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一除霊師の理不尽なる闘争

作者: 白龍閣下

 ――厨二病ちゅうにびょうって、何?






 ――……さあな、きっとセカンドインパクトの事だろ。






「時代はやっぱ、厨二展開だよな!」

 私こと秋津晴希あきつはるきがいつものように文芸部室に来て、嘉光よしあきを抹消したり朱鷺羽ときわをいなしたりしていると、大曽根おおぞねさんが突如意味不明の事をのたまった。いきなり何を言いんだすんだろうこの人は。馬鹿なのだろうか。

「んで厨二っつったらバトル! これだよな!」

 やけに楽しそうだな、大曽根さん。やっぱり馬鹿なのは否めない。

「どっかにすげー力持った奴がいて、ある日そいつが暇潰しに人かき集めて戦わせるんだよ。言うなりゃ神々の遊戯だ」

 そいつはすごい厨二っぷりだ。「ゲームをしよう」ってか。

「んで第四の壁だの何だの越えて、色んな所に手紙が届くの。すげえだろ」

 はいはいすごいすごい。第四の壁って何だよ。んな厨二話くだん神城羅央かみしろらおうにでもしてほしい。生憎今はいないけど。使えない後輩ばっかりだ。

「ところで大曽根さん、文芸部宛に手紙が来ていますが」

 私がそんな感じに毒づいていると、横から声がかかってきた。当然ながら神城ではない。

 ……何だよそのタイミング。菅原すがわら、お前絶対今のタイミング測っただろ。

「ああ、きっとお前へのラブレターだろ」

 そして見事なスルーだな大曽根さんも。

「でしょうね」

 そしてそして納得すんなよ菅原。あれか? 何かのコントなのか? 突っ込み待ちなのか?

 まあでも、元からどうかしてる人だから今更いいか。大曽根さんも、いつの間にかいなくなった菅原も。

「……って大曽根さん、菅原は何処いずこに?」

「何言ってんだ。さっきまでいただろ」

「つい数行前までね! あいつは忍びか何かですか!?」

 どっかの似非無口キャラじゃあるまいし。

「じゃあきっと異世界に飛ばされたんだろ」

「異世界って……」

 それもどっかの脳内年中春色野郎じゃあるまいし。そんな所でついさっきの伏線消化するなっての。

 つか設定的にどうなんだそれは。あくまでこれ一般的世界観だったと思うんだが……いや、そうか。そういう事か。

「夢オチ決定……と」




「なるほど、つまり僕が生贄になったわけですね」


 光のトンネルを抜けると、そこは異世界だった。

 なぜここが別の世界であると思ったのか。簡単だ。厚い雲の層、その隙間から見えた太陽が黒い。比喩や冗談ではなく、真っ黒なのだ。確かアメリカでは太陽が黄、月が白と言われていたが、黒の太陽などどこで聞いたためしもない。

 眼前には学校の校舎。しかしさっきまでいた董城とうじょう高校のものよりは一回り小さいようだ。

「雨が降っていますね」

 少年は微笑をたたえながら空を見上げた。

 こんな黒い太陽に守られているような世界だ。得体の知れない雨を浴びているというのもあまりいい気はしない。

 菅原卜全ぼくぜんは、ひとまず校舎に入る事にした。


 校舎に入り、服がそれほど濡れていない事を確認した。

 体に別状はない。それはそうだ。スタート地点が毒の沼などあってたまるものか。

 靴は誰もいないのを確認して、悩んだ末に脱がずに上がった。礼儀よりは、どこからでも出られるという利点の方が重要だ。足を滑らせないよう靴の裏は叩いて水を切っておく。考えてみればついさっきまで文芸部室にいたわけで、靴などなかったのだが、そこはスルーした。ファンタジーにご都合主義は付き物だ。

