見えてきた。そして田中の約四十メートルほど前方に立ち尽くし、ちょうどさっき田中がやっていたのと同じような格好で手提げ袋の中身を呆然と見つめている、大代中の制服を着た少女――佐々木さんだ!同着でもなかったが、どうやら間に合ったようだ。田中はホッと胸をなで下ろした。だが走る速度は緩めない。少しの油断が命取りになるかもしれないからだ。何より佐々木さんが金色のノートの中身を見てしまっては一巻の終わりである。


田中と佐々木さんの距離が二十メートルほどになったところで、佐々木さんは古紙の束の中で異様な雰囲気を放つ黄金のノートに気がついてしまったらしく、袋からノートを取り出してその奇妙な外観をしげしげと眺め始めた。これはまずい。だが、間に合った!


「さ…佐々木さーん!」


「はい?」


なぜか佐々木さんは田中が声をかけてきたのと全く正反対の方向に返事をした。なぜ?


彼女の視線の先には、全身黄色の衣類に身を包み、五十代ぐらいと思われる顔つきをした黄色教徒の男性が立っていた。なぜかハーハーと息を切らしている。


男は輝かしい目つきで佐々木さんの手にした金色のノートを見つめている。


遠いのでよく見えないが、男は佐々木さんに何か説明をしているらしい。手振り身振りを交えているところを見ると興奮しているようだ。佐々木さんは少しおどおどしていた。よくわからないが、田中は時間稼ぎになってよかったと感じた。


――と、田中の十メートル目の前で、信じられないことが起こった。


「えっ」


なんと黄色教徒の男は佐々木さんから、遠くからでもかなり目につく田中の金色のノートを物々しい様子で受け取り、黄色教会館の方を振り返ると、派手な金色のノートを大事そうに抱きかかえそのまま走り出しだしたのである!


一体なぜ?佐々木さんのおどおどした様子を眺めて幸せを感じていた田中の頭は一瞬にして冷え、意味はわからないがとりあえずノートを持ち去った男に追いつこうと全速力で走り出した。


「待って下さーい!」


「あ、田中君?」必死に走り抜ける田中に気がつき佐々木さんが声をかけたが、田中は立ち止まりもしなければ、返事さえしなかった。


歩道を歩く他の黄色教徒に何度もぶつかりそうになりながら、田中はノートを持った男を追いかけた。しかし相手は大人、案の定足は速い。


それにしても、なぜ男は彼のノートを持っていくのか?まさかその中身を知っていて、コピーをとって町中にばら撒くつもりでいるのか?いや、全く面識もない人だ、そんなことをする意味はない。では、一体どうして?


男は黄色教会館の黄色の門をくぐり、黄色い建物の黄色い扉を開け、かなり興奮した様子で中に駆け込んでいった。状況を全く理解できていなかったが、扉が閉じる前に田中も会館の中へ。


中も思った通りの黄色尽くしだった。問題の黄色男は、入り口から黄色のカーペットでまっすぐつながった、司祭が立つような少し高くなった所で、肩で息をしながら、やはりこちらも黄色い、司祭らしき人物と話をしている。司祭の手に金色のノートが手渡された。

 完全アウェーであったが、田中は遠慮しているわけにはいかないと思い、カーペットの上を走り出そうとした、その時だった。司祭が、天井に吊るされたシャンデリアの光を受けより一層その輝きを増した田中のノートを両手で持ち、館内の全員に見えるように高く掲げ、よく通る声で叫ぶ。


「我らが神、タナカ様からのお告げだー!」


何がなんだか分からない!この人は一体何を言っているんだ!彼は立ち止まった。すると、


「タナカさまぁー!」


他の教徒たちが一斉に地にひざをつき、ひれ伏して復唱した。


田中は唖然とした。



後で分かった事なのだが、この黄色教という宗教団体は、「タナカ」という名の唯一神を崇めているらしい。さらに彼らの伝説の中では、五十年に一度、タナカ神が金色の紙切れを教徒らに授け、これを新たな教典にさせるのだと言う。そしてその教典は、司祭以外に誰も触れられない神物として、会館の奥深くに大切に保管され、五十年後に新しいお告げが来れば古い教典は燃やされるのだと言う。その話を聞いた田中は、何も言わずにあのノートをこの会館に譲ることにした。なぜなら田中の目的はあの恥ずかしい金色のノートを誰にも読まれないようにすることであり、誰にも見られないところに保管されるというのならば、必要とされていようでもあるし、ノートをこの団体に譲るというのは、適当な選択となるのである。


