第81話 出発前の食堂
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学長室で話が終わった日の夜、俺は食堂で夕食をとっていた。
いつも通り、セドも一緒だ。
デネスの街で行われる会合の護衛に行くと伝えたら、セドは驚いた声をあげた。
「えっ、お前またエリカさんと旅に出るのか!?」
「バカっ、お前話聞いてたのか!?」
俺は慌ててセドの口を塞ぐ。
宿舎棟の食堂は周りに人が多い。
誰かに聞かれたらどうするんだ。
「わ、わりい。思わず……」
セドは周りを見ながら、小さな声で告げた。
「ほんとお前は、何でそんなどうでもいい事にばっかり気が向くんだよ」
俺はため息をつきながら答えた。
気にするべきなのはそんなとこじゃないだろ。
「何がどうでもいいことなの?」
覚えのある声を聞いて、俺は青ざめる。
俺の肩に後ろから手が置かれ、ギリギリと肩が潰されている。
「え、エリカさん、俺は何も言ってないぞ!」
セドは一瞬で自己保身に走った。
「っ! 何でいつも後ろから来るんだよ!
やっぱりストーカーじゃねえか!」
「はぁっ!? アンタがいつも、こっちばっか見てくるからでしょ!?」
「そりゃ警戒するだろ、こんな危険人物!」
「誰が危険なのよ!
変なこと言わないでよ、他の人に勘違いされるじゃない!」
くっ……やっぱり気にするのはそこかよ。
「はいはい、わかったから早く食べましょう」
エリカの横にいたアザカが、呆れた様子でセドの隣に座った。
「エリカさんって意外と怖い?」
俺たちが言い争ってるのを見たセドが、アザカに問いかけた。
「普通に怖いでしょ」
アザカが何でもないように言う。
「はぁ!? ちょっと、もうちょっとあっち行って」
エリカがキレながら、俺の隣に座った。
さすがに周囲からはヒソヒソとした声と視線を感じる。
この前の集落からの帰りも4人だったから、もう違和感がないけど、白金のエリカと灰塵の俺がいるグループなんて普通あり得ないからな。
しかも、エリカの態度は普段と違う。
少し考え方を変えたのか?
「ヒツギくん、成績凄かったね。
白金のエリカより上なんて、徴用校の歴史に残るんじゃない?」
アザカがさっそく成績について聞いてきた。
まあ、気になるよな。
「うーん。あんまり役に立たたなかったはずだけど、たまたまバレッタさんが成果をくれたみたいで……運が良かったんだよ」
「バレッタさんってあの白銀の女神でしょ?
でも成績を見た時に、エリカが悔しがってもなかったから、ぐうの音も出ないくらい負けたって思ってるはずだよ」
「ちょっと何言ってるの!?
まだわたしは負けを認めてないわよ!?」
「へぇ、鉱脈探索ではエリカの方が貢献できたの?」
「くっ…………!」
アザカに問い詰められたエリカはガクッと顔を伏せた。
「変なところ素直なんだよね、この子」
アザカはエリカの頭をぽんぽんと叩いた。
すごいな。たぶんアザカ以外こんなことできないぞ……
「それで、次も二人は同じ任務なの?」
アザカが話題を変えるように、俺にたずねた。
「俺はそう聞いたけど、そっちはエアハルトさんからなんか言われてないのか?」
「……護衛メンバーにいるとは聞いていたわ。
まあ、もともと予想してたけど」
ため息をついたエリカが嫌そうに答えた。
おい、ため息をつきたいのは俺だぞ。
「あの察知能力だもんね。
私も見てなかったら信じられなかったけど、そりゃあ信頼されるよね」
アザカも俺が選ばれたことには納得しているみたいだ。実際はまた生け贄みたいなものなんだけどな。
「主要国の会談、今年はデネスの街でしょ?
確か、鋼王の通過ルートだね。
いろんな出店も出てるんじゃない?
「あー、今年はそんな年だっけ?
いいなぁ、俺も行きてえ……
次見れる時はおっさんじゃねえか」
アザカとセドは羨ましそうだ。
『テメェら、まだアレに浮かれてやがんのか。
おめでたい奴らだな』
アルが呆れたように呟いた。
確か、鋼王は16年に一度、西の未踏領域「悠久の荒野」から、東の未踏領域の先へ飛んでいく巨大な飛行生物だ。
エーテル燃焼のエネルギーを纏っていないにも関わらず、あまりにも硬いから鋼王と呼ばれている。
当然俺は見たことがないが、下から見ると軌跡がとても綺麗らしい。
だから、鋼王が通過する真下の街では、お祭りのような雰囲気になると聞いていた。
何処で生まれてどこに向かっているのかとか、色々わからないらしいが、今まで例外なく16年毎に発生しているイベントらしい。
「そう思うなら来てくれよ。
灰塵は目立つからな。
俺はどんな目に合うか……」
「……まあ、そうだよな」
セドが背もたれに寄りかかり、天井を見上げながら呟いた。
「まあいいよ、受けたのは俺だし。
自己責任だな」
「自己責任……ねぇ」
セドは腕を組んで、首を捻っていた。
「エリカがいるだけいいじゃない。
近くにいれば、露骨に差別はされないかもよ?」
アザカが軽く笑いながら言う。
「うーん。いないよりはマシ……か?」
「あ、アンタねえ……喧嘩売ってるの?」
エリカは震えながら顔を引き攣らせていた。
結局、その後はくだらない話をして宿舎棟へ帰ったが、「はぁ、わたしたちも頑張らなきゃなぁ……」と別れ際に呟いたアザカの言葉は、なぜか少し耳に残っていた。




