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第87話 あきらめる理由


「っ! ハァッ……ハァ……何だ今のはっ!」


 俺はベッドから飛び起き、頭を抑えた。

 体は汗だくで、息が荒くなっていた。


 ここは……代表団の護衛のために止まっているホテルの一室だ。

 まだ外は薄暗かった。


 夢……それにしては、はっきりとした感覚だったぞ。

 それに何だ、あの場所は……

 俺が伝統で入っていた未踏領域でも、あんな場所はなかった。


『おい……テメェ、何を見やがった』


「アル……」


 睨みつけるように俺を見つめるアルを見て、俺は思い出した。

 夢で見えた、俺の紅い髪、あれは…………


「あれは……アルの記憶なのか?」


『……何だと?』


「雨の中、大きな渓谷を走っていた……

 たくさんの白金パール真紅ルビーのエーテル燃焼体が襲ってきて……

 あの、羽の生えた黄金色のエーテル燃焼体は……」


 俺は息を整えながら、今見た光景をつぶやく。


『……他は?』


「えっ?」


 アルの冷静な問いかけに戸惑う。


『それだけか?』


「あ、ああ……そこで目が覚めた」


『……そうか』


 どういうことだ?

 やっぱり、あれはアルの記憶なのか?

 でも、そんなことって……


『何でテメェがそんなものを見たのかは知らねえ。

 だが……クロードヒル渓谷か』


「クロードヒル渓谷……?」


 って、なんだっけ?

 どこかで聞いたことのあるような……


 思い出した!

 でも、あれは……


「あれは、ただの伝説じゃないのか?」


 クロードヒル渓谷は、俺も入った東の未踏領域、果ての密林の奥に存在すると言われる、断崖絶壁のような渓谷だ。


 そこには数多の真紅ルビーが生息する、人類は入ることすらできない、実質的には未踏領域の限界点と言われる場所だ。


 だけど、本当にそんな場所が存在するかどうかはかなり怪しい。


 そもそも未踏領域にも関わらず、どうしてそんな場所を確認できたのか、誰が見たのかなど、分からないことが多すぎる。

 だから、結局はただの噂や伝説のように扱われているのが実情だ。


『ハッ、あれがそうなのかは知らねえが、噂以上にひどい場所だったな。テメェも見たんだろ?』


 ……確かに、さっきの光景は噂以上だっだ。

 息つく間もなく、真紅ルビー白金パールのエーテル燃焼体に襲われる場所なんて、アル以外は1秒も生きていられない。

 白金パールを何人集めても、瞬殺されて終わりだ。


「ああ……っていうか! まさかアルが見た謎のエネルギーを出す灰塵ダストって、あそこで見たのか!? あんな場所入れるわけないだろ!!」


 未踏領域でシニガミを倒す手がかりを手に入れよう考えていたが……あんな場所生き残れるはずがない。


『だから言っただろうが、テメェじゃたとえ真紅ルビーでも変わらねえってな』


「そんな馬鹿な……」


 俺はアルに言われた言葉を思い出した。

 あれは本当のことだったのか。


「どうすればいいんだよ……あんな場所」


 俺は夢で見た光景を思い出し、絶望していた。

 あんな場所で手がかりを探すなんて、絶対に無理だ。


 …………そうだよ。無理じゃん。


 ここまで頑張ったよ。

 このまま惰性で続けてもいいんじゃないか?


 たまに力を見せつけて、チヤホヤされてさ。

 でも…………この気持ちは初めてじゃない。


 もうわかってる。あきらめる理由を探したいんだ……


 俺は結局、何も変わってない。

 あの頃から、何とか変わりたくて、周りにシニガミを倒すと宣言しても、何も変わっていないじゃないか。

 シニガミを、倒さなきゃ……

 俺は……


『……テメェは何のためにここに来てんだ、このクソガキが』


 アルの言葉でハッとする。

 俺は……真紅ルビーに会って、シニガミを倒すための協力を取り付けるために来たんだ。


 ほんの少しだけ、気持ちが前を向くのを感じた。


「……でも、あんな場所、真紅ルビーの仲間がいても生き残れるのか?」


『じゃあどうすんだこのクソガキが!!

 テメェ、まさか絶対に無理だって考えてんじゃねえだろうな!?

