表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/103

第75話 エリカとアザカ



 セド達が集落の役場に戻ったのは、夕方の日が暮れ始めた頃だった。


 村の代表は、戻って来たエリカを見て安堵のあまり座り込んでしまった。


 エリカは休むようにと役場の2階に押し込められ、気が付けば個室のベットに倒れていた。


 ……自分のせいで、彼を死なせてしまった


 そんな考えに押しつぶされそうになる。


 自分が彼の話を聞かずに罠にはまったのに、助けに来た彼を殺してしまった。


 それでも、彼は灰塵ダストであり、世間はエリカの事を責めないだろう。

 エリカはそんなことを考えている自分にも嫌気がさした。


 彼は必ず戻ると言っていたが、あの状況から生き残れるとは思えなかった。


 壁が崩れていたので、埋もれて死んでいる可能性も高い。


 しかも下には強力なエーテル燃焼体がいた。

 輝くような白金色の粒子が、エリカの近くでも感じられるほどの強さだ。


 彼が未踏領域で二度も生き残ったのは事実だが、とても生き残る方法が残されているとは思えなかった。


 頭には色々なことが浮かび上がり、夢と現実の狭間を彷徨い続ける。




 ……どれくらい時間が経っただろう。

 天井を見つめながらエリカは呆然と考えた。


 気がつくと部屋は真っ暗で、窓の外にも光は見えなかった。

 おそらく、色々と考えているうちに眠ってしまった。


 人を殺しておいても、すやすや眠れるのね……


 エリカは自分に対して失望にも近い気持ちを感じて失笑する。


 ベットから起き上がる気にもならず、時間だけが過ぎていく。


「なんで……」


 自然に声が漏れる。


 なんで生き残ったんだろう……


 その答えは考えるまでもなかった。


 あの男に生かされたのだ。


 エリカ自身が突き放したにも関わらず、あの危険な場所まで助けに来たヒツギに生かされた。


 何で自分を犠牲にしてまで助けてくれたのだろう?


 あの時エリカを手放して落とせば、彼自身は助かったのではないだろうか?


 だが、彼はエリカだけを助け、自分は犠牲になることを選んだ。


 彼は必ず戻ると言っていた。

 力を持たない灰塵ダストに、あの状況を生き残ることなんて出来るわけないのに。


 いや、彼はただの灰塵ダストではない。

 数百年の伝統を、ただ一人生き残った灰塵ダストだ。


 どうやって手に入れたかわからないが、驚異的な気配察知能力も持っている。


 だが……その力もあの状況では役に立たないだろう。

 エリカはいくら考えても、ヒツギが生きているとは思えなかった。


 同じような考えがグルグルと回る中で、ふとエリカは思い出した。


 そういえば、昨日までは私も自分が絶対死ぬと思ってたっけ……

 

 地面の下、真っ暗なエーテル燃焼体の巣の中で彷徨っていた時は、自分が生きて帰れるとはとても思えなかった。


 でも、エリカは生きている。


 ヒツギがいなければ生きて帰ることはできなかったが、別に彼が蜘蛛のようなエーテル燃焼体を倒したわけではない。


 ヒツギはエーテル燃焼体の弱点を探り、隙を作り出した。だが、実際に倒したのはエリカだ。


 彼は、必ず生きて帰るって言っていた。


 私は今でもそんな想像はできない……


 でも、もし生きて帰ったら……


 私は自分の問題を片付けておく必要があるわね。


 エリカは痛む体を無視して、ベットから起き上がった。



----


 エリカが役場の1階に降りると、アザカが一人で簡素な椅子に座っていた。


「……起きたんだ。体は大丈夫?」


 階段を降りてきたエリカに目を向けて、小さな声で告げる。


「私はどれくらい寝てた?

 他の人は?」


 エリカの問いに、アザカは近くの戸棚から青いグラスを取り出しながら口を開く。


「セド君は街に向かってるわ。徴用校にあなたの無事と、状況を報告するために。

 あと、寝てたのは半日程度。まだ夜だから寝てたら?」


 アザカは淡々と状況を告げる。


「彼は……帰ってないのね?」


 エリカの問いに、アザカは黙って頷いた。


 アザカは机に置かれた水さしからグラスに水を入れると、エリカの前に差し出した。


「ありがとう」


 アザカは質素な木の椅子に再び座った。


 エリカは立ったまま水を受け取り、少し水を口に含んだ。


 そのまま二人とも無言で時間が過ぎていく。


 どことなく居心地の悪さを感じながら、お互い視線を合わせなかった。


 だが少し時間が経ってから、エリカは水を一気に飲み干して口を開いた。


「なんで来てくれたの?」


「……ただ彼に誘われただけよ。たまには遠くに来てもいいかなって」


「そう。じゃあ今度から私も誘おうかな」


 エリカがあっけらかんと告げると、アザカの目が鋭くなった。


「……本気で言ってるの?」


 下から睨みつけるようにアザカがエリカを見る。


 エリカは、さあ?と言った様子で挑発したように笑い、首を傾けた。


「っ!白金パールだよ!?

