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第70話 エリカの本音

 エリカを見つけることができたのは、村で徴用校に連絡を頼んでから3日目のことだった。


 大変だった……本当に大変だった。


 夜に山に入ってからしばらく探していたけど、全く痕跡がなかったのだ。

 水や食糧を補充しに、何度か村に戻った。


 探索2日目、俺はもう一度エリカが消えたあたりを探していた。

 すると、地面から微かにエーテル燃焼の気配を察知できた。


 最初は地面の下から襲って来るエーテル燃焼体かと思ったが、かなり位置が低いのが気になった。


 それから山の中腹に洞窟か何かの入り口があるのかと思って探し回ったが、結局何も見つける事ができなかった。


 最後にダメ元で地面に向けてエネルギーを叩きつけてみたら、やっと地下の空洞を見つけることができたのだ。


「うっ……くっ……」


 え……!? な、泣いてる?

 あのエリカが!? どうしよう!?


 思わずアルに視線を向けたが、『テメェが考えろ。クソガキが』と、突き放されてしまった。


「あ……み、水と食糧持ってきた!」


 なんで言えばいいか分からず、とりあえず背負っている支給品のリュックから水を出した。


 エリカはこちらを見ないで、俯いたままだったが、受け取ると勢いよく飲み始める。


「うっ……ケホっ……」


「だ、大丈夫か……!?」


「…………うん」


 エリカは服の袖で目の周りを拭きながら、小さな声で答えた。

 俺に泣き顔なんて見られたくはなかっただろうな。


「え、えーと、大丈夫だ!

 俺も未踏領域で、何度も泣いたから!」


 場を和ませるために言ってみた。

 蹴っ飛ばされるかもしれないと思って体を固める。


 だが、何もせずにエリカは頷くだけだった。

 な、なんかしおらしいな。

 本当に大丈夫か逆に不安になる。


 しばらく無言だったが、少し落ち着いたのかエリカが口を開いた。


「なんで……なんで助けに来たの?

 私、あなたにずっと冷たくあたっていたでしょ?

 しかも最後は酷いことを言って……」


 座って膝を抱いたまま、途切れ途切れに言葉をつないでいた。


灰塵ダストの俺だけが生きて帰っても、酷い目に遭うからな」


「……そう、ごめんなさい」


 そう言って、また顔を伏せてしまった。

 やばい、今のエリカは落ち込みやすいみたいだ。


「そ、それに、ここで助けておけば成績が上がって石も確保できるし、シニガミを一緒に倒してくれるかもしれないし、一石二鳥だろ!」


「……誰が一緒にシニガミを倒すの?」


「え? エリカさんが」


「ふっ、ふふっほんと……バカじゃないの?」


 そう言いながらも、軽く笑っていた。


 よかった……

 やっといつもの調子に戻ってきた。


「あと申し訳ないんだけど、来たのは俺だけなんだ。

 キステリの徴用校に連絡は入れたけど、救援部隊が来るにはまだ何日かかかると思う。

 ここを見つけられるのかも分からない」


「そう……」


 がっかりさせるかと思ったけど、エリカは思ったよりも反応を示さなかった。


 とりあえず、俺は持ってきた道具で小さな火をつける。

 ここは寒いし、エーテル燃焼を続けるのは疲れたはずだ。


 エリカの様子を伺うと、身体中傷だらけでやつれていた。

 だが、歩くことはできそうに見えた。


 小さな火の前に、二人無言で隣り合って座る。

 エリカに何があったのか聞きたかったけど、まずは落ちつく必要があるな。


「少し休んだら、これからどうするか考えよう。

 脱出する方法はわかってるか?」


 わかってたらこんなところで絶望していないだろうなと思いつつ、一応聞いてみる。


「……蜘蛛みたいなエーテル燃焼体は見た?」


「ああ、一体だけ白金パールもいるだろう?」


 ここに落ちて来たときに、燃焼気配を察知した。

 なんで未踏領域でもないこんな場所に白金パールがいるんだと思ってけど、地下だから見つからなかったのか。


「……ここを出るにはあの白金パールを倒すのが必須。

 でも、あのエーテル燃焼体はたぶん白金パールⅢ超えてる」


 見立てはあってると思う。

 あれを放置して上まで登るのは無理だからな。


「私の攻撃では傷をつけられない。

 こんなのがいるなんて、考えてもいなかった。

 しかも、衝撃も受けないみたいで、ノーモーションでカウンターがくる。水や食糧も私は尽きたし、次足に傷を負ったら、もう……」


 そう言ってエリカは顔を伏せた。

 もう生き残る方法はないとあきらめているみたいだ。

 だから俺が来た時も泣いていたんだろうな。


 しばらく無言で時間が過ぎる。


 さて、どうするか。

 今のうちに俺が倒してくればいいんだが、あまりに不自然だ。



「なあ、伝統で俺は死ぬと思ったんだろ?」


「え、ええ……」


 突然の話に、エリカは戸惑いながらもうなずいた。


「でも、結局生きてるわけで。

 今回も生き残るかもしれないだろ?」


「……どうやって?

