第83話 デネスの街へ
討伐の後、俺たちは会談が開かれるデネスの街へ移動した。
デネスの街は地方都市としては大きい。
広い道が網目模様のように広がり、左右には沢山の店が並んでいる。
今回の会談が行われるホテルは街の中心部にあるらしい。
街の外側から中心部まで、歩いて行くには苦しい距離だ。
皆車両で移動するらしいので、車両を止めることができる円形に整備された広場にみな集まっている。
見渡すと、街の警備部隊の人たちがいたるところに配置されていた。
会談が開かれるから、特別に警戒しているんだろうな。
「おう、待ってたぜ!」
俺たちに手をあげて声をかけてきたのは、ボル先輩だ。
未踏領域の鉱脈調査以来だな。
相変わらず、丸い筋肉のかたまりみたいな人だ。
「ボル! ご苦労様。そっちは特に問題ないか?」
「ああ、もう代表団全員揃ってるぞ」
ボル先輩の背後には、皆揃って高そうな紺の礼服を着た、初老の男性たちが並んでいた。
これが、今回のアリナゼルの代表団か。
首につけられたチャージリングの色は、五人全員が白金色だ。
周囲には、腰に剣をつけた護衛が何人も囲んでいる。
アリナゼル共和国は半民主制だ。
過去に功績を上げた人ほど参政権が有利になるから、ほとんどが白金だ。
そのため政策は白金に有利なものが多い。
これは批判がある一方、出自に関係なく功績を上げれば評価されることは良い点として認識されている。
だけど、これが既得権益となっていることも否めないから、賛否は両論だ。
「皆、揃ったようだね」
どこかで聞いたことのある低い声が響いた。
ゆったり歩いてくるのは、オレンジ色の長い髪の貫禄を感じさせる男性。
首には紅いチャージリングをつけていた。
そうだ、この人は……
「クリスさん!」
エアハルトさんが、手を挙げて呼びかけた。
クリスフォード・サンストーン。
俺たちアリナゼル共和国で、唯一の真紅。
食堂で話した時以来だな。
なんだか、胃がキリキリとしてきたぞ……
「さすがに他とは風格が違うな……」
俺はそっとアルに呟いた。
『あ? テメェが勝手にそう思ってるだけだろうが』
「いや、アルにとっては皆同じかもしれないけどさ、やっぱり俺たちから見ると違うよ……」
他の白金の代表は、クリスフォードさんを囲んで、ペコペコと頭を下げている。
「それに、政治でも真紅は一人で街一つ分くらいの投票権を持つって噂だぞ?
アルもそうだっただろ?」
『……ハッ、覚えてねぇな。そんなこと』
「そんな適当な……」
いや、こいつなら本当に覚えてない可能性もあるな。
そんなことを考えていたら、代表団の数人が俺たちに近づいてきた。
「ああ、君たちがキステリ校の子たちだね?
皆さんはもう義務を果たされたのかな?」
その言葉に、エリカが「はい」と頷く。
フエゴは何も言わずに軽く頭を下げただけだ。
「無事に帰って来れてよかったですね。私の時も死ぬかと思いましたよ」
その言葉に、エリカも苦笑いしていた。
まあ、あそこに入ったら、誰もがそう感じるから、共感できるよな。
「生贄役の灰塵たちも、私たちの役に立てたので本望でしょう。
……おっと、君が伝統を生き残った有名な灰塵《ダストですか?」
「はい……」
クソッ、やっぱり絡まれたか。
明らかに蔑んだ視線を向けられている。
「どうやって生き残ったんですか?」
「隠れていただけですよ。逃げ足は速いので」
「ふん、今回は逃げないでくださいね。
恨むなら、ラッドメイドの彼らを恨んでください」
「……どういう意味ですか?」
「今回ラッドメイド共和国から参加する真紅の弟、ハイジはとても残虐ですからね」
オーウェン学長も言ってたけど、そんなにやばいのか?
