第85話 主要3カ国
現地のホテルに着くと、あたりまえだが厳戒な警備体制がしかれていた。
ホテルは、いくつもの館が横につながったような、巨大な建物だった。
これは端から端まで移動するだけでも相当時間がかかりそうだ。
「おい、お前止まれ」
巨大な入り口から中に入ろうとしたら、さっそく地元の警備部隊らしき人に止められた。
俺よりいくつか年が上に見える、若い男。
背が高くて、体格がいいイケメンだ。
首には黄色いチャージリングをつけている。
「今ホテルは貸切だ。入ることは許されない」
その男は俺の灰色のチャージリングに視線を向けながら、淡々と告げた。
「あの、僕はアリナゼル代表団の警備担当なんですが……」
「ハァ? 灰塵がそんな役目果たせるわけないだろう」
はい。その通りです。
俺も同意したいが、そんなあり得ない状況に置かれているのは事実だ。
さて、なんて言えばいいのか。
「俺は例の徴用校の……」
「うるさい。さっさと消えろ!
こっちはお前みたいなやつにかまっているヒマはないんだよ!」
俺が理由を告げようとしたが、警備の男はそれを許さず、腰の剣に手を添えた。
おいおい、これじゃ中に入ることもできないぞ。
どうすればいいんだ?
「アル……どうしよう?」
俺は困ってアルに小声で相談する。
『あ? 予想できただろうが。
テメェで何とかしろクソガキ』
……相変わらず酷い言葉が返ってきた。
そんなこと言っても、こんなのどうしたらいいんだよ!
「ヒツギ君!」
俺がアルに苛立ちながら悩んでいると、俺を呼ぶ声が聞こえた。
エアハルトさんだ。助かった。
「すまなかったね。先に乗ったから、後ろのことに気が付かなかったんだ」
エアハルトさんは早足で建物の方からこちらに走ってきた。
「え、エアハルト様!? 一体どうして……」
警備の男は、エアハルトさんを見て慌て出した。
さすがにエアハルトさんは有名人だからな。
「彼は僕たちと一緒に代表団の警備を担当する。
通してもらえるだろうか」
「は、はいっ!
申し訳ありませんでした!」
警備の男は慌てて直角に頭を下げた。
俺の方を向いているけど、俺に頭を下げているわけではないことくらいはわかる。
けど、とりあえずなんとかなったな。
「いやー、すまないね」
俺と並んで歩きながら、エアハルトさんはもう一度謝ってきた。
「別に大丈夫ですよ。街の雰囲気を知れましたし。
見たことないものが多くて、歩くのも楽しかったです」
アルに燃やされなければもっとよかったけど。
「エリカ君が焦って知らせてくれたんだ。
無事にたどり着いてくれてよかったよ」
げっ、ありがたいけど、借りができたな。
大きな庭のような広場を抜けて、建物が連なっている中央、一際大きい館に入る。
巨大な扉は開けられており、周囲には警備が配置されていた。
高そうな絨毯が床には敷き詰められ、高い天井にはきらびやかな灯りがぶら下がっている。
『おい、アホみてえに口開けてんじゃねえぞ』
ぐっ……仕方ないだろ。こんなとこ来たことないんだから。
そりゃアルみたいな金持ちなら慣れてるかも知れないけどさ。
周りの人は、皆高そうな服を着ているし、チャージリングの色は白金色の人が何人もいた。
俺の首にチラチラと視線を向けられているのを感じる。
灰塵は明らかに場違いだ。
巨大なホールのような入り口を抜けて、階段を上がると、また広々とした空間に出た。
そこから伸びる幾つかの通路のうち、左手側の通路を進む。
通路なのに、建物の中とは思えないほど幅が広い。
すれ違う人皆が、エアハルトさんに頭を下げている。
エアハルトさんは軽く会釈して進んで行った。
俺も一応軽く会釈をしておくが、皆訝しむように俺の首を見るので、居心地が悪いな。
通路の壁は豪華な装飾品がところどころに飾られていて、先が見えないほど長かった。
これは道を覚えるのにも一苦労だ。
「広いですね……迷子になりそうです」
「ここは元々ベリル家が別宅として使っていたらしいよ。数十年前からホテルとして貸し出したみたいだ」
「えっ!? 別宅!?」
「ああ、アリナゼルでも一二を争う名家だからね」
マジか、アル……
俺は思わずチラッとアルに視線を向けるが、めんどくさそうな表情をしているだけだった。
「建物の内部構造は把握しておく必要があるから、後でみんなに説明するよ」
エアハルトさんは簡単に言うけど、覚えられるか不安だな。
そんなことを考えていると、いつのまにか大きなホールにたどり着いた。
入り口のホールと同じで、赤を基調とした豪華な装飾で飾られている。
こんなホールがいくつもあるのか。
いくつかの入り口は厳重に警備が配置され、その中の一人がエアハルトさんに頭を下げた。
どうやら、勝手に出たり入ったりはできなそうだ。
ホールの中では、多くの人が飲み物を片手に立って談笑していた。
そのほとんどが白金色のチャージリングを首につけている。
飲み物や見るからに豪華な軽食を配っている人がところどころにいた。
美味しそうだけど……俺たちは警備だから食べられないだろうな。
代表団の近くにいるエリカとフエゴを見つけた。
「俺はどうしたらいいですか?」
俺も一応、警備の仕事で来ているからな。
役目を果たさなくてはならない。
「代表団の近くで、エーテル燃焼の気配を察知したら教えてくれ。
君はたぶん色々な人に話しかけられるだろうから、大変かもしれないけど、頼んだよ」
予想通りだ。
やはり俺に求められているの気配察知だろう。
「今日はただの顔合わせだ。
各国の代表が揃って少ししたら解散して、各国自由に過ごす予定だから、それまで頑張ってくれ」
俺はエアハルトさんの言葉に頷き、一緒に代表団の近くへ進む。
アリナゼルと同じでスーツを着ているが、こちらより自信を持っているように見える一団が俺たちを見た。
その中に一人いる、特徴的な伝統衣装のような姿をしている美しい女の真紅。
昨日会ったキルシュメベスト・ハグリーさんだ。
「……先日はどうも」
彼女は小さな声でそう告げると、エアハルトさんに軽く頭を下げた。
「愚弟は起きてこないので……ご無礼をお許しください」
その言葉に、皆少しホッとした空気がただよう。
弟は残酷で危険だと聞いていたが、そんなにヤバい人なのか?