 全然想像がつかない」


 エリカはあり得ないという様子で首を振っている。


「まあ、白金パールにたどり着いたエリートだもんな。

 そりゃ、いつも思い通りに……

 いや、ちがうな。ごめん」


 言いかけてから、ハッとして謝る。

 俺はバカだな……


「……何が違うの?」


 エリカが静かな声で答えた。


「実は俺、山でエリカさんが一人で進んで行った時、もう知らねえ、ほっとこうって思ったんだ」


 エリカは無言で聞いているので、そのまま続ける。


「だけど、俺も最初に会った時、似たようなこと言っただろ? 白金パールで何も悩みなんてないくせにって。

 だから、まあ……俺も同じ事を言ってたなって思ったんだ」


「それは私も同じね。

貴方に怒っておきながら、同じことを言ったわ」


 きっとエリカにとって、俺のあの一言は許せないものだったのだろう。

 理由は今の俺には分からないから、なぜかは分からないけど。


 『直接聞けばいいじゃねえか』という、アルの言葉が脳裏に蘇った。


「俺はきっと、まだ何も知らない。

 だから……もっとエリカさんのことを教えてくれないか?

 きっとエリカさんも、思い通りにいかないことや悩んできたことがあるんだろ?

 あの子、アザカさんとの事とかもきっと……」


 前から気になっていたアザカとの事を思い出して、話題に出した。


 ……まずい話題だったか?

 少しの間沈黙が流れる。


 エリカはしばらくしてため息をついた。


「はぁ、なんであんたなんかに……まあ、どうせ死ぬから、もうどうでもいいか」


 話し出したエリカに、俺は無言で続きを促す。


「よく私は優しいって言われるでしょ?」


 表向きはな、と心の中で呟きながら俺は頷いた。


「私は優しいのではなく、怯えているだけ。

 世間が……怖いのよ」


 震える声で紡がれる言葉から、俺はエリカが話そうとしていることが、紛れもない本心であると感じた。


「小さな頃、家の近くで男の人が迫害されているのを見たわ。首のチャージリングが灰色だったから……

 子供にさえ石を投げられて……どこにでもある風景でしょう?

 だけど、自分は止めるのではなく、見てみぬふり。

 ただただ怖くて、あの灰塵ダストの人のようにはなりたくないとだけ願った」


 ああ、ごめんなさいね。でも、事実なの。

 と少し申し訳なさそうにエリカは言う。


「あの灰塵ダストの人みたいになりたくない一心で、今まで努力をしてきた。

 アザカと出会ったのは、徴用校に入ってすぐの頃。

 当時はまだ黒硫黄サルファにたどり着いていなかったおとなしい子が、バカにされている場面に遭遇したわ。

 私はもう黒硫黄サルファの中位だったけど、その時何も言えず固まってしまったの。

 でも、近くにいたあの子……アザカが真っ先に声を上げて止めた。

 アザカもまだ黒硫黄サルファにたどり着いてなくて、不安はあったはずなのに。

 そのおかげで、その子はいじめられずに済んだ。その時のアザカが、かっこよくてね……」


 その光景を思い出したのか、エリカは少し表情を緩めた。


「彼女みたいになりたいと、本気で思った。

 それから私は彼女に話しかけて仲良くなった。

 世間向けの外面でなく、本音で話せたのはアザカだけだった。

 唯一の親友だと思ってた。

 だけど……私が白金パールになったから疎遠になった」


 エリカは首の白金色のチャージリングに触れながら続ける。


「アザカの燃焼レベルはかろうじて黒硫黄サルファに到達した程度だったから、世間からの扱いが変わってしまったの。

 なんで白金パールのとなりに、ギリギリ黒硫黄サルファレベルの奴がいるんだって」


「そんな……」


『てめえも逆だが、経験はあんだろ』


 呆然とした俺に、アルが横から口を出した。

 世間からの扱い……確かに俺は逆の意味で味わったことがあったな。


 仲が良かった仲間もいたけど、俺がダストのままだったから疎遠になった。


「私は世間の怖さを知っていたはずなのに、私の隣に居ることで、アザカがどんな目で見られるかを考えていなかった。

 アザカは、私から離れていった」


 エリカの話を聞いて、今までの二人のやり取りが、何故かぎこちなかった理由がやっとわかった。

 俺はなんで声をかけたらいいのか分からず、ただ黙っていることしかできない。


「今ではエーテル燃焼レベルが高い人たちが、私のこの色を見て寄ってきてる。

 私が本音で話せる人はもういないのに……

 まあ、どっちにしろ手遅れね。

 こんな話をしても」


 エリカは、はっと虚しく笑って頭に手を当てる。

 やっぱり俺はバカだな……


「……悪かった。

 俺は優秀成績者として選ばれたエリカさんを見た時、こんな完璧なやつに、悩みなんて何もないと思った。

 でも、何も知らないまま勝手に決めつけてんだな。

 そりゃ怒るか……」



「ほんと、こんなやつに素顔がバレるなんて……最悪」


 おい、こんなやつで悪かったな。


「……アザカさんに言いたいことか残ってるんじゃないか?」


「……もうなんて言えばいいかわからない。こんな状況じゃどっちにしろ手遅れよ」


「さっきも言ったけど、俺が未踏領域から生きて帰ってくるなんて、思っても見なかっただろ?

 俺も、人生終わったと思った。

 でも生き残って、こんなところでアンタと話してる。

 だから……たぶん俺たちが勝手に想像して、絶望してる先の未来なんて、意外と当たらないことも多いんじゃないかって思うんだ」


「それは……」


 俺が言うと説得力あるだろ?と笑って見せた。


「だから、アザカとの仲が手遅れかどうかなんてまだわからない。

 まずは今を生き残ることを全力で目指さないか?」


「そうだとして、生きてここを出る未来が想像できないんだけど?

 私の力だとあのパールの燃焼体を倒せない。

 助けが来るまで生き残るのは絶望的……どうするの?」


「それは……今から二人で話し合おう!」


「……はあ。ほんと、バカじゃないの?」


 エリカの言葉が、周囲に響いた。


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