 もう全然立場が違うんだよ!?」


 アザカは立ち上がり、机に強く手をついて声を荒げた。


「まあ、そうかもね」


「じゃあ、なんでそんなこと言うの!?」


 アザカはそう言うと、少し息を落ち着けてから続けた。


「これはきっと何度もあることだよ。

 人生のステージが変わったの。

 エリカには新しい仲間が、私にも新しい仲間ができるはずだよ」


 エリカはじっとアザカに視線を向けたまま、言葉を聞く。


「きっと会わなくなると、そうなるでしょうね。でも、私はアザカとは一生の仲でいたいと思ってる」


 エリカの言葉に、アザカは首を振った。


「あなたにわたしの辛さがわかる!?

 たくさんの言葉を受けてきた!

『何であの子がとなりに居るの?』

『立場が変わったのに可哀想に』

……ねえ、こんな情けないこと言いたくないよ。

自分が嫌になる。辛いよ……」


 うつむき震えているアザカの言葉は、痛いほどエリカにも突き刺さった。


 でも、ここで引いたら二度とアザカは戻ってこない。

 エリカは直感でそう感じていた。


「……あなたにだって、私の辛さがわかるの?

 誰も信じることができない。仲間は離れていく。

 努力した結果、こんな悲しい思いをしている私の辛さが。

だから……」


 覚悟したように、エリカは口を開く。


「そんなことで、辛そうにしているアザカがムカつくの!!」


 その言葉を聞き、アザカは信じられないといった表情で目の前のエリカを見つめた。


 今日初めてまともに二人の視線が合った。


「そ、そんなことって!!私の話聞いてた!?」


「ああ、そうだったわね。

あなたにとってその事は大事だったみたい。

あなたの中で私の存在はそれ以下なんでしょう?」


「そっ、……クッッ!」


 アザカは言葉につまり、思わず視線を落とした。


「何で言い切らないのよ、

そうよ!……って言いなさいよ!」


 エリカはアザカの肩を掴み、無理矢理目を合わせて揺さぶった。


「っこの……!!

 どうしろって言うのよ!

 わたしが辛い状況に耐えて、今まで通りあなたと仲良くしろってこと?」




「そうよ」




「っ!! 周りから何を言われても、気にせずにいろと!?」




「そうよ」




「っ!! これは……私が悪いって言うの!?」





「そうよ」



「っこの!!くたばれ!!

どこまで傲慢なのよッ!?エリカ様!!」


 アザカは立ち上がり、エリカの胸ぐらを掴む。

 あまりの怒りで、その手は震えていた。


 それを見て、エリカは笑いながら口を開いた。


「ふっ、はは!

 アザカこそ、何でそんなに自分がダメなことに自信があるのよ?」


「そんなの、この色だけでわかるでしょ!?

わたしの成績知ってるでしょ!?」


 アザカは、自分の首につけられた黄色いチャージリングを掴みながら告げる。


「それだけ?」


「これが全てじゃない!!この世界は!!」


「確か黒硫黄サルファ下位でも、商人としてお金を稼げてる人、いるわよね」


「そんな例外……!!」


「彼らのことはあなたにもわからないでしょう?

 それにっ! あなたが言ってるのは今の時点のことでしょ?

 まだわからないじゃない。あなたの人生!!」


「いや、わかるよ!

エリカみたいにはなれないよ!」


「私になれないのは当たり前でしょ。

 でも、まだ途中じゃない。

 あなたの人生も、私の人生も!」


 少しの間をおいて、エリカは続けた。


「あなたが私を避けるのは、自分の可能性をカケラも信じてないからでしょ!?

 そんなことのために、切り捨てられてたまるかっての!!」


「ッでも、みんなそうしゃない!

あなたみたいになれる人は一握りで……」


「そんなの、私のこと全て知ってるわけじゃないでしょ!

 今までどんな人生だったのか、どんなことに悩んできたか!」


「それは、私だって……」


「うるさいわね。灰塵ダストの彼……シニガミを倒すって言ってたじゃない」


「……は?なに?」


「世界の常識がずっと続くとは限らないでしょ。変わるかもしれないじゃない」


「結局帰ってこれなかったじゃない!

 白金パールのあなたと違って!!」


 言った直後にアザカは顔を歪める。

 だが、エリカの目は全く揺らいでいなかった。


「私は……きっと彼は生きて帰ってくると思ってる」


「無理でしょ!!

 そりゃ伝統は生き残ったかもしれないけど、白金パールの危険体と生き埋めでどうやって助かるのよ!!」


「……ふーん。自分に自信はないくせに、自分の想像は信じるのね」


「……だから何?」


「いいえ? でももし、シニガミが倒されて世界の常識が変わったりしたら、今嘆いているだけのあなたは色々無駄にしてる気がしてね」


「はっ、そんなあり得ない話してもしょうがないわ」


「じゃあ彼が帰ってきたら、アザカの妄想より私の考えが正しかったって事でいいわね?」


「……そんなことありえないと思うけどね」


 アザカはそう吐き捨てると、エリカの胸ぐらを掴んでいた手を離した。


 エリカ自身、ヒツギが生き残れるとは考えていなかったが、思わず口に出してしまった。


(これでダメなら、もうアザカと距離を縮めるチャンスはないでしょうね……

 でも……今やれるだけの事はやったわ)


 --どんな結果であれ、出来ることをした。


 エリカは自分にそう言い聞かせ、拳を強く握りしめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