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第72話 二人の戦い

 エリカの体力が回復するのを待って、俺たちは動き始めた。

 ここは迷路のように細い道が続いている。


 人間二人が並んで歩くのがやっとだ。

 持って来た小さな灯りを頼りに進む。


 こんなところに一人で何日もいたら、そりゃ泣きたくなるか……


 俺も未踏領域に放り込まれたとき、不安で自然に泣きそうになった。

 エリカも本当に心細かったのだろう。


「……なに?

 道に迷ったとか言わないでしょうね?」


 隣を歩くエリカの整った横顔を見ていたら、怪訝な顔をされた。


「そんなわけないだろ。ほら、分岐には全部印をつけてある」


 俺が持っている小さな灯りで壁を照らすと、小さな二本線が見える。


「へえ。思ったより頭使えたのね」


 エリカが真面目な表情で呟いた。


「どういう意味だよ……」


 まあ、未踏領域でアルに『テメェの頭じゃ覚えておけるわけねーだろ』と言われたことから始まったのは事実だが。


「それより、もうすぐ着くぞ。

 あの白金パールの危険体もいる」


「……相変わらずの察知能力ね」


 あと数分であの広い空間が見えてくるはずだ。

 すでに白金パールの気配を感じている。


「作戦通り行くわよ。

 本当に大丈夫よね?」


「ああ、俺がまず引きつける。

 エーテル燃焼を止めて、背後に回り込んでくれ」


 俺たちが立てた作戦は、セオリー通り俺が囮になる方法だった。

 そのために、エリカには可能な限り気配を消して背後に回り込んでもらわないといけない。


「もし失敗したら、全力で撤退してくれ。

 俺は隠れたり逃げたりは得意だから、一人なら気配を消して隠れられると思う」


「……わかった」


 俺の言葉に、エリカは静かに頷いた。

 これなら、失敗しても俺が引きつけて最悪倒す事もできる。


 これでいいよな?

 アルが寝ているから不安だけど、もう自分を信じてやるしかない。


 コツコツと光沢のある地面を歩き続けると、狭い通路の出口が見えて来る。


「あそこがあの空間への入り口だ。俺が先に行くから、エーテル燃焼は止めておいてくれ」


 俺の言葉にエリカは緊張した表情で静かに頷いた。


 わざと少し足音を立てながら、広い空間へと向かう。

 白金パールの燃焼体は、出口の右の方向にいるようだ。

 おそらく、壁にへばりついている。


「奴は右側の壁に貼り付いてる。

 俺は左側に進むから、背後を取ってくれ」


 エリカが緊張した表情で頷いた。


 俺は左胸の燃焼器官で、灰塵ダストの燃焼を開始する。

 そして、一人で広い空間に出て左側へ進んだ。

 これで奴が追ってくれば、エリカが背後に回り込める。


 奴の気配は……

 よし、食いついた! 

 燃焼を抑えているが、白金パールの気配がゆっくりとこっちを追って来ている。


 音はほとんど聞こえない。

 エリカから見えやすいように、あえて少し中央よりに向きを変えて進む。


 直後に奴が速度を上げた。

 完全に舐められてるな。壁から地面に降りている。

 真後ろから襲うようだ。


 エリカも動いた。奴の姿が見えたようだ。


 それにしても、あいつすごいな。

 一瞬、動いたことに気がつかなかった。


 そう言えば鉱脈探索の時も、長時間の斥候とかが得意? と言っていた気がする。


 これなら、ギリギリまで背後から近づけるかもしれない。


 俺は少しだけ速度を上げて、後ろから追って来る危険体を引きつけた。


 奴も速度を上げた。

 もう後ろの音が聞こえるくらいの距離に迫っている。

 今しかない、頼むぞ……!


 俺が願うのとほぼ同時に、背後で白金パールの気配が跳ね上がる。


「ハァァッッ!!」


 エリカの息を吐くような声と共に、甲高い音が周囲に響く。


「クッ……!」


 振り返ると、エリカが細い剣を握ったまま、後ろに飛んで下がる姿が見えた。


 すぐ目の前に、白金色のエネルギーを纏った黒い脚が8本並んでいる。

 巨大な蜘蛛のようなエーテル燃焼体だ。


「ちょっと!! 全然硬いじゃないの!!」


 エリカの非難するような声が響く。


 失敗した!?

 盾のような部分の方が脆く感じたけど、やっぱり俺の気のせいだったのか……!?


「クソッ……悪い! 撤退してくれ!」


 もうこうなってしまったら俺が倒すしかない!

 エリカをまずは避難させないと……


「……嫌よ!!」


 エリカはハッキリとした口調で叫ぶように言った。


「はぁ!? お前なんで……俺だけなら逃げ切れるんだって!」


「この状態でそんなの信じられるわけないでしょ!!」


「いや、信じろよ!! 俺は……」


 エリカは白金色のエネルギーを纏い、横に飛ぶようにして攻撃をかわす。


「あんたが逃げなさいよ!!」


 エリカがまた叫ぶように言うが、俺もそんなことできない。


 脚の長さだけで、俺たちの背丈を超えるほど巨大なエーテル燃焼体だ。

 攻撃を受ければエリカでも致命的だろう。


 おそらく、エリカが生き残れるかは五分五分だ。


 クソッ、ここで俺が倒すしかないのか?

