第93話 鋼王の飛行
会談最終日の3日目。
まだ代表団は険しい雰囲気で話し合いを続けているらしい。
俺は相変わらず、会談場所近くの廊下で、エーテル燃焼の気配がないか探っていた。
今のところ異常なしだ。
初日で問題を起こしたハイジも、なぜかあれから大人しい。
「このままだと、キルシュさんやハイジと話す機会もなさそうだな。
正直ハイジとはもう話したくないけど……どうしよう?」
『あ? どうしようじゃねえんだよ。
もう今さら時間がねえ。ケツに火がついてんだから、強引にでも話をしに行くしかねーだろ。
本当にケツに火をつけてやろか?』
「うわっ、やめろ! わかったって、すみません!!」
アルは俺の足を蹴り上げようとしたので、俺は飛び跳ねるようにして逃げる。
確かに、俺は今回の護衛任務でハグリー姉弟と距離を縮めたかったが、ほとんど成果がない。
ハイジに恨まれ、キルシュさんに顔を覚えられた程度だ。
未踏領域でシニガミを倒す手がかりを見つけるためにも、真紅の協力者は必須。
とはいえ、そんなにうまくはいかないか……
夢で見たクロードヒル渓谷にたどり着いたとしても、謎のエネルギーを持っていたというエーテル燃焼体に遭遇するとは限らないし、捕まえたところで解析ができるかも不明だ。
ああ、わからないことが多すぎる。
でも、昔の俺はいつも何かやらないための言い訳を探していた。
それを認識していることが、今も何とか動き続けられている理由かもしれない。
あとは……アルにぶっ殺されるかもしれないという恐怖もあるけど。
「ヒツギ君? 大丈夫かな?」
そんなことを考えながら、俺がアルの蹴りを避けていると、廊下の先からエアハルトさんがこちらに向かってくるのが見えた。
少し戸惑っている表情だ。
俺が飛び跳ねてたからだな……ちくしょう。
「そろそろ時間だから戻ろうか」
「時間……? あっ、もう終わりそうですか?」
俺はエアハルトさんの隣に並び、歩き始めた。
「ここだけの話、まだ重要な話題が決まっていなくてね。ラッドメイドから提供される採掘技術の見返りで、どれくらいのイドラ鉱石を渡すかで揉めているみたいだ」
エアハルトさんは小声で呟いた。
おいおい、最終日のこの時間でも決まらないのか?
「それは……酷い条件を突きつけられてそうですね」
「真紅が二人もいたら、強気になるのもわかる。まあ、僕たちは自分の仕事をしよう」
そう言って、エアハルトさんは苦笑した。
俺たちが歩いている廊下はどころ同じように豪華な装飾で、初日は迷いそうだと思ったが、さすがに3日目になると慣れるな。
すぐに会談が開かれている大部屋が見えてきた。
「この後は一時休憩になるはずだ。
僕らはしっかりと代表団を守らないといけない。
エーテル燃焼の気配察知は頼んだよ」
そう言うと、エアハルトさんは部屋の入り口に待機している警備担当に話をしに行った。
一時休憩? なんでだっけ?