 しかし何のためにこんな所に飛ばされたのか。理由は大体予想がついているのだが。

「色々調べてみましょうかね──調べてみる、というのもちょっと違いますが」

 好き勝手に動いていれば、事件の種は向こうからやってくるだろう。菅原は入り口前の階段を登った。

 一度切ったとはいえ、まだまだ雨水は残っていた。一歩進む度に靴の裏と床がこすれ不快な音がする。

 動きこそ慎重だが、菅原はこの事態をそれほど苦難だとは思っていなかった。

いて言えば、まだ誰もいなくてつまらないくらいでしょうかね」

 葛原水月くずはらみずきや朱鷺羽みのりのようないじれる存在が。あくまで「まだ」だが。

 そんな考えを抱きながら行き着いたのは、文芸部室。もし文芸部員の自分を恣意的しいてきに呼んだのなら、ここに何らかの鍵があるというのも道理だろう。

 扉に近づくやいなや、鍵の開く音がした。当たりだ。これはこの菅原卜全を招待していると見て間違いはない。

 一旦入って見回してみるとなんの事はない、ごく普通の文化部の部室だ。壁沿いに机が並べられ、プリンターと繋がったパソコンが一台ある。壁には小説を書く際のルールなどが書かれた紙が貼られている。

「しかし狭いですね。ガスコンロすらない」

 勿論普通の文芸部室程度の広さなのだし、ガスコンロなど無くて当然なのだが。

「本当に何もないだろ?」

 そんな声がどこからか聞こえてきたが、辺りを眺めてみても誰もいない。それでも気にせず菅原は話を進める。ファンタジーに不可解な展開は付き物だ。

「そうですね、今さっきまでいた文芸部室がもう恋しくなっちゃいましたよ」

「そうか。けど満更でもなさそうだが?」

勿論もちろん、こちらとしても光栄ですよ。ところで」

 菅原はそこで適当な椅子いすを見つけて、座る事にした。

「そろそろ姿を見せてくれませんか? どこに話しかけたらいいのかいまいち分からないもので」

 これを見ている人がどう思うかというのもありますし、とも付け足した。相手がその最後の言葉に微妙に反応したように思えたが、いかんせん声だけだとわからない。そして数秒後、

「その必要はない」

 という答えが返ってきた。

「もういいだろ。ただでさえ勘づいているというのに、君にはちょっと情報を与えすぎた」

「生憎、優秀な先輩方がいるもので」

「だな。大曽根誠文まさふみは解った上でお前に押し付け、更には武器まで寄越した」

「全くです」

 そう言って菅原はポケットの中から黒く光を放つ自動式拳銃を取り出した。これは元々は菅原の物ではなく、いつの間にか大曽根に持たされていた物だった。弾倉を調べてみると、鉛玉はきちんと全部埋まっていた。

「そんなわけで、健闘を祈るぜ。そろそろ来るみたいだから準備しとけよ」

 そこで、声は途切れた。

「さてと、準備を整えますか」

 来るというのは敵の事だろう。「もうすぐ来るらしい」とは言われたが、もっともそれも先程の声の主の思い通りなのだろう。そんな事を考えつつ、菅原は己の武器を机の上に広げた。


 扉を開けると、そこには少年が立っていた。そこそこ肉のついた体つきにTシャツにジーパンという服装だ。

 無骨な鉄パイプ――いや、その長さと太さは金棒と言った方が適当だろうか、やたらと目につく。見たところ少年の身長よりも長く、そして太い。それを両手に一本ずつ持っていた。

 更には、重量なタンクが三つ背負われている。こちらも二本の金棒と相まって、少年が尋常でない力の持ち主である事を匂わせた。一撃一撃満遍まんべんなく気を配らなければ軽く餌食になりそうだ。

 屋内だが靴は菅原と同じように、きちんと履いてきている。しかも安全靴と来た。

「どうもこんにちは。待ってましたよ」

 とにかくこのまま睨み合っていてもどうにもならないと考え、菅原は軽く会釈した。しかし目の前の少年は警戒している。当然か。この状況でこのように平然とされていてはたまったものではない。だがそれがどうした。

