第64話 準備と作戦
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「さて、どうするかな」
案内された部屋のベットに倒れ込みながら、俺は呟いた。
小さいくて古い宿だけど、綺麗に掃除された部屋だ。
普段の宿舎棟の部屋よりよっぽど綺麗だな。
まあ、俺は灰塵だから狭くて汚い部屋なんだけど……
宿舎棟でも、白金になると大きなベットやソファ、風呂まで自室にあるらしい。
だから皆それを目指して白金になろうと頑張っている。
「エリカにも言われたけど、明日の準備って何があるかな?
聞き込み以外に思いつかないんだけど」
『あ? そもそもテメェはあの蒼トゲの前で力を使えんのか?』
壁に寄りかかるようにしながら、めんどくさそうにアルが答える。
アルは壁にも触れられないはずだけどな……
「……あいつが信用できるわけないだろ。
危険体を見つけたら、エリカに倒してもらうしかないな」
『あの蒼トゲが危険体を倒せればいいがな』
オーウェン学長に見せてもらった地図では、山に入った後に行方不明になっている人がほとんどだった。
もちろん、犯罪者による事件という可能性もなくはない。
だけど外周とはいえ未踏領域に繋がっている地域だから、危険体が棲みついているというのが一番可能性としては高いんじゃないかと思う。
学長は黒硫黄上位の調査員も帰ってこなかったと言ってたな。
「未踏領域から離れているから、さすがに白金レベルではないと思うけど……」
もし白金の危険体だったら、エリカ一人では危ない。
「やっぱり、危険体を見つけたらこっそり逸れて俺が倒そうかな」
『テメェあのスナイパー姉ちゃんの時も上手くいかなかったじゃねえか』
「くっ……まあ、そうだけど」
『ハッ、まあいい。
思い通りにいかねえことは絶対ある。
そのために考えて準備しやがれ』
アルの言葉を受けて考える。
不測の事態を想定しろってことか?
どういう状況がありえるだろう……
「一番最悪なのはエリカと一緒の時に奇襲を受けて、致命傷を負うことかな。
もし俺が生き残っても、エリカが死んだら灰塵の俺は責任を取らされて終わりだ」
アルは黙って俺の言葉を聞いていた。
「それよりはまだ、アルの力がバレた方がマシだな。
幸いエリカの本性をバラさないことと引き換えなら口を封じられるかもしれない。
だけどこれはリスクが高すぎるから、最悪の場合だな」
灰塵がいきなり真紅を使えるようになったなんて、皆いい感情を持つはずがない。
それに俺はエリカを信用できていない。
今まで俺の事を迫害してきた人たちに協力したくはないしな。
まあセドやバレッタさんは別だけど。
「あと考えられるのは、エリカが逸れて行方不明になる状況か?
エリカは絶対に生きて返さないと、俺がまずいことになる。
崖から落ちたりして一人で戻れなくなった時のために、食糧と水は多めに持って行った方がいいな。
火を起こす道具もあった方がいいか。
エーテル燃焼を使うと目立つし、色々呼び寄せるからな」
俺が思いつくのはこのくらいだ。
結局、基本的な準備を忘れないようにするしかないかな。
『あいつに……あの堅物に連絡を取れる手段を確認しとけ』
特に何も言われないかと思ってたけど、珍しく真面目な顔でアルが口を出して来た。
「あいつ? ああ、オーウェン学長のことか。
コルトレイスからならキステリまで通信できるけど、この先の集落になってくるとどうかな……」
最低限の大きさを保った街からなら、各地へ連絡できる線が引かれている。
だからこの街の宿や駅からキステリの徴用校へ連絡を取ることはできるはずだけど、この先は難しいだろうな。
「一応この宿から明日の朝連絡を入れておこうか。
この時間だから、食糧と水は明日確保しよう。
まあ、白金のエリカがいれば手に入るだろ」
今日は朝早くに出たからここまで辿り着けたけど、普通は2日かかるはずだ。
宿の店主からは、現地近くの集落へ乗り合いの車両が出ていると聞いた。
いつ頃出発できるかわからないが、エリカがいれば融通は効くだろうな。
「時間も遅いし、エーテル燃焼の訓練をして寝るかな」
室内では白金の燃焼を試すことができない。
たいてい夜は、部屋の中で左胸の燃焼器官を利用した訓練をしてから寝ることにしている。
アルが見たという黒いエネルギーには全然近づいていないけど、今日もいくつかの燃焼パターンで試してみよう。
朝と夜に訓練することはもう習慣になっている。
アルと出会う前もエーテル燃焼の訓練は毎日していたけど、右胸を得てからの方が一日の訓練時間は長いかもしれない。
でも、あんまり苦ではなかった。
それはなぜかわからないが、俺はシニガミを倒すとアルに約束したし、他の人達にも言い放ってしまった。
だから、もう後には引けない。
たとえ手がかりはなくても、訓練は続けないといけないな。
そんなことを考えながら、俺は左胸の燃焼器官でエーテルの燃焼を開始した。




