シロツメクサの約束
煌々と輝く月の影が、一面に振り注いでいた。
一本の樫の木があった。
葉は、涼しく心地よい秋の風に揺れて、サラサラという音を立てている。
その樫の木の近くに、跪いた一人の男がいた。
木の根元に剣を置き、それに向かって跪いていた。
風の流れが速くなり、足元のシロツメクサたちもさわさわと揺れた。
草木の触れ合う音ばかりが響く中、男は口を開いた。
「主君、私は許されざる罪を犯しました」
声音にはこれと言った感情はにじんでいない。
いっそ穏やかなほどの温度は、罪を告白しようとするものとは違っている。
かつて、幼馴染だった主とした約束。
彼は最後、何を思っていたのだろうか。
俺は、罪を口にする。
「1つ、私は貴方の騎士の身でありながら、人を恨み、憎み、嫌悪しました」
人を恨むな。許せ。
貴方はいつもそう仰っていた。
けれど、到底赦せるようなものではありませんでした。
あの者共は、貴方を切り捨てたのですよ。
自分たちの罪を押し付け、生きるために。
華々しい生活を、名誉を守るために。
「私の主を陥れておきながら、清廉の仮面を被り、幸福を享受する者共を、赦すなどできませんでした」
あの汚泥のような、卑しく汚らわしい者共。
俺は、そんな者共に貴方を、他でもない私の主を傷つけられたことが。
命を差し出してでも守ると、そう誓ったにも関わらず。
無力だった俺が。
赦せない。
「1つ、私は貴方の騎士であるにも関わらず、職務を全うすることができませんでした」
騎士とは主君を守る為にいるのだ。
肝心な時に守れないのでは、剣を持っているだけの木偶の坊。
何が騎士だ。
「貴方を守ることが出来ず申し訳ありません」
声に、じわりと懺悔の色が滲んだ。
地面を埋め尽くしているシロツメクサの葉は、相変わらず微風に揺れている。
むかし、俺がまだ幼く、貴方とは友人の関係だった頃。
この丘に来たときは、白くて小さいかわいらしい花が、星の数ほど咲いていた。
たしか、父に連れられて来ていた。
綺麗な場所があるから、と。
でも、花を贈るときは気を付けろよ?
とも言っていた。
『よくない花言葉があるから』と。
あぁ、俺にぴったりだな。
この草の花言葉は『幸福』と『私を忘れないで』そして、
「1つ、私は騎士でありながら、復讐という野蛮な行為をしました」
『復讐』だったな。
俺は、あの汚泥共を陥れた。
あの方が感じたものには及ばないだろうが。
けれど、あの方の100分の1でも、1000分の1でもいいから、『絶望』というものを味わわせたかった。
そうでもしないと気がすまなかった。
俺は、あいつ等が嫌いだ。大嫌いだ。
俺の大切な主を、幼馴染を陥れ殺した。
憤怒して、嫌悪して、憎悪して、それでも足りないほどに。
けれど、あの者共が泣き崩れたとき、驚くほど何も感じなかった。
驚いた。もっと晴れ晴れしい気持ちになると思っていたから。
でも、同時に自分が人が泣き崩れるのを見て、愉悦を感じる人間でないことに、少しだけ安堵した。
「私は、己の独りよがりな自己満足の為に、人を陥れました」
けれど。
それをしてよかったのかと聞かれれば、そうではないというくらいはわかる。
汚泥どもがやったのは、間違いなく法に反することであり、罪だ。
しかし、だからいって俺がやっていいわけではない。
そんなことをしていれば、国は罪人だらけになってしまう。
貴方はそんな国は望まないだろう。
そして、『そんなこと』をしてしまった俺は、間違いなく罪人だ。
「1つ、約束を守らなかったこと」
貴方に、そして自分自身に約束したこと。
『俺たちが父上たちと同じくらい大きくなったら、またここに来よう。今度は二人で!』
結局、当時の御父上と同じ年までは生きられなかった。
『俺、いや、私は命ある限り貴方を守り、貴方の命が絶えるときは、ともに命を絶ちます』
あの時は、少し困ったような、驚いたような顔をしていた。
けれど、最後には受け入れてくれた。
「自ら口にした約束も守ることができず、申し訳ありません」
俺は、貴方のことが大好きです。
騎士としても。
分家の者としても。
友人としても。
大切で、大好きで、かけがえのない人でした。
あの約束をした時、貴方は困惑していたけれど。
俺にとっては、貴方のいない世界などいても意味がないのですよ。
まして、俺が存在する意味なんてありません。
この世界で俺が生きる意味なんてない。
だから、遅くはなってしまったけれど。
約束を果たしに来たんです。
「来世でも、貴方に会えたら、うれしいです」
俺は眼の前の剣を手に取り、鞘から抜いた。
皓月の影の下。
そこで男が己の心臓を突こうとも、月は何も変わらない。
樫の木も、シロツメクサたちも。
ただ、男の血が土に染み込んでいくだけ。