「僕は菅原卜全。どうもあなたと戦わなければならないようです。あなたは?」

「……鬼崎和成きざきかずなりだ」

 少年は二、三秒ほど戸惑った後やはり警戒しながらも名乗った。

「なるほど」鬼崎和成というのがこの少年の名前らしい。

「お前は何者なんだ? 見たところ、この世界の事を知っているみたいだが」

「予測はついてますからね。文芸部には読解力も必要ですから」

「言っている意味が分からないが……とにかく、戦えばいいんだな?」

「ええまあ。ただここは多少狭いですからね。場所を変えましょうか」


 長い廊下を隔て、二人の少年が向かい合っている。一人は鋼鉄の重装備、もう一人は学ラン姿の軽装備であり、一見それは勝負にもならないように思える。

 和成自身、そう思わずにはいられなかった。彼は日鬼村ひきむらの『鬼』の血を引いていて、その体躯たいくに合わない重装備もその力あってのものだ。

 だから学ランで最低限戦うためには間違いなく『鬼』の力、あるいはそれに近い力が必要となるだろう。人外レベルの達人なら話は別かもしれないが、生憎ただの学生にしか見えなかった。

「なあ、本気で行っていいのか?」

「ええ、当然」

 やけにあっさりと、断言されてしまった。

 いいとは言われても、やはり悩む。本当にこの菅原という男が強いかもしれないし、大したことがない一般人かもわからない。前者なら全力を出す必要があるし、後者ならある程度の加減を加える必要があるだろう。

 まあいい。ならばまずは――

「様子見だ!」

 和成は走り出した。一気に加速し、驚異の脚力をもって長い廊下から数秒で距離を詰める。そのまま右手に持った金棒──正式には金砕棒である──を横薙ぎに叩きつけようとする。

 だが菅原は紙一重で身を反らし、和成の鼻先に何処からか取り出した得物を突きつけた。

 それに気付いた和成は後方にステップして下がりながら左の金砕棒を叩きつけたが、それも後ろに下がる事で避けられた。

「意外とやるな」

「一撃目は予想通りでしたから。意外と速かったですけどね」

 再び距離を取り、向かい合う。

「それで、何なんだその武器?」

 菅原の右手に握られた武器を見て、和成はとりあえず聞いてみた。刀剣のような形状だが、その刀身はノコギリのようになっている。かといって単なるノコギリ刀というわけでもない。

 和成はこれに似たものを知っている。彼の記憶が正しければ、確かそれは何かの動物の……

「カジキマグロの角ですよ。あなたも知っているでしょう?」

「……そんな装備で大丈夫か」

「大丈夫ですよ。僕はこれが一番いいので」

 普通でない事をしれっと言う菅原に、和成は流石に呆れざるを得なかった。『鬼』の力を持つ彼だが、このように異能力とも呼べない宴会芸のような類のものは専門外だ。

「さて、次は僕から行くべきですかね」

 今度は菅原がそう言い、ポケットから大曽根に渡された拳銃を取り出した。右手で横に持ち、左膝と心臓に二発撃つ。彼はヘッドショットなど狙わないたちだが、それはそれで容赦の無さが垣間見える。

「甘いな」

 だが和成はそれを避けるまでもなく金砕棒を回転させて弾いた。だが油断はできない。先ほどの攻撃を見ていれば、普通遠方から考えなしに銃撃しようとは思わない。だからこれは十中八九ただのおとりだ。さぁ、そこからどう来る……?

