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第96話 ハイジの下へ向かうのは誰か

 俺たちは迫り来る紅い光を呆然と眺めていた。


 周りの人々は騒然として、逃げ出そうと右往左往している。


 幸い、ドロドロとした紅い光が斜面を下る速度はかなり遅い。

 街までたどり着くには数時間はかかりそうだ。

 多くの人は逃げ出せるだろう。だけど街は……


「あ、あの野郎……街を滅ぼすつもりか!?」


 ボル先輩が、歯を食いしばるようにして言葉を絞り出した。


「クソッ、なんとか上に行って止めさせるしかねえ!」


「で、でも、道が……」


 エリカが焦ったように声を上げる。

俺たちが下ってきた蛇行している道は、徐々に紅い光に飲み込まれつつある。


「……ロープウェイで行くしかないか」


 確かに道は飲み込まれているが、ロープウェイで吊るされたゴンドラは無事に動いている。


 あれで向かうしかないか?

 だが、もしも途中落とされたら……


 皆もわかっているのだろう。

 無言でロープウェイの乗り場へと向かう。


 駅からほど近い位置に、ロープウェイは設置されていたはずだ。

 もっとも、今はほとんど使われていないだろう。

 会談で高台のエリアへの移動が制限されていたからだ。


 こじんまりとしたロープウェイ乗り場が見えてきた。

 人が一度に10人以上乗る事ができるゴンドラが、乗り場に止まっている。


 街の警備の人たちと、恐らくここの従業員の人達が一人の女性を囲んでいた。


 あれは……確か数少ないラッドメイドの護衛の人だ。


 なんか真っ青な顔をしていないか?


「おい、お前ら! 上はどうなっている」


 ボル先輩が近づき、大きな声で尋ねた。


 その言葉に振り向いた皆は、俺の首を見てホッとした表情を浮かべた。

 なんだ? なんで俺を見て安心するんだ?

 もうこの時点で嫌な予感しかしない。


「あ……あの、ハイジ様から伝言を受けていて……」


 真っ青になりながら、その護衛は声を絞り出した。


「伝言……? 誰宛にだ?」


 ボル先輩が少し声のトーンを落として確認した。


「あの……アリナゼルの皆様に対してです。

 誰か一人、上に来いと……恐らく死ぬが、そいつ次第で街の破壊は止めてやる……早く来なければ街は消滅すると……」


「お前!!」


 呆然とした表情で告げた女性に、ボル先輩がつかみかかる。


「ちょっ!! この人に当たってもどうしようもないでしょ!!」


 俺は必死にボル先輩の腕にしがみついた。


 だがまずい。

 アルがいなければ、恐らく勝つ事ができない。


 俺も真紅ルビーの力を使えるとはいえ、

まだ使えるようになったばかり。明らかにハイジは格上だ。


 ちらちらと皆の視線を感じる。

 誰か犠牲になりに行くとしたら、灰塵ダストの俺しかいない。

 どうりでホッとするわけだ。


 クソッ、アルが起きるまでなんとか時間を稼ぐしかないか。

 なんてこった……いや、俺は元々シニガミを倒すためにあの姉弟の協力を取り付けるのが目的。ある意味チャンスか?


 そう考えて俺が足を踏み出すと、隣にいたエリカが止めようとした。


「誰か上に行っても、止めてくれる保証なんてないでしょう?」


「……どっちにしろ行くしかないだろ。他に選択肢なんてない」


 俺はそう言ってゴンドラに乗り込む。

 これ以外に選択肢はないからだ。


「そうね。いきましょう」


「っ! なんでアンタもついてくるんだよ!」


 俺に続いてゴンドラに乗り込んだエリカに、俺は思わず声を上げる。


「誰か証人も必要でしょう? ちゃんと攻撃を止めてもらわないと困るし」


 その言葉に、周囲に集まっていた警備の人たちも含めて絶句した。


「そ、そうだとしても、白金パールのあなたが向かう必要はありません!

