第7話 エーテル燃焼
「フゥ……」
俺は息を整え、大気中に充満しているエーテルを体内に取り込む。
次に、取り込んだエーテルを右胸にあると思われる燃焼器官で燃やし、エネルギーに変換し始めた。
……これが難しい。
燃焼器官でエネルギーの密度を上げるには、エーテルの流れや、タイミングが大切になる。
「クッ……!」
俺の全身から、弱々しい灰色の光がうっすらと放出された。
『違う。もう一回やってやるから、感覚を正確に覚えろ』
夜が明けた後、すぐに受け継いだ燃焼器官を使う訓練が始まった。
未踏領域で鉱脈探索を義務付けられた期間は30日間。
あと29日はここで生き残る必要があるわけだ。
水と食料は、もう今日の分くらいしか残っていない。
だが、水を探しに行く前に、エーテル燃焼を試しておけと言われ、訓練をすることになった。
この人は俺の右胸の燃焼器官を自在に操ることができるようだ。
だが、俺はまだうまく使うことができない。
今まで左胸にある自分の燃焼器官を使うときは、一定以上に出力を上げようとすると逆にエネルギーが落ちてしまう感覚があった。
新たな右胸の燃焼器官ではその現象は起こらないので、確かな進歩は感じているが……
黒硫黄のエネルギーすら生み出すことができない。
やはり、燃焼の技術、コツのようなものが必要なのか……
『おい。燃焼器官だけじゃねえ。全身のエーテルの流れを常に感じ取れ』
目の前の幻影が、俺の右胸の燃焼器官をゆっくりと動かし始めた。
俺は目を閉じて、燃焼器官だけではなく全身の感覚を研ぎ澄ませる。
……ゆったりと燃焼器官を中心に波が生まれ、その波は次第に手足へ広がっていった。
波に逆らわず、少しずつ波が大きくなるように燃焼器官は動き続ける。
一回の波で、体を巡る距離が大きくなってきた。
だんだんとその感覚は大きくなり続け、やがて一回の波が身体中を一周するようになった。
体内を一周した波が、また燃焼器官に戻ってくる感覚を味わう。
そして、その回転が早くなり……黒と黄色のエネルギーが俺の体から溢れた。
『基本だ。もう一度やってみろ』
なるほど、自分の体で感覚を掴めるのはありがたい。
さっきまで分からなかった波のような感覚を理解することができた。
俺はうなずき、呼吸を落ち着かせる。
右胸の燃焼器官をゆっくりと動かす。
……小さな波が生まれ始めた。
少しずつ波を大きくする感覚で、燃焼器官に力を入れる。
少しずつ、少しずつ力を入れる。
……やっと波が大きくなってきた。
さっきの感覚と同じだ。
波のような感覚で体を巡っていた何かが、回転に変わっていた。
右胸の温度が上がっているのがわかる。
暖かくて心地がいい。
しばらくこの感覚を味わっていたい。
まるで暖かい芝生の上で寝ている時のようだ。
…………!
ふと目を開けると、俺の体から黒と黄色い粒子があふれていた。
「やった……出来た……!
初めて黒硫黄に……!」
ずっと訓練を続けてもたどり着けなかった黒硫黄の領域。
自分でこのエネルギーを生み出せたと言う事実が、たまらなく嬉しい。
『ハッ、俺の燃焼器官だから当たり前だ。アホ』
もっともな事を言われたが、理屈ではなく俺は嬉しかった。
未踏領域でしばらく生き残らなくてはならない状況は変わらないが、すでに絶望感を感じなくなってきた気がする。
「おら、さっさと走れ。川まで行くんだろうが』
目の前の幻影にアゴで促され、俺は洞窟から正面方向に走り出した。
いつもより体が軽い!
はは! みんなこんな感覚だったのか!
もっと早く走れそうだ。
慣れてくるに従って、どんどん速度を上げる。
相変わらずとてつもない大きさの木が多い。
周囲に張り巡らされた根の起伏で乗り越えるのも一苦労だ。
『……来るぞ』
幻影が不意につぶやく。
その瞬間、俺の右手側の視界は、黄色の光を放つ何かで埋め尽くされた。
あっ……と思った瞬間には、それは巨大な口を広げた姿になっていた。
だが、ほぼ同時に燃えるような真紅の光に包まれ、姿が消滅する。
ほんの1秒にも満たない出来事だった。
っ……!
ハァ……ハァ……!
思わず立ち止まり、息を整える。
『油断するなっつっただろアホが!!
黒硫黄程度、ここじゃあ5秒で食われるぞ!!』
「わ、分かった……」
そうだ……油断していた。
ここは未踏領域。安全な場所なんてないんだ。
それにしても、今の一瞬で焼き尽くした真紅のエネルギー、発動が早すぎる。
普通はどんなに早くても、エーテル燃焼開始から放出できるほどのエネルギー化には数秒はかかるはずだ。
だが、この人は俺が知覚する前に燃焼速度を上げ、一瞬でエネルギーを放出した。
しかもエネルギーは真紅レベル。
これは確かに強すぎる……。
いまだにアルバート・ハートリードが歴代最強と言われる理由を実感した。
俺はもう一度エーテル燃焼を開始し、走り出した。
今度は周囲に意識を向け、警戒しながら進む。
襲われないようにエーテル燃焼の光を見つけようとするが、巨大な樹々が立ち並び視界を塞いでいる。
切り倒すのに数年以上かかりそうな太さの木が、ゴロゴロしていた。
ふと顔を上げると、はるか上空を今まで見たことがこともないような大きな影が横切った。
広げた翼はどれほどの大きさかわからない。
一般的な民家より大きいのではないだろうか……
こちらには興味もなく、未踏領域の奥地の方向に去っていった。
ははっ、なんで世界だ……
人間は、ほんの少しの土地を確保して生きているだけの存在に過ぎないということを実感する。
だが、もしもイドラ鉱石の鉱脈が見つかったら、皆死に物狂いで開拓を行うのだろう。
例え多くの人が死ぬことになったとしても、それだけイドラ鉱石は貴重な存在だ。
その時に捨て石にされるのは、恐らく灰塵や低レベルの黒硫黄達になるのだが……
『視界だけに頼るな。エーテルの気配を感じろ』
周囲をキョロキョロと見渡している俺に、アルが声をかける。
「エーテルの気配? そんなのどうやったら感じられるんだ?」
徴用校でもそんなものは習っていない。
体内以外のエーテルを感じる手段がわからなかった。
『エーテルを体に吸収する時、近くにエネルギーを出している奴がいると、微妙に感覚が違う』
エーテルを吸収する感覚に意識を向けるが、よくわからなかった。
「……ダメだ。全然わからない」
『ハッ、まあすぐには無理だ。だがいずれ分かる。死ぬ気でやれ』
本当かよ……まあ、とりあえず言われた通り続けるしかないか。
この人はさっき襲われた時も、事前に察知してたしな。
俺は意識を集中し、走り続けた。