「……って逃げたのかよ!?」

 そこにもう菅原はいなかった。当然後ろにも、上にもいない。並の動きでは『鬼』の意表などつけないはずだが、今のは別のベクトルで裏をかかれた。微妙に悔しいのはなぜだろうか。

「とはいえ、放っとくわけにもいかなさそうなんだよな」

 菅原の消えた廊下を見つめ、和成は呟いた。

「……捜すか」

 彼もまた別の世界から飛ばされてきた存在であり、このままあの妙な少年を放っておいても元の世界に戻れるわけではない。手加減しようが全力を出そうが、勝とうが負けようが、とにかく戦う以外の選択肢せんたくしなど存在しないのだ。

 そして階段の所に来た時、突然上から何か入った風呂敷が降ってきた。

 これまたシュールな攻撃だ。うんざりしつつ彼は拳銃を取り出し、それ目掛け撃った。黒い綿のような何かが飛び散る。殺傷力の欠片もなさそうだ。爆発物を警戒してあえて金砕棒での対処をしなかったのだが、杞憂きゆうだったらしい。

 拳銃をしまい終わった所で、階段の踊り場から声が聞こえてきた。

「これはこれは。偶然ですね」

「馬鹿言え」

 どうやらこの少年は自分とひどく相性が悪いらしい。声のした方へ一気に跳ぶ。踊り場までなら彼の所までは二、三歩圏内だ。

 飛び掛かり、今度は左上段から叩きつけるが、まともに受け止められた。まるで魚の角の強度とは思えない。

 真正面のベクトルから受け止められたのは予想外だったが、こちらには武器が二つある。左で得物を押さえつつ、右で一気に決める!

 だがそれも弾かれた。今度は魚の角などではない。菅原が大曽根から貸し付けられた、もう一つの武器だ。

「日本刀か!」

「しかも逆刃刀ですよ。さっき持ってたのに気付いたんです」

 その逆刃でうまくいなし、踏み込んできた。

 その大きさで気付かないのかとか、どこから出したんだとかはもうどうでもいい事だった。らしくないなとは思いつつも、和成は足を使う事にした。右足で大きく蹴り上げる。場所が屋内だけに金砕棒は若干使いづらい。今の二連撃が決まらなかったのはそういう理由もあった。

 不意に、顔面目掛け日本刀が飛んできた。首を横に曲げて避ける。風を切る音が鋭い。

「僕もあなたと戦いたくはないんですよ」

「嘘つけ!」

 とても嫌々戦っているようには見えない菅原にそう叫びながら、使いやすいよう短く持った右の金砕棒を降り下ろした――が、それを流れるようにすり抜けられた。菅原の抜けたその先は、和成の登ってきた階段だ。

「……さて、覚悟してくださいね」

 階段を飛び降り際に菅原は言った。

 ところで、あの階段の下にあった物の事を和成は忘れてはいない。あの黒い綿のような何かだ。あれは一体何だったのだろうか。

「ちなみにこれ、蝉の羽なんですよね」

 ……どうでもよかった。

「そしてこれが、僕の得意とする技です」

 下まで降りた菅原は白ける和成に構わずそう言いながら、地面に片手をついた。すると菅原の周囲に風が巻き起こり、蝉の羽を巻き込んでいく。

「どういう技だよそれ!」

「理論なんてどうでもいいんですよ。あなたと同じです」

 困惑する和成に、菅原はそんな事を言った。

 黒い竜巻は回転力を増すと、そのまま勢い強くドリルのように和成の方に飛んでいった。

 和成は戸惑いを残しながらも、金砕棒を片方地面に捨ててもう片方を両手で持ち目の前で回転させる。すると、羽はことごとく打ち落とされ、威力を失っていった。

 それでも気は抜けない。落としても落としても次が来る。しかも時々打ち落とせなかった羽が肌を裂くような痛みを残したりする。何かと思えば案外容赦はなかった。

 だがもう和成は、心の中で別の事を考えていた。

 これなら、普通にいける、と。

 菅原という男は確かに厄介だ。こちらの動きを読み、意表をつき、こんな技まで隠し持っていたとは正直言って驚いた。

 だが所詮しょせん和成は『鬼』であり、それに比べれば菅原は生身の人間なのだ。まともにやり合えばいつかは必ず体力差が浮き彫りになる。またそれを分かっていたからこそあんなトリッキーな戦術を取ったのだろう。

