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異世界で潰れかけの宿を任された俺、 朝粥と売れ残り食材で街の食卓を変えていく 〜はずれスキル『食材帳』の料理人〜  作者: 青い海の人


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【第8話】 持ち帰りという商売

苦香根の袋を抱えて灰白亭へ戻る頃には、昼の光が通りへ落ちていた。


朝の鍋はとっくに空になっている。

食堂は静かで、椅子も机もきちんと整えられていた。


だが昨日までと違うものがある。


帳場の横の板だ。


朝粥あります

持ち帰りできます


炭で書いた、たった二行の看板。


ミアはそれを見て、腕を組んでいた。


「……変な感じ」


「何が」


恒一が袋を置く。


「店が、店っぽい」


「昨日まで何だったんだ」


「ほぼ空き家」


「言い過ぎだろ」


「半分本当よ」


ミアは板を指で軽く叩いた。


「でもね」


「うん」


「持ち帰り、思ったより出た」


「壺?」


「三つ」


「悪くない」


恒一は頷いた。


朝の鍋は二十人前ほど作っていた。

店で食べた客が十人。

残りは持ち帰り。


この配分は、かなり理想に近い。


「宿の飯って」


恒一は言う。


「店で食わせるだけじゃない」


「うん」


「持ち帰りで街に広がる」


ミアは少し考えた。


「それ、そんなに大事?」


「かなり」


恒一は食堂を見回した。


空席の机。

朝の鍋。

帳場。


「店で食う客は、ここに来た人だけだ」


「そうね」


「でも持ち帰りは違う」


「違う?」


「家で食う」


「……」


「家族が食う」


ミアの目が少し動いた。


「なるほど」


「つまり」


恒一は壺を一つ持ち上げた。


「客が一人でも、食べる人数は増える」


「……あ」


ミアは小さく声を漏らした。


それは単純な話だった。


だが、宿の中だけを見ていると気づきにくい。


「だから壺は大事だ」


「壺」


「食堂の席は増やせない」


「そうね」


「でも壺は増やせる」


ミアは壺を並べた。


三つ。


全部古い。


取っ手も少し欠けている。


「……もう少し欲しい」


「増やす?」


「うん」


「金は?」


ミアは黙った。


それから言う。


「壊れてないやつ、倉庫にあった気がする」


「探そう」


二人で倉庫を開ける。


暗い。


埃が積もっている。


だが奥の棚に、いくつかの壺が見えた。


「……あった」


「何個」


「五つ」


「いいな」


ミアは壺を一つ持ち上げる。


底は少し欠けているが、使えそうだ。


「これ、昨日まで邪魔だった」


「今日は違う」


「そうね」


二人で倉庫を開けた。


棚の奥に、使われていない壺がいくつか転がっている。


ミアが一つ持ち上げて、底を叩いた。


「……使える」


「何個ある」


「五つくらい」


恒一は頷いた。


「十分だ」


ミアは小さく笑った。


「増えた」


「商売だな」


「ちょっとだけね」


その時、扉が開いた。


リナだった。


今日は壺を持っていない。


代わりに、少し慌てた顔をしている。


「ミア」


「なに?」


「朝の粥、まだある?」


ミアは恒一を見る。


恒一は首を横に振った。


「朝のは終わり」


リナは舌打ちした。


「やっぱり」


「なんで?」


「親方がさ」


リナは肩をすくめた。


「“昼でも食いたい”って」


ミアが吹き出した。


「それ、朝飯よ」


「知ってる」


リナは真顔で言う。


「でも腹に落ちるって」


恒一は少し考えた。


それから言う。


「じゃあ、夜も出すか」


「え?」


ミアが振り向く。


「朝だけじゃなく?」


「昼は難しい」


「なんで」


「鍋が足りない」


「……」


「でも夜はできる」


ミアは少し黙った。


「夜粥?」


「軽い飯として」


「……」


「旅人にもいい」


ミアは腕を組んだ。


それから言った。


「それ、ちょっとずるい」


「何が」


「宿の飯って、夜は重いのが普通なの」


「そうだな」


「でも粥なら、泊まる人も食べる」


「そう」


「しかも安い」


「そう」


ミアはため息をついた。


「……ほんとに料理人ね」


「今さらだ」


「でも」


ミアは鍋を見た。


「それ、かなりいい」


恒一は笑った。


「だろ」


リナはきょとんとしている。


「つまり何?」


ミアが答えた。


「灰白亭は」


「うん」


「粥の宿になる」


少しの沈黙。


それからリナが言った。


「……地味」


「知ってる」


「でも」


リナは笑った。


「腹は減るからね」


その一言で、三人とも笑った。


厨房の奥で、食材帳が静かにページをめくる。


――新規料理候補


恒一はそれをちらりと見た。


薄焼き

持ち帰り

苦香根


料理は増える。


店の形も変わる。


だが最初の一歩はもう決まっていた。


灰白亭の鍋は


腹に落ちる飯を作る鍋


だ。

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