第56話 帰ってきた日常
いつもの朝の習慣が戻って来た。
俺は朝から、いつもの場所でアルと早朝訓練を行なっている。
目を閉じて、右胸燃焼器官でエーテル燃焼を開始する。
一瞬でキラキラと光る白金色の粒子が身体から溢れ出した。
俺はそのままいきむように出力を上げ続ける。
白金色の粒子が溢れる勢いは増したが、色に変化はない。
「っ! ダメか……」
力を入れ続けることができず、身体から粒子が四散する。
『クソザコ野郎が……俺の燃焼器官で白金止まりとはな』
アルがエーテル燃焼を開始し、周囲に鮮やかな真紅の粒子が吹き出した。
「くっ……やっぱり、真紅は簡単には到達できないか……」
俺は未だに真紅の力を使う事ができない。アルと同じ燃焼器官を使っているとはいえ、今世界で三人しか到達していない真紅の力を使うのは簡単ではないよな……
『あ? テメェが脆弱メンタルだからじゃねえか?』
「いや、そういう問題じゃないだろ!」
アルの精神論にイラッとする。
だが、今回の鉱脈探索ではシニガミを倒すための手がかりを見つけることができなかった。
やはり、未踏領域の奥地に進むには真紅の力が必須。
このままでは、アルが見たと言う謎の力を使う生物を探しに行くことさえできない。
右胸の燃焼レベルが上がらないことに、焦りを感じる。
それ以前に、首のイドラ鉱石が心許ない。
ソルトがシニガミに触れられて死亡したが、俺も石を確保しないと他人事ではないぞ。
「はぁ……鉱脈が見つかったら石が支給ってことだけど……今回の生贄役でもある程度は確保できたかな?」
チャージリングに嵌められたイドラ鉱石に触れながらアルに話しかける。
今は最大の半分くらいの量だ。
『まあ鉱脈が発見されれば、多少の見返りはあるかもな』
「それは灰塵でも?』
『グローリア鉱山が見つかった時は、メンバー全員に一生分の石が支給されたと聞いた。
灰塵は10人以上参加して生き残ったのは一人らしいがな』
「……今回って、すごく成功してないか?
ソルトは残念だったけど」
アルの話を聞いて、今回の犠牲者の少なさを実感した。
参加人数は少ないが、ソルト以外は生きて帰る事が出来たからな。
『調査方法が確立したのもあるが、あのスナイパー姉ちゃんがいたからな。
味方が手に入ってよかったじゃねえか』
「別に狙ったわけじゃないけど……」
アルの言葉に頷く。
未踏領域の奥地に行くのに、仲間は多い方がいい。
バレッタさんの協力を得られるようになったのは嬉しい誤算だった。
最初は冷たいだけの人だと思ってたけど、わからないもんだな。
アルとの早朝訓練を終え、宿舎棟の食堂へ向かう。
セドの部屋にも一応行ってみたけど、いなかったので一人で食堂へ向かった。
「おいおい、シニガミを倒すと言ったヒツギくんじゃないか!鉱脈は見つかったかな?」
クソッ……食堂へ入ってすぐ、嫌なやつに捕まった。
トールは俺を目にすると、大きな声で俺に声をかけ、近づいてきた。
バカにしたようなニヤニヤした笑いが心底不愉快だ。
「……さあ? イドラ草の解析には少し時間がかかるから、わからないな」
目を合わせず、淡々と答える。
「生贄としての役目は果たせたんだろうな?」
「どうだろう?白金の先輩達に助けてもらってたから、果たせなかったかもな」
あくまで冷静に答えるが、トールはニヤニヤしながら煽るように声を出した。
「おいおい!生贄としても役に立たなかったのか?
ほんと、お前は何のために生きているんだ?
こんなやつがシニガミを倒すなんて夢のまた夢だな」
コイツッ……!
思わず俺が睨みつけ、言い返そうとした瞬間、大きな声が聞こえた。
「うおおおお!!
やっぱりお前は生き残ると信じてたぜ!」
セドが俺の肩をバシバシ叩きながら、大きな声を上げる。
「おい!帰ってきたなら、何で言わねえんだよ!!」
「夜中だったから、流石に起こすのも……」
昨夜は帰還した時間が深夜近くで、流石に部屋を訪ねる事ができなかった。
「アホか!!起こせよバカ!!」
そのまま、あっちで話を聞かせてくれよ、と俺を連れて席に向かう。
助かった……成績が良いセドが来たおかげで、トールはバツが悪そうに離れて行った。
なんだかんだ、セドに助けられたな。
「マジか!!あの白銀の女神と一緒に寝たのか!?」
「ちょっ!バカッ!!勘違いされる言い方すんな!!」
慌ててセドが自分の口を塞ぐ。
色々と話をしたいこともあったけど、とりあえずセドにはバレッタさんの話をした。
一見冷たい人に見えるけど、すごく優しい人だと伝えておく。
バレッタさんには世話になったからな。
だけど、あの笑顔の事は話さなかった。
アレは簡単に見れないから価値がある笑顔だ。
「うーん。マジで性格も女神なのか……
エリカさんもそうだけど、白金の女は皆性格がいいよなー」
セドは腕を組んで頷いているが、エリカといざこざがあった俺はハハッ……と笑う事しかできない。
「鉱脈探索組は、今日みんな休みだよな?
俺は鉄道警備の業務が今日もあるから、また夜話を聞かせてくれよ!」
チラッと腕につけられた支給品の時計を見たセドが、食器を乗せたトレイを片付けに行った。
普通はそろそろ業務に向かう時間だな。
皆続々と食堂を出ていく。
賑わしかった食堂内から人が消え、急に静かになった。
この時間はこんなに静かなんだな。俺は普段と違う食堂を見渡しながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。