 要するに、あくまでいつも通りにやれば、決して負ける事はないという事だ。

 そうと決まればやる事は決まっている。和成は羽の応酬と向かい合った。


 黒い竜巻が、突如とつじょ真っ赤に燃えた。炎の先からは無事に和成が出てくる。

「金棒だけじゃありませんでしたか」

「鬼火だ。ま、こんな分かりやすい能力の鬼も珍しいけどな」

 と和成は自嘲しているが、能力が分かりやすかろうが何だろうが単純に相手にしづらいのに変わりはなかった。地力からして格が違い、それは戦略だけで埋められたものではない。ついさっき金砕棒を真正面から受け止めたが、あれも実はかなり効いた。今もまだ腕のしびれが残っている。

 それに、今の和成は調子を取り戻している。わずかな可能性に賭けた奇襲は失敗してしまったわけで、要するにこちらの負けは確定してしまったというわけだ。 自分をここにやった主は、これで満足するだろうか。

「負け強制バトルはごめんこうむりたいんですがね」

「今まで勝てると思ってたのかよ」

「それを言われると返す言葉がありませんね」

 と、菅原は笑った。こうやって笑いながら負けるのも自分らしいんじゃないかとも思う。「僕の負けですね」とでも言えばいいか。

 が。

「僕は負けませんよ」

 強気にもそう言ったのは紛れもなく菅原自身だ。自分の立場もわきまえない、思ってもいない言葉が口から出た。おかしいな、疲れてるのは体だけだったはずだが。

 まあ、言ってしまったものは仕方ない。せいぜいそれに従うか。

「戦いますよ」

 たとえ相手が万全の状態でも、全力で受け、全力で考え、全力で隙を狙ってやる。

「分かった」

 そう言った和成の頭には、いつの間にかガスマスクが付けられていた。

「何のギャグですか」

 そうは言いながらも、菅原はしっかりと危険を感じ取っていた。むしろここからが本気だ、と。

「これが、俺の戦いだ」

 何かの液体か気体かが撒かれ、そこに鬼火が打ち出された。周囲が途端に炎上する。具体的には分からないが、スプレー缶の中身のようなものだったのろうか。

 炎に、ガスマスク。そこから導き出される答えはただ一つ、酸欠による戦闘不能狙いだ。それまで暴力的な戦い方だと思っていたが、どうやらその考えは甘かったようだ。今の方がずっと暴力的じゃないか。

 スプリンクラーが働くかとの淡い期待も抱いたが、残念ながらそんな事はなかった。

 拳銃で撃つなどもしたが、当たり前のように弾かれた。それどころか逆に和成の持っていた拳銃で右手を撃たれた。今まで日常生活の上で感じた事のない激痛。だがここで膝を折るわけにはいかない。

 しかもそろそろ時間切れだ。あと少しここに居座っていたら酸欠でおしまいだろう。必死に右手をかばいながら、菅原は逃げの一手を選んだ。

 当然ただで逃してくれるわけもなく、しばらく経って後ろから足音が聞こえてくる。あの脚力だ。追いつくまでそれほどかからない。

 だが、走り出すまでの間にひとまずの対応策は出来た。


 さっきから何かがおかしい。

 そもそも金砕棒も拳銃も、人外を相手取るための武器だ。間違っても生身の人間に向ける物ではない。たとえ相手が使ったからといってもそれはない。金砕棒はちゃんと受け止めてくれたが、さっきの拳銃はまずい。血は出ていなかったが、確かに彼の右腕に当たったはずだ。

 挑発もされてなければ暴走したわけでもない。だというのに、どうしてこうなってしまったんだろうか。こうならないためにも、早めに決着をつけるべきだったのではなかろうか。

 とにかく、早めに逃げてくれただけでも安心だ。和成は菅原の消えた廊下を見て――

 その後を追った。当然完全武装でだ。

 この短い葛藤で、自己嫌悪に苛まれるより先に感じ取ってしまったのだ。

 この迷いが、命取りになると。

 自分が負ける要素など一分いちぶもないはずなのに、

 すぐに背中が見える。迷わず金砕棒で一気に打ち据えた。

 割れた。砕けた。崩壊した。バラバラになった。凄絶に黒い欠片をぶちまけた。

 ……黒? 欠片?

