魔王討伐から始まる、勇者オークション
魔王を倒した。
三年かかった。
召喚された初日に渡された剣は二度折れた。仲間とは何度も死にかけた。魔王城へ入ってからは三日まともに眠れなかった。
それでも、倒した。
だから王都へ帰還した俺は、ようやく自由になれると思っていた。
「それではこれより、勇者殿の所属先を決定する」
「……はい?」
王城の大広間。玉座には国王。その左右には王族、大貴族、大神官。そして中央には俺。
魔王討伐の祝賀会だと聞いて来たのだが、どうも様子がおかしい。
「陛下。所属先とは?」
「勇者殿が今後、どこに身を置くかという話だ」
「それ、俺が決める話ですよね?」
大広間が静まり返った。
なぜだ。俺、何かおかしなことを言ったか?
国王が咳払いした。
「勇者殿ほどの力を持つ者を、何の後ろ盾もなく放置するわけにはいかぬ」
「放置してください」
「そこで各家から条件を提示してもらい、最もふさわしい場所を――」
「放置してください」
「まずは王家からだ」
無視された。
嫌な予感がした。魔王城の最深部で、扉の向こうから魔王の魔力を感じたとき以来の嫌な予感だった。
国王が立ち上がる。
「勇者殿を王家に迎えたい。第一王女との婚姻を認めよう」
「いりません」
「加えて伯爵位と領地を与える」
「いりません」
「年金も出す」
「それはちょっと気になります」
いかん。三年間ほぼ無給だったせいで反応してしまった。
「陛下、お待ちください!」
今度は公爵が立ち上がった。
「勇者殿にはぜひ我が家へ。我が娘との婚姻に加え、侯爵位への推挙、領地二つをお約束いたします!」
「だから俺の話を――」
「我が家なら娘を二人!」
別の貴族が叫んだ。
「人数を増やすな」
「では三人!」
「そういう意味じゃない!」
おかしい。話し合いだったはずなのに、競りが始まっている。
「金貨五万枚!」
「領地三つ!」
「王都の屋敷も付けよう!」
「我が領内の温泉街を一つ!」
「温泉街!?」
思わず反応した。
「勇者殿が食いついたぞ!」
「卑怯だぞ! 温泉を持ち出すとは!」
「ならば我が家は海辺の別荘を!」
「うちは山荘だ!」
「俺を旅行に行かせろ!」
三年間ずっと野宿とダンジョンと魔王軍の砦だったんだぞ。普通に温泉くらい行きたい。
「ならば飛竜を一頭!」
「ちょっと欲しい!」
しまった。また反応した。
「飛竜だ! 飛竜が効いたぞ!」
「我が領には古竜がいる!」
「それ野生だろ!」
「捕まえれば同じです!」
「違うわ!」
大広間の熱気がどんどん上がっていく。
もはや誰も俺を見ていない。いや、見てはいる。
競売台の商品を見る目で。
「静粛に!」
大神官の声が響いた。
大広間が静まり返る。
さすが教会。この狂乱を止めてくれるらしい。
大神官はゆっくり立ち上がった。
「勇者様。我らが教会へお越しください」
お前もか。
「聖女様との婚姻をお約束いたします」
「だから結婚する気は――」
「そして週休三日」
「…………週休三日?」
俺は大神官を見た。大神官は微笑んだ。
「はい。週休三日です」
「卑怯だぞ教会!」
公爵が机を叩いた。
「待遇面を持ち出すとは!」
「我が家は週休四日!」
「有給休暇二十日!」
「専属料理人!」
「昼寝自由!」
「健康診断年二回!」
「最後のは普通にありがたいな!」
「王家は週休四日だ!」
「王様まで乗るな!」
「王宮の温泉も自由に使ってよい!」
「王宮に温泉あるの!?」
三年間、一度も教えてくれなかったぞ。
「さらに飛竜二頭!」
「増やせばいいと思うな!」
「第一王女と第二王女、どちらを選んでもよい!」
「嫁まで選択式にするな!」
「両方でもよい!」
「増やせばいいと思うなって言ってるだろ!」
俺は頭を抱えた。
何なんだ、これは。
魔王を倒したんだぞ。世界を救ったんだぞ。
なぜその翌日に、嫁と飛竜と福利厚生で取り合いされているんだ。
「どうだ、勇者よ!」
国王が勝ち誇っている。周囲の貴族たちも、まだ条件を積み上げる気満々だ。
俺は深く息を吐いた。
「……分かりました」
ぴたりと声が止まった。
「一番いい条件を出したところに決めます」
全員が身を乗り出した。
国王が拳を握る。公爵が娘の人数を数え始める。侯爵が紙に何やら書き足す。
大神官だけが余裕の笑みを浮かべていた。
「条件は一つです」
俺は言った。
「俺を放っておいてくれるところ」
静寂。
誰も手を挙げない。
「…………いないんですか?」
誰も動かない。
「週休四日は?」
「残り三日は働いてもらう」
「有給二十日は?」
「それ以外は働いてもらう」
「昼寝自由は?」
「仕事中に限る」
「仕事はあるんですね」
「当然だ」
「じゃあ俺が落札します」
「なに?」
「俺が俺を引き取ります」
国王が目を丸くした。
俺は腰の剣を外した。魔王を斬った剣だ。
それを床へ置く。
ガチャン、と音が響いた。
「落札代金は魔王一体で」
「…………」
「もう払ったでしょう?」
誰も何も言わなかった。
「俺、三年間働きました。魔王も倒しました。もう十分でしょう」
国王を見る。
「自由にしてください」
長い沈黙のあと、国王が息を吐いた。
「……分かった」
そして、三年ぶりに俺を名前で呼んだ。
「そなたは自由だ」
「はい」
◇
翌朝。
俺は王都を出た。
爵位なし。領地なし。王女なし。飛竜なし。
「……飛竜はちょっと惜しかったな」
街道の分かれ道。
右、港町。
左、温泉街。
「温泉だな」
三秒で決めた。
今日から俺は勇者ではない。
とりあえず週休七日から始めよう。