俺は悩んでアルに視線を向ける。
『あ? そろそろアイツらが通過する時間だからだろ』
「あいつら? ああ! 鋼王か!」
16年に一度、西の未踏領域「悠久の荒野」から、東の未踏領域の先へ飛んでいく巨大な飛行生物。
ハイジの印象が強すぎて忘れてた。
この街は近くの上空を通過するから、出店もでていてお祭りムードだったっけ。
「この時間は会談も止まるって言ってたな。
でも、まだ揉めてるみたいだし、どうなるんだろう?」
そんなことを考えているうちに、大部屋の扉が開いた。
ラッドメイドの代表団は笑みを浮かべている人が多いが、アリナゼルとベルドラの代表は皆険しい表情だ。
会談の状況が何となく予想できる。
「みなさま! 当館自慢のテラスをご用意しております。ここから鋼王の飛行を見ることができますので、一時の休息を楽しんでいただければと思います」
初老のホテルの従業員が声を上げ、代表団を誘導していく。
会談が行われていた部屋のすぐ隣、別の大部屋に入ると、半円を描くように扇形に広がるテラスがあった。
なるほど、これなら、大人数でも空を見上げられるな。
俺も鋼王を見るのは初めてだ。
実際どんな姿なんだろう? 気になるな。
『危ういとしたら……このタイミングだな』
「えっ?」
俺が少しそわそわしていたら、不意にアルが呟いた。
『あの粘着ウェーブはどこにいる』
「ハイジ? 見当たらないけど……部屋にでもいるんじゃないか?」
俺の言葉にアルは何も答えなかった。
俺は戸惑いながら周囲に視線を向けるが、皆笑顔でそわそわしている。
鋼王を見ることができるのは16年に一度、決まった飛行ルートの近くだけだ。
滅多にない機会だから、俺と同じくワクワクしているようだ。
テラスからは、高台の下の街の様子もよく見える。
たくさんの人が通りに出て、鋼王の現れる瞬間を待っていた。
すると、ワッ!!と、テラスの下からざわめきが起こった。
「鋼王の通過時間です!!
西の空をご覧ください」
初老のホテル従業員の声で、みな空に目を凝らす。
俺は護衛だから、周りの様子を気にしつつも、チラチラと空に目を向けた。
遠くの空に、うっすらと光が見える。
そしてそれは、どんどん鮮明になっていった。
V字型に見える4つの存在が、色とりどりの軌跡を引いて飛んでいる。
あれが鋼王か!
思わず俺も空を凝視してしまった。
なるほど、オレンジや青、緑の色をした軌跡が空に広がって、とても綺麗だ。
近づいてくると、細部も見えるようになってきた。
鳥のように翼を羽ばたいているわけではないみたいだ。
どちらかといえば巨大な虫に近い。羽を細かく震わしているように見えた。
並んで飛ぶその姿はとても規則正しく見える。
「また飛んできた!!」
誰かが興奮して声を上げた。
4体の鋼王が飛んできた西の空から、繰り返すように同じ光が見え始めた。
第二陣があるのか!
同じ色、同じ並び方でまた4つの巨大な生物が飛んでくる。
色鮮やかな光の空に残し、規則正しく上空を通過していく。
高台のこの場所まで、街の人たちの歓声が聞こえてきた。
街全体が盛り上がっているのがわかる。
一際歓声が大きくなった。
第三陣の光が西の空の空に見えた。
「第三陣が来ます! これが最後です!」
誰かが声を張りあげた。
周囲の興奮は最高潮だ。
皆が空を見上げ、鋼王の飛行を見上げていた。
突然、ゾッとするようなエーテル燃焼の気配を感じた。
俺は一瞬で興奮が冷め、気配がした方向に目を向ける。
かなり遠い……下の街の方からだ!!
次の瞬間、街の中央から紅い真紅の光が、ドロドロとしたうねりと共に上空へ打ち上げられた。
西の空、第三陣の鋼王のうち、茶色の軌跡を引いて飛んでいた個体が、その光に突っ込んで行く。
「あっ……!」
周囲の歓声が悲鳴へと変わる。
今まで信じられないくらい真っ直ぐだった軌跡が乱れ、その個体は沈むように地へ落ち始めた。
すでに俺たちの街は超えているが、地面に落ちるのは時間の問題だ。
--『アレにどれだけの街が破壊されたのか、もう忘れたのか?』--
アルの言葉が脳裏に蘇る。
鋼王は……地面に落ちたとしても決して進路を変えない。
その硬すぎる巨体を破壊できるまでは、そのまま進み続ける。
あれを破壊する力があるのは、世界で何人いるのかもわからない。
つまり……この先の街は、壊滅する。
俺たちは、最悪の事態に陥ったことを理解した。