 せめて黒硫黄サルファ下位の人間に……」


 そう言っているが誰も名乗りを上げる事ができない。

 当たり前だ。

 ここで名乗りを上げることは、死ぬことを意味するのだから。


「……クソッ、お前らどけ。俺が行く」


 そう言ってボル先輩がゴンドラに手をかけようとするがエリカが手を突き出して止めた。


「ダメです! 先輩は一度ハイジに切りかかっています。

 確実に街を消されますよ!!」


「くっ……だが、お前たちを行かせるわけには……」


 ボル先輩が苦しそうに呟く。


 まあ、確かにな。

 ボル先輩が行っても、印象は最悪だろう。


「街を守るために、一番可能性があるのは私です。

 私なら、交渉ができるかもしれません」


 その意味を理解して、皆絶句した。


「な、何を言ってるんですかっ!

 何をされるか……」


「早く出してください。

 もう時間がないです!」


 エリカに強い言葉を受けて、従業員らしき人達が戸惑う。

 白金パールの徴用生を犠牲にするなんて、そんな簡単にできるわけない。


 だが、刻一刻とマグマのような紅い光が街へ迫っている。

 時間がない。


「お願いします」


 頭を下げたエリカを見て、一人の従業員がボタンを推し、レバーらしきものを倒した。


 ガコンッ……

 そんな音を立てて、静寂の中ゴンドラが動き出す。


 ゆっくりとゴンドラが上に上昇し始めた。


 呆然とするフエゴ、悔しそうなボル先輩や他の人たちが目に映る。


 というか、俺も口を挟むことができなかったかけどどうすればいいんだ!?


 エリカがいたら俺は戦えないし、本当にどうすればいいかわからないぞ!?



 俺は内心頭を抱えながら、エリカの方を見た。


 エリカは俺の対面の席に座り、腕を組んで窓の外を見ている。


「……なあ、なんでついてきたんだ?」


 ずっと黙ってるのも気まずいから、俺はなんとなく声をかけた。


「前も言ったでしょ。世間から嫌われたくない。ただそれだけ」


 エリカは窓の外を眺めながら、淡々と答えた。


 真下には、紅いエネルギーがマグマのように坂を下る景色が見える。

 あえて速度を抑えてあるであろうそれは、ゆっくりと、だが確実に街へ広がっていく。


「だからハイジに遭遇した時も、自分が犠牲になろうとしたのか? 今回もまた?」


「あの時もそうだけど、ああすれば皆の評価が上がるのがわかっていたから、そうしただけよ。

 今回も別にあなたのためじゃない。残念だったわね」


「あのなぁ、エリカ様に何かあったら俺が世間に殺されるんだぞ?」


「死ぬよりマシでしょ? あんたにとっては。

 感謝しなさい」


「はぁ……でもお前、これは高確率で死ぬだろ。いや、もっと酷い目に遭うかもしれない。

 それよりも嫌われることが怖いなんてないありえないだろ。

 まさか、俺に借りを感じて……?」


 俺がそう言うと、窓の外を見ていたエリカが、間をおいて声を上げた。


「…………ああ、もう! うるさいわね!

 でもバカなことした気がしてきた。

 あなた生き残れると思ってるの!?」


 エリカは突然頭を掻きむしって睨みつけるように俺に視線を向けた。


 まあ、そうだよな。

 こいつはそんなにクールな奴じゃないってことくらい、さすがにわかってきた。


 俺はその問いに少し黙り込んで考える。


 当然、俺1人では無理だ。

 今は寝ているとはいえ、アルがいるから俺は余裕がある。

 エリカから見たら、異常に見えるだろう。


「でもなんかね、本音を言うと……あなたとなら生き残れる気がするのよ。

 ……私、何言ってるんだろ。

 あんたが頭おかしいから、血迷ったかな?」


 エリカの意外な言葉に驚いた。

 こんな素直なこと言うタイプじゃないと思ってたけど、さすがにかなり緊張しているのかもしれない。


「まあ、俺はシニガミを倒さないといけないからな」


「はいはいよかったわね。はぁ」


 俺がいつもの答えを返すと、エリカが子供を相手にするような返事をしてため息をついた。


 俺も軽口を叩いたが、やばい状況なのは確かだ。

 アルがいないと、最悪の事態でもエリカを守ることができない。


 ゆっくりと上がり続けるロープウェイの窓から、外の景色を眺めながら、俺は自分の無力感に失望するしかなかった。


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