 そこにあったのは菅原卜全の残骸などではない。彼の十八番おはこだという武器、蝉の羽。もしかすると菅原の正体は蝉だったのか?

「……なんてな」

 あまり信じたくはないが、これは俗に言う変わり身の術というやつだろうか。だとしたら……いや、だとしなくとも出し抜かれた。さっきの竜巻と言い、相変わらず小手先の器用さでは自分達『鬼』に勝るとも劣らない事だ。

「なら――あぶり出すまでだ」

 鬼火を二つ従えるようにして、和成は廊下を走り始めた。


 結局たどり着いたのは元の場所、文芸部室。

 相手の動きを思い出し、再び武器を整理する。必要な武器と必要ない武器を仕分ける。

 右手は血は一滴も出ていないしそれどころか弾痕も残っていないが、それでもかろうじて動くといった程度だった。色々あるのだろうか。例えば放送コード的な問題とか。

 ……こんな疲労困憊ひろうこんぱいで冗談を言ってる場合じゃないか。とにかくそういう仕様なんだろう。

 後で拾ってきた日本刀と拳銃を眺める。心強い先輩にこんな餞別せんべつまで貰っておいて、その結果がこれだ。

 当然の事だが、勝つ必要性からしてなかった気がする。こっちは似非世界の脇役で、向こうはファンタジーの主人公だ。何をもって戦わせようとしたのか意図が不明すぎる。確かにマイナスとマイナスを掛けるとプラスになるが、マイナスとマイナスを足しても更なるマイナスにしかならないじゃないか。

 やっぱり、らしくないだろうか。ついさっきまで、あっさり負けようかなんて考えていたのに。右手の痛みで急に怖くなったのか?

「まあ、それでもいいですけどね」

 とにかくだ。

 自分は負けたくない。だが勝つ事はおろか、引き分けすら想定しえない。脇役で、後輩で、除霊師で、料理が出来て、微妙さにおいて他の追随ついずいを許さないだけの文芸部員が冗談のような強さの相手に下剋上を果たすには、たかが奇跡程度・・・・・・・では足りない。バグでも起きない限り…………

 一つあった。こんな文芸部員でも勝てる、出鱈目でたらめ極まりない方法が。だがこれは……いや、仕方ない事か。

 菅原は半ば罪悪感にも似た何かを感じつつ、つばを飲み下した。


 学校の至る所に放火魔のごとく火をかけておいて今更だが、和成には心当たりがあった。最初に菅原のいた部屋、文芸部室だ。

 あえてこのような大きな回り道をしたのは、逃げ場を無くすためだ。確かに慎重すぎるかもしれないが、菅原のトリッキーな戦術を警戒し、確実な勝ちを狙いにいった。

 目的地に到着し、文芸部室の表札を確認した所で、扉を炎上させる。普通に開けにいくとどんな罠が待ち構えているかも分からない。

 そして金砕棒で扉を破り、引き続き室内に鬼火を打ち込む。そして満足するまで打ち込んだ後、ようやく中に飛び込んだ。

 菅原の姿は見えない。さっきので燃え尽きてしまったとも思えない。それよりはもうもぬけの殻だったという可能性の方が高い。

 と、割れた窓から外に異変を見た。ただでさえ黒い太陽に照らされた世界だというのに、そこに黒い竜巻――違う、大竜巻が出ているではないか。見れば窓も割れる前まで開いていたように見える。つまり、ここから外に出たという事か。

