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シロツメクサの約束

作者: 宵町誉
掲載日:2026/02/15

煌々と輝く月のひかりが、一面に振り注いでいた。


一本のかしの木があった。


葉は、涼しく心地よい秋の風に揺れて、サラサラという音を立てている。


その樫の木の近くに、跪いた一人の男がいた。


木の根元に剣を置き、それに向かって跪いていた。


風の流れが速くなり、足元のシロツメクサたちもさわさわと揺れた。


草木の触れ合う音ばかりが響く中、男は口を開いた。


「主君、私は許されざる罪を犯しました」


声音にはこれと言った感情はにじんでいない。

いっそ穏やかなほどの温度は、罪を告白しようとするものとは違っている。






かつて、幼馴染だったあるじとした約束。


彼は最後、何を思っていたのだろうか。


俺は、罪を口にする。


「1つ、私は貴方あなたの騎士の身でありながら、人を恨み、憎み、嫌悪しました」


人を恨むな。許せ。


貴方はいつもそう仰っていた。


けれど、到底赦せるようなものではありませんでした。


あの者共は、貴方を切り捨てたのですよ。

自分たちの罪を押し付け、生きるために。

華々しい生活を、名誉を守るために。


「私の主を陥れておきながら、清廉の仮面を被り、幸福を享受する者共を、赦すなどできませんでした」


あの汚泥のような、卑しく汚らわしい者共。

俺は、そんな者共に貴方を、他でもない私の主を傷つけられたことが。


命を差し出してでも守ると、そう誓ったにも関わらず。

無力だった俺が。


赦せない。


「1つ、私は貴方の騎士であるにも関わらず、職務を全うすることができませんでした」


騎士とは主君を守る為にいるのだ。

肝心な時に守れないのでは、剣を持っているだけの木偶の坊。


何が騎士だ。


「貴方を守ることが出来ず申し訳ありません」


声に、じわりと懺悔の色が滲んだ。


地面を埋め尽くしているシロツメクサの葉は、相変わらず微風そよかぜに揺れている。


むかし、俺がまだ幼く、貴方とは友人の関係だった頃。

この丘に来たときは、白くて小さいかわいらしい花が、星の数ほど咲いていた。


たしか、父に連れられて来ていた。

綺麗な場所があるから、と。

でも、花を贈るときは気を付けろよ?

とも言っていた。


『よくない花言葉があるから』と。


あぁ、俺にぴったりだな。

この草の花言葉は『幸福』と『私を忘れないで』そして、


「1つ、私は騎士でありながら、復讐という野蛮な行為をしました」


『復讐』だったな。


俺は、あの汚泥共を陥れた。


あの方が感じたものには及ばないだろうが。

けれど、あの方の100分の1でも、1000分の1でもいいから、『絶望』というものを味わわせたかった。

そうでもしないと気がすまなかった。


俺は、あいつ等が嫌いだ。大嫌いだ。

俺の大切な主を、幼馴染を陥れ殺した。

憤怒して、嫌悪して、憎悪して、それでも足りないほどに。


けれど、あの者共が泣き崩れたとき、驚くほど何も感じなかった。

驚いた。もっと晴れ晴れしい気持ちになると思っていたから。

でも、同時に自分が人が泣き崩れるのを見て、愉悦を感じる人間でないことに、少しだけ安堵した。


「私は、己の独りよがりな自己満足の為に、人を陥れました」


けれど。

それをしてよかったのかと聞かれれば、そうではないというくらいはわかる。


汚泥どもがやったのは、間違いなく法に反することであり、罪だ。

しかし、だからいって俺がやっていいわけではない。


そんなことをしていれば、国は罪人だらけになってしまう。

貴方はそんな国は望まないだろう。


そして、『そんなこと(復讐)』をしてしまった俺は、間違いなく罪人だ。


「1つ、約束を守らなかったこと」


貴方に、そして自分自身に約束したこと。


『俺たちが父上たちと同じくらい大きくなったら、またここに来よう。今度は二人で!』


結局、当時の御父上と同じ年までは生きられなかった。


『俺、いや、私は命ある限り貴方を守り、貴方の命が絶えるときは、ともに命を絶ちます』


あの時は、少し困ったような、驚いたような顔をしていた。

けれど、最後には受け入れてくれた。


「自ら口にした約束も守ることができず、申し訳ありません」


俺は、貴方のことが大好きです。


騎士としても。

分家の者としても。

友人としても。


大切で、大好きで、かけがえのない人でした。


あの約束をした時、貴方は困惑していたけれど。

俺にとっては、貴方のいない世界などいても意味がないのですよ。


まして、俺が存在する意味なんてありません。

この世界で俺が生きる意味なんてない。


だから、遅くはなってしまったけれど。

約束を果たしに来たんです。


「来世でも、貴方に会えたら、うれしいです」


俺は眼の前の剣を手に取り、鞘から抜いた。






皓月こうげつひかりの下。

そこで男が己の心臓を突こうとも、月は何も変わらない。

樫の木も、シロツメクサたちも。


ただ、男の血が土に染み込んでいくだけ。

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