なんか不安になってきたぞ。
俺はアルに視線を向けると、『ハッ、楽しみじゃねえか』とバカにしたように笑われた。
こいつ、他人事だと思いやがって……
「まあまあ、危なくなったら、彼に犠牲になってもらいましょう」
そう言って代表団は笑い合っている。
……まあ、いい気分はしないけど、いつものことだ。
最近はエアハルトさんとか人格者と話すことが多かったから忘れてたけど、これが一般的な灰塵の扱いだ。
周囲にチラッと目を向けると、エリカとフエゴは笑わずに無表情だった。
エリカはなんとなくわかるけど、フエゴの表情はなんだろう?
ちょっとわからないな。
エアハルトさんは離れたところにいて、会話を聞いていないが、クリスフォードさんは目が笑っていなかった。
やっぱりこの人も灰塵に酷い扱いをしない人格者なのか?
エアハルトさんが慕っている様子を見ると、悪い人じゃないんだろうな。
そんなことを考えていたら、クリスフォードさんがこっちへ近づいてきた。
さすがにみんな背筋が伸びる。
ただ近寄ってくるだけでこの空気の変わりようはすごいな。
そう思っていたら、クリスフォードさんは俺たちの後ろにいるフエゴに近づいていった。
そうか、同じサンストーン家だからな。
小声で何か話しているが、フエゴは笑顔もない。
あんまり関係はよくないのか?
「車両がそろいました。みなさん向かいましょう」
現地の警備担当者が、大きめの声を上げた。
目の前には、白く艶がある車両が並んでいる。
エーテル結晶から黄色いエネルギー光が溢れていた。
皆ゾロゾロと各車両へ移動していく。
「私たちも行きましょう」
エリカが俺に声をかけたので、俺も頷く。
「君たちは仲が良さそうだね」
「……えっ?」
気がつくと、クリスフォードさんが俺とエリカの近くまで来ていた。
「さっき、君は彼のことを笑わなかったからね」
「え……いえ、人として当然です」
人として!?
俺が驚いた表情をして思わず振り向くと、エリカはん?という感じで一瞬笑顔でこっちを見た。
ああ、後で殺すって意味ですか……
「そうか」
クリスフォードさんはそう言って少し間をおいた。
少し気まずい。何を考えているんだろう?
「フエゴ君は同じサンストーン家ですよね。
彼も笑っていませんでしたよ?」
「いや、あれは余裕がないからだ。君とは違う」
クリスフォードさんはそう言って、車両に向かっているフエゴに視線を向けた。
「余裕?」
エリカは怪訝そうな顔で尋ねる。
「ああ、あの子は真紅にならなければならないと思っている。彼自身でね」
「それは、名門のサンストーン家だからですか?」
エリカが言葉を選ぶように、少し戸惑いながら聞いた。
「ああ、私の存在のせいでもある。
私の方が本来は分家の人間だったんだが、そのせいで彼は親からプレッシャーをかけられ続けている。
だから、真紅になるしか生きる道がないと思っているようだ」
「それは……つらいですね」
俺はそんな言葉しか言えなかった。
世界に3人しかいない真紅にならないといけないと言うこと。
それは、つらすぎるように思えた。
『テメェ、俺たちは世界で誰も倒してないシニガミを倒すんだぞ?』
はい、そうでした……
俺の考えを見透かしたように、アルが釘を刺した。
シニガミを倒すよりは、さすがに現実的ではあるか。
だけど、なんだかんだ言って、俺にはアルがついている。
フエゴは家からもプレッシャーをかけられているなら…………誰か頼れる人はいるのだろうか?
俺はオレンジ色の髪が目立つ、フエゴの後ろ姿を見ながら、そんなことを考えていた。
気がつくと、皆それぞれ、案内された車両に乗り始めている。
クリスフォードさんは、俺たちから離れて、特殊な車両に案内されていった。
俺も急いで最後の車両に乗ろうとしたら、代表団の一人に手で止められた。
「おっと、君は歩いてきてくれないかな?
残念だけど座席に限りがあってね」
クソッ、また嫌がらせかよ!
先に車両に乗り込んだエリカが、焦ってこちらを振り向いているが、俺はそれを手で制して歩き始めた。
少し疲れるけど仕方がない。
俺は歩いて行くか。
街も見れるし、まあいいかな。