 俺たちはシニガミを倒すんだぞ? 全部思い通りに進むとでも思ってたのか? このガキが!!』


 その言葉に、俺はなにも言い返せなかった。


 アルが謎のエネルギーを出すエーテル燃焼体を見つけたのは未踏領域の奥地。

 そこに進んだとしても、手がかりが見つかる保証なんてない。


 思い通りになんていかない。

 何度も失敗もあるだろう。


 でも……誰も答えを教えてくれない。

 俺たちが目指しているのは、誰も実現できていないことだから。



 結局、そのあとは眠ることができず、明るくなり始めた窓の方を茫然とながめ続けていた。



----


 早く目が覚めた俺は、訓練ができる場所を探しに外へ出た。

 こんな時にも訓練することになるとは……習慣って恐ろしいな。

 サボったらアルに殺されそうっていうのもあるけど。


「近くに訓練ができそうな場所はある? 歩いてるだけで迷いそうだけど……」


『確か裏庭があったはずだ。30年も経てばなくなってるかもしれねえがな』


「そりゃそうだよな」


 俺はアルと話しながら、キョロキョロと周囲を見渡す。うーん……護衛のはずの俺が不審者扱いされてしまいそうだ。

 早朝にも関わらず、警備が色々な場所に配置されているな。

 通路の両脇に警備が立っている場所は通ることができないってことか。

 なんだか迷路みたいだな。

 そんなことを考えながら、一階に降りて裏庭のような場所を目指す。


 すると、意外にもあっさり、アルの言う裏庭のような場所が見つかった。


「ここじゃないか? でも、さすがに目立つな」


 色々な花や植物が植えてあって綺麗だけど、さすがにこんな目立つ所でエーテル燃焼の訓練はできないか。


『あのアーチの先に進んでみろ』


「アーチ?」


 あれか。まるでゲートのように飾りづけがされている、草のトンネルがあった。


 俺はアルに言われた通り、草で飾られたアーチをくぐり、先へ進む。


「ん……? 意外にここはいいかもしれないな」


 植物のトンネルを抜けると、少し広い場所に出た。

 周りは円を描くように背の高い草木で囲まれていて、見えずらい。


「よかった。ここなら訓練ができそうだな。

 昔から変わらないのか?」


『ああ、周りにあるネイバソウの花も昔から変わらねえな』


 ひっそりとした場所だが、周囲は色とりどりの花で飾られていて、手入れが行き届いているように見えるる。


 よし、さっそく訓練をするか。


 左胸の燃焼器官でエーテル燃焼を開始する。

 最近使えるようになった真紅ルビーのエーテル燃焼の訓練もしたいけど、こんなところで右胸の燃焼器官を使うわけにはいかない。


 弱々しい灰色の粒子が体から溢れてきた。

 今まで色々な力の入れ具合で燃焼を試してきたが、いまだにアルの見たという謎のエネルギーが出せる気配はなかった。


 やっぱり、左胸だとエーテル燃焼の出力を一定以上に上げると、押さえつけられるように出力が下がってしまう。

 なんでだろう?

 やっぱり俺の燃焼器官は欠陥があるのか?


 そんなことを考えながら、しばらく訓練を続ける。


「ふう。このパターンもダメか。

 もう色々試してきたけど、全然うまくいかないな。

 ほんとに灰塵ダストが違うエネルギーを出せるのか?」


『あ? 俺を疑ってんのかテメェ』


「いや、そういうわけじゃないけどさぁ……」


『んなこと言っててもしょうがねぇだろうが!

 どうすればいいか考えやがれ!』


 そういうと、アルが俺のケツに向かって足を振り上げた。


「ちょっ、やめ……うわぁっ!!

 やめろって! すみません!! ごめんなさっ……ぶ!!」


 エーテル燃焼をケツで暴発させられた俺は、顔から地面に突っ込んだ。


『ハッ、寝てる暇があればどうすればいいかさっさと考えろ』


 シュー……と音を立てて倒れている俺を嘲笑いながらアルが吐き捨てた。


 くそ……こいつ、ほんとにいつか覚えてろよ……



「あの……大丈夫ですか?」


 ガバっと顔を上げると、植物のゲートから、初老の女性が顔を出していた。


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