第66話 集落の現状
その後俺たちは小さな建物の中に案内された。
俺は全く声をかけられなかったが、まあもう慣れているから気にもならない。
「ここは村の役場として使っとります。
二階は、たまに来られた方が泊まれるようになっていますので、ここを自由に使ってください」
小さくて素朴な建物だ。
この集落の役場として使われているらしいけど、木造で椅子も10人分もない。
「周囲を山に囲まれていて、なぜこんなところに住んでいるのかわからんでしょう?」
「いえ、そんなこと……」
エリカが言い淀むが、目の前の初老の男は首を振って続けた。
「大昔は銅山があったのですが、今は枯れ果て……
残っているのは、この場所を離れられないものばかり。
いまさら他の場所で生きていく自信がないのです」
そう言って、俺たちの前に地図を広げた。
オーウェン学長に見せてもらったのと同じ地図だ。
「シニガミによる死者は諦めておりますが……
ここ数年は山で行方がわからないものが毎年のように出とります。
旅の方が行方不明になり、噂も他の街まで広がって……
ただでさえ少ない若い者は皆、ここを離れました」
最後に目撃された場所を示す、青いばつ印が示されているのは全て山の入り口付近。
やっぱり、山に何かがいるのは確実だ。
「周囲を山で囲まれていて、狩猟や青果を得るのには困っていなかったのですが。
今では山に入るのにも怯えている有り様で……」
「地図を見る限りでは、北から東側に何かいるようですね」
エリカが地図を見て、真面目な表情で告げた。
「ええ。西側や南側は今のところ被害はありません。
しかしこちら側は険しい斜面や崖が多く、入りずらいのです」
なるほど。もともと人が入りずらいから被害がない可能性もあるけど、やっぱり怪しいのは北東側か。
「では、こちら側を調べてみましょうか。
あとは……以前に徴用校から派遣された人たちのことも聞かせていただけますか?」
「ああ、彼らですか……
数日調査してもらったのですが、最初は何も手がかりが見つからなかったようです。
しかし、ある日突然調査から帰って来なくなり……私たちもそれ以外わからないのです」
「山に入っても、確実に何かと遭遇するというわけではないんですね?」
「はい。私も彼らを探しに行ったのですが、この通り、何もありゃしません。
しかし、今まで行方不明になった者たちの遺体も、危険体の目撃すらなく……」
「なるほど……」
毎回遭遇するわけではないということは、エーテル燃焼体が隠れているか、たまにしか来ないってことか?
「わかりました。
少しずつ調査を始めます。
では、行きましょうか」
エリカがサッと席を立ちあがる、
だけど……姿を見た人が誰もいないっていうのが気になっている。
このまま進んでも大丈夫だろうか?
山の入り口付近まで案内してくれるとのことで、初老の男性とエリカの後を進みながら、俺はこれからどうするか考えていた。
ぞろぞろと、10人近くがエリカの周りに集まって一緒に向かっている。
その何かに遭遇したら、逃げ切ることができていないし、遺体も残さずに連れ去られるってことか?
もしそうなら、未踏領域から離れているけど、白金以上の危険なエーテル燃焼体の可能性もある気がする。
「アル。これはやっぱり危険体が原因かな?
遺体も残ってないのは、気になるんだけど」
『ハッ、ずいぶん不安そうじゃねえか』
「そりゃあ……誰も原因の姿すら見れてないのは、不安になるだろ。
このまま進んで大丈夫かな?」
『あの蒼トゲはこのまま行くつもりみてえだな。
なに考えてんのかわかってんのか?』
エリカの考え?
そりゃあ……
「あいつはこの問題を解決して、周りの評価をあげようとか、よく見られようとしてるだけじゃないか?」
『ハッ、その通りだといいがな。
ちゃんと話し合っておけよ。あのスナイパー姉ちゃんの時みたいにならねえといいがな』
あの時は、まさかバレッタさんが自分を犠牲にして俺を助けようとするとは思わず、二人で離脱することになったんだっけな……
そう考えると、エリカがどんなことを考えているのかわかっていない気がする。
こいつの本性はたまたま知ったけど、なんでキレられたかもいまいち分からないしな。
「この辺りから山に入ることが多いです。
どうかお気をつけて……」
気がつくと、山の入り口手前まで来ていた。
大きくはないが、樹々が生い茂る斜面が目の前に広がる。
草木の間に少しの地面が見えるから、ここが山道の入り口みたいだ。
「どうか……どうかよろしくお願いします……」
ここまで案内しくれた人達皆頭を下げてた。
エリカへの期待が凄まじい……
「ええ、大丈夫です。任せてください」
エリカが微笑んで頷き、そのまま向かって山に入っていく。
躊躇なく進むエリカに不安はあるけど、さすがに今日は軽く調べるだけだろう。
そう考えて俺もエリカの後を追っていった。