「面白いじゃないか」

 確かに外は広い上に今は雨が降っているので鬼火は使い物にならないだろう。

 だが、同時に外は金砕棒を不自由なく振り回せる場所でもある。鬼火を消し、和成は窓から飛び出した。しばらく走ってから視界確保のためガスマスクも取る。

 校庭の中央に、菅原はいた。右手にはカジキマグロの角を、左手には逆刃刀を持ち、両腕には包帯を巻き、学ランの端は何故だかボロボロになり、短かった黒髪はもう少しで地面に届くかというくらいの銀髪になり、瞳は右が赤、左が青と別々の色に染まっていて――

「……お前誰だ?」

 思わずそう突っ込まずにはいられなかった。


 和成は呆気に取られている。それはそうだろう。

「僕は一介の文芸部員ですよ」

「嘘つくなおい!」

 菅原卜全は、文芸部員だ。

 作家というのは物語を作り出す立場である。

 文芸部員も小さな作家の端くれと言っていいわけで、菅原はその一人としてシナリオを少し弄っただけの事。マイナスとマイナスを足して生まれた大きなマイナスに、マイナスを掛けて大きなプラスを生んだだけの事だ。

 つまり、今の菅原は文字通り『ぼくのかんがえたさいきょうフォーム』である。本当は額に十字傷でも残したかったが、「傷つかない」というこの世界の黄金律は残念ながら打ち破れなかったらしい。

 とは言えこのままだと元の物語にしようのない矛盾を生む。

 だから、菅原はあえてこうする事にした。

「僕のこの能力『厨二形態セカンドインパクト』は、物語がクロスオーバーした時に限り使えるんですよ」

 という事だ。

「……何なんだその後付け設定」

「ついさっき考えましたから」

 ちなみにさっきまでの疲労もダメージも回復しましたよ、と菅原は右手を結んで開いて、動かしてみせる。

「まあ……いいか、続きやるぞ」

 文句も言わず、背負っていたガスタンクを不要と判断して投げ捨て、和成は二本の金砕棒の真ん中を手に持ち構える。そしてそれをバトンのように回転させ、菅原の方に踏み込んできた。

 それを、菅原は全て武器で受けた。二刀流対二刀流。それまでは力が段違いだったためにまともに渡り合えなかったが、今は違う。力は互角、武器も見た目こそ同じだが大幅に強化されている。

「そろそろ終わらせましょう!」

 距離を取りながら武器を収めそう叫ぶと、菅原の横に竜巻が生まれた。菅原はそこに右手を突っ込み、竜巻をまとわせていく。

 竜巻の一部は和成の方に向かった。一つ竜巻を打ち落としても別方向から二つ、三つと襲いかかる。雨で火力の落ちた鬼火で対処出来るわけもなく、たちまち和成は竜巻に襲われた。