 右胸の力は見せたくなかったけど……


 さっきまで震えていたエリカが、まさか逃げないとは思わなかった。


 だが、ふと脳裏に「世間が怖い」と言っていたエリカの表情が蘇る。


 ……っ! 俺はバカか!?


 あいつの手が震えていたのは、たぶんこの白金パールのエーテル燃焼体が怖かったからだけじゃない。


 あいつは自分のことを話してくれたのに、俺はまた読み違えた……!


 エリカが白金色を纏った黒い脚に弾き飛ばされ、地面を転がった。


 ダメだ、もう俺が倒すしかない……!


 たぶん白金パールの力はバレるけど、後で言いくるめるしかないな。


 だが、なにか違和感を感じて止まった。

 俺は何かを見逃してるのか……?


 いや、特に周りには気配を感じられない。


 ここにいるのは、白金パールの気配を纏う危険体とエリカ、あとは俺だけだ。


 じっと、エーテル燃焼体を見ていて気がついた。

 纏っているエーテル燃焼の力が、体の表面には感じられなくなっている……?

 何でだ?


「クッ……!!」


 エリカが立ち上がり、細身の剣を、危険体に突き立てる。

 奴が掲げる、盾のような分厚く丸い部分を避けて、体の隙間に攻撃したが、カンッと甲高い音を立てて剣が弾かれた。


 まさか……


 奴の気配を集中して探ると、纏っている気配が微かに動いた。

 盾のような部分を含む体の表面へ、白金パールのエネルギーが集まってきた。


 エリカが距離を取るように放った大振りの一撃が、集まったエネルギーに弾かれる。


 ほぼ同時に、カウンターのような脚の一振りがエリカを襲い、頬をかすった。


「何やってんの!!

 あんた早く逃げ……」


「フェイントを入れろ!!

 コイツは纏うエネルギーの位置を変えてる!!」


 エリカが頬の血を拭いながら上げた声に、俺は被せるようにして叫んだ。


「っ……!!」


 エリカは一瞬、俺の言った言葉を理解しようとして固まったが、即座に意味を理解したようだ。


 剣に纏わせていた白金色のエネルギーが、エリカの脚にも集まった。


 エリカの移動速度が上がる。


 ぶつかる様に襲ってくる巨体をかわし、斜め下から盾のような部分の隙間へ剣を突き上げる……ように見せかけ、体を一回転させた。


「ハァァッッ!!」


 そして、奴の体表へ思いっきり剣を叩きつける。


 パキッ……と、今までの甲高い音と異なる何かが破れるような音が周囲に響いた。


 8本の脚が、バタバタとふらつきながら後ずさる。


 見るからに硬そうな奴の盾が、ボロボロと崩れていく。


「効いた!! いける!!」


 エリカの目に希望の光が蘇った。


 後ずさるエーテル燃焼体へ向けて、エリカが距離を詰める。


 エリカがおそらく最後の力を振り絞り、エーテル燃焼温度を上げた。


 フェイントを何度か入れるが、前を遮るように動く脚に阻まれているようだ。


 これでは、ほとんど攻撃を当てられる場所が限られてしまう。


 俺は後ろに回り込み、灰塵ダストのエーテル燃焼を付与した小刀で思いっきり殴りつけた。


 この攻撃が通るなんて思ってない。

 だが、奴は俺の事を認識して一瞬だけ脚の動きが鈍った。

 エリカなら、その隙を見逃さないだろう。


「ハァァァッッッ!!」


 エリカが声を上げ、思いっきり剣を振り下ろす。

 だが、その軌道は途中で止まり、沈み込むような体制から奴の装甲の隙間に、細身の剣を突き刺した。


 エーテル燃焼体の動きがピタッと止まり、燃焼が止まる。

 残り香のような弱々しい白金色の光を放ちながら、ゆっくりと沈み込むようにその身体が地面に倒れ込んだ。


 やった……!


 エリカが息を整える音だけが、広い空間に響いていた。


 完全にエーテル燃焼体の活動が止まったみたいだ。


「うそ……絶対、倒せないと思ったのに……」


 息を乱しながら、呆然とエリカが呟く。


 エリカはまだ信じられないのか、じっとエーテル燃焼体を見続けていたが、ふっと笑った。


「ふふっ、あんまり私の想像力も当てにならないものね」


 ほんと、一時はどうなることかと思ったけど、なんとか倒せたな。


 あとはここから脱出するだけだから、何とかなるだろう。


 たぶん助けは来ないから自力で脱出しないといけないな……

 勝ったとはいえ、エリカは満身創痍でぼろぼろだ。


 でも、なぜか見惚れるほど魅力的に見えるのはなぜだろう?

 俺はエリカの横顔を見ながら、そんなことを考えていた。


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