「おや、君が件の伝統を生き残った灰塵かな?」
俺も、さっそく知らない人に話しかけられた。
紺の礼服を着ているが、アリナゼルの代表団には、いなかったはず。ラッドメイドの代表団の一人だ。
「はい、ただ隠れていただけですが……」
「それだけではないだろう?」
とりあえずいつも通りの答えを返したが、気になるようだ。
「近くに大きなエーテル燃焼体の死体があって、隠れるところに持ち込んだんです。
あと、川もあったので……」
「ふふっ、水があるのはいいな。
私たちの国は、水が少なくてね」
ラッドメイド共和国は水が少ないって聞くからな。
西の未踏領域、『悠久の荒野』の近くは特に雨が少ないのは有名だが。
「めずらしく、私たちの国の真紅も興味を持ったようだ。
せっかく生き残ったのに、かわいそうに」
ぜんぜん可哀想って思ってないな、この人。
ククッと笑いながら告げられた言葉に、俺は顔をひきつらせて笑うしかなかった。
「去年のようなことはやめていただきたい」
凛とした声が横から響く。
話に割り込んできたのは、白いベールのような服で全身を包んだ、背の高い女性だった。
顔が隠れていて、表情がわからないが、怒っていることだけはわかった。
去年何かあったのか? なんとなく嫌なことなのは想像がつくが。
「私たちとの全面的な対立は、貴方達も望まないでしょう? イドラ鉱石の調達で手を取り合うべきです」
「もちろんですとも! しかし、私たちの言葉も聞いていただけないのでね。
姉のキルシュ様になんとか抑え込んでいただいているのですが……」
ラッドメイドの代表は、大げさに手を広げて答えた。
「……申し訳ありません」
キルシュさんが頭を下げると、空気がざわついた。
「キルシュ様に不満があるわけではございません!」
「そうです! 貴方にはいつも助けていただいています」
各国の代表がキルシュさんに必死に答える。
真紅なのにこんなに腰が低いなんて、やっぱりこの人は人格者だな。
「この人なら、俺たちに協力してくれるかもな!」
俺は小声でアルに告げる。
『ハッ、どうだかな。 まあ、テメェがいいと思うなら、聞いてみろ』
「うーん……どうやって話す機会を作るかだけど」
どちらにせよ、この人は話が通じそうだ。
「姉は素晴らしい人格者なのに、弟は……」
「ばかっ、聞かれたら殺されるぞ!」
周囲からは、弟と比較する声が聞こえてくる。
……ハイジって、どれだけヤバいやつなんだよ。
こんなに悪評があるやつは滅多にいないぞ。
俺は不安になりながら、やっぱり接点を持つべきなのはキルシュさんだと考えた。
「ハイジ様のことはともかく、各国で協力したいとは考えています。
しかし、共同保障条約では、私たちだけ仲間はずれにされているようではないですか。
これは酷いと思いますよ?」
ラッドメイドの代表は、相変わらず大げさなジェスチャーで告げた。
共同保障条約……ってなんだっけな?
『テメェ、なんで俺よりものを知らねえんだ……』
俺の様子を見て、アルが呆れていた。
「うっ……最近それどころじゃなくて……」
『テメェ、言い訳してんじゃねえ!』
こんな場所にも関わらず、アルの蹴りが容赦なく襲ってきて、俺は思わず前のめりにたおれそうになった。
さすがにエーテル燃焼の暴発はさせられなかったが、こんな状況でも容赦なさすぎだろ!
「それは仕方がないでしょう。
貴方達の国は真紅が二人もいるのですから」
「私たちが武力で脅すとでも思ってるのですか?」
「思いたくないですが……昨年のことを考えると、疑われても仕方がないでしょう」
ラッドメイドとベルドラの代表でピリピリとした会話がつづく。
そうか、思い出した。
共同保障条約は、俺たちアリナゼルとベルドラの間で結ばれた、相互協力の条約だ。
お互いの国で災害や他国の侵略を受けた場合、共に助け合い、戦うというような内容だった気がする。
まあ、ラッドメイドからしたら、クリスフォードさんが消えれば、真紅を独占できるからな。
アリナゼルとしてもベルドラと国家間の協力が必要だろう。
「まあ、詳しい話は明日話し合いましょうか。
ふふっ、では私たちは移動で疲れたのでまた失礼します」
そう言って、ラッドメイドの代表団は去っていった。
さすがに真紅を二人有しているだけあって、余裕がある。
話題になっているハイジのせいで、国同士の仲も悪くなってるように思える。
めちゃくちゃヤバい奴らしいが……
何にせよ、この会談は荒れそうだな。
俺は初日から会談の行末を案じることになった。