 そして、再び両手に武器を持ち全身に竜巻を纏った菅原が、和成にも劣らない速度で突き進む。

 そのまま神速で走り抜け、すれ違いざまに二つの武器を交差させ叩きつけた。

 一瞬、炎に包まれる。

 それは和成の生み出した炎だった。背負ったタンクの中身を撒きながら放った鬼火は、雨の中とはいえ一瞬は働く。

 菅原はそれを切ったが、手応えは全くなかった。これはさっき菅原が使ったのと同じ、変わり身の術と同じものだ。

 ──面白い。

 背後から和成が突っ込んでくるのを確認し、ダッシュの勢いを上方に向けて飛び上がった。

 いきなり視界から菅原が消え戸惑っていた和成の背後に、落下の勢いも併せて嵐のような剣撃を叩き込む。そうして武器をしまい、菅原は今倒れた相手に謝辞を述べた。

「どうもありがとうございました」

 かくして除霊師の少年対鬼の少年という無茶な戦いは、管原卜全の理不尽極まりない勝利という形で終わった。


 管原は倒れた和成に近寄った。ちなみに既に菅原は元の姿に戻ってしまっている。

 なるほど、動かない。どうやら気絶してしまっているようだ。

「せっかくだから、起こしましょうか」

 と菅原は茶色い液体の入った試験管をおもむろに取り出して、それを和成の口に――

「おい」

 入れようとしたが、もう和成は目を開けてこちらを睨んできていた。

「気がついてましたか」

「ああ、動けないだけでな」

「改めて、どうもありがとうございました」

「こっちこそな。最後の方はともかく、途中までは生身で渡り合ってたんだろ?」

「あれは渡り合ってたって言いませんよ」

「十分だっての……そんなことより、なんだそれは?」

 和成は、菅原の持っていた試験管に目をやった。

「自作のファイト一発・セミドリンクです」

「ちょっ!?」

 案の定である。やはりこの少年にまともな行動は期待出来なかった。

「というわけで飲んで下さい。跳ね起きますよ」

「やめろ。跳ね起きた直後に死ぬ」

「遠慮はいいですから」

「いやいや、『押すなよ、絶対押すなよ』じゃないんだから、な!」

 おかしい事に、和成にとって今の菅原はさっきの状態よりずっと悪魔のように見えた。

 と。

「まあ、それくらいにしておいてくれよ」

 見た目管原達と同じくらいの年齢の、黒服の少年がそこにいた。さっきまで全くいなかったずなのに、彼はまるで最初からそこにいたかのように佇み、会話に割り込んできていた。登場の仕方に始まり、表情、服装など至るところから胡散臭さのようなものが滲み出ている。

「…………」

 和成は動けない状態ながら無言でその少年を睨んでいる。

「ああ、あなたは」

 対して菅原は「やっぱり来たか」というくらいの心構えだった。

「そ、俺は五十嵐天成いがらしたかなり。君達をここに読んだ張本人だ」

 和成の表情が固くなる。菅原は微笑のままだ。

「そんな怖い顔しなくてもいいよ。別に君達をどうこうするつもりはない……いや、やっぱり色々やってもらうつもりだけど」

 更に和成の表情がこわばる。菅原は相変わらず微笑のまま変わらない。

「鬼崎和成、君にはあと何戦かしてもらう。そうしたらちゃんと元の世界に返そう」

「はあ!?」

 天成の注文に和成はただ驚くしかなかった。無茶も大概にしてほしい。

「ああ、そこにいる管原卜全みたいな真似をする相手はいないから安心して。いやまあ、かえって安心できないか」

「いやそうじゃなくてだ!」立ち上がり叫ぶ。「もうこんな状態で戦えるわけ……あれ」

 和成は自分の体を改めて眺めてみて、手足も動かしてみたが、何の異常もなかった。

「ああそっちか。ここまでのダメージや疲労はちゃんと治しておいたから問題ないよ。……一応、彼には何もしてないはずだけど」

 そう言って天成は、菅原に視線を向けた。

「……あれは例外だ。なんだよ文芸部員だからって」

「そういう立場なんだよ、今回の彼は」

「分かったような分からないような……で、次はどこに行けばいいんだ? 俺からすればさっさと全部終わらせたいところだね」

「了解」

 天成が指を鳴らす。するとたちまち和成の姿が光に包まれ、やがて消えていった。

「行きましたか……ところで五十嵐さん」

「うん?」

「僕が降参しようとした時に出来なかったのはあなたの仕業ですよね? 大方そういう風に弄ったんですよね」

「大正解」パチパチ、と拍手。「やっぱり本気の戦いが見たいからさ。つい」

 天成はいつの間にかパイプを口にくわえ、だんだん砂の城のように雨の中崩壊しつつある校舎を見つめながら言った。これは、もうすぐ天成によって作られたこの世界が消えてしまうということだった。

「それで、これからどうする? 元の世界に戻るか、それとも別の戦場でも見ていくか」

「そうですね……もう少し見て回りたいと思いますよ。せっかく来たんですから」

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