彼はざわつく館内を後にし、満足して外へ出た。


門の前には、佐々木さんが立っていた。


「田中君って…黄色教徒だったの?」


「ううん そんなわけないよ」今の彼には余裕があった。


「そっか…あっ!私のかばん!」


彼女はハッとしてそう言った。そういえば、彼はずっと佐々木さんの手提げ袋を持ったままだった。


手提げ袋を手渡すと、彼女はお礼を言った。


「ごめんね。よく似てたから間違えちゃって。って、田中君もしかして、私にそれを渡すためにここまで走って来てくれたの?」


そういわれればそうである。かっこいいことをしたものだと、彼は少々得意になった。


調子に乗って、そのまま二十分ほど立ち話を続けた。彼が家庭訪問の時間に間に合わず、母親に叱られたのは言うまでもない。



週は明け、三日後、五月十八日。


家庭訪問週間は終わり、下校時刻は四時台になった。


金曜日、佐々木さんと話せたことで週末中浮かれていた田中は、その日最後の授業が終わると、偶然近くにいた佐々木さんに話しかけた。


「一週間ぶりの六時間授業は疲れるね」


「あ、…うん…」


微妙な反応。さらに佐々木さんは、まるで田中を避けるかのように、教室を出て洗面所へと向かってしまった。


一体どうしたと言うのだろう?もしや、金曜日のあの時に話し過ぎて、レッスンの時刻に遅刻してしまったとか?十分にありえる。だとしたら自分は、彼女に謝らなければならない。彼は放課後、自宅にかばんを置いて、佐々木さんに謝るまたは事情を聞くつもりで鈴木ピアノ教室へと向かった。


彼が着いたころには、レッスンはすでに始まっているようだった。彼は建物の窓から中をのぞき、佐々木さんの存在を確認すると、レッスンが終わるまで待っていようと、おそらく小さい子供の保護者用におかれているのであろう小さなベンチに腰掛けた。


ふと、ノートのことを思い出したそのとき、隣の黄色教会館から信じられない言葉が聞こえた。


「そして僕の心は今、世界の温かみと冷酷さの狭間で揺れ始める」

 ――あれ。


それは、田中の金色の日記の、後半部分の一節だった。


「どうにかこの中から出ようともがくが、流れは強く、物につかまることさえできない。ああ、神よ。これがおまえの意思だというのか…」


なんとこの教徒たち、元田中の日記の中の一文一文を、建物の外にいても聞こえるほどの大声で、斉唱しているのである!


「僕は孤独な狼だ」


やめてくれ!人通りこそ少なかれど、少なくともピアノ教室の中の佐々木さんには確実に聞こえている。この節は確か日記の三分の二ぐらいのところであることから想定するに、連中は連日パートごとに分けてこの恥ずかしいポエムを大公開していることになる。彼は恥ずかしさでこの場から消えてしまいたい願望に呑まれそうになった…が、あることに気がつき、落ち着きを取り戻した。


これは黄色教の教典であり、自分には全く関係ないではないか。


そう、これを聞く誰も、この文章を書いたのが自分だとは知らない。聞こえているのはただの恥ずかしいポエムであり、今ベンチに座ってこれを聞いている少年がこのポエムの作者であるなどということがどうしてわかるだろう。


まさか最後の一文で止めを刺されることになろうとは、微塵も思わなかった。


「煩わしい浮世から遠く離れた安らぎの地を求め、僕は旅に出よう――孤独の観測者・田中 一郎」


唯一神の下の名前が一郎であることなど教徒たちは今まで知らなかったのではないだろうか――

読んでてイライラさせてしまったらごめんなさい。死にます。

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