第54話 最高の笑顔
日の出と共に出発して走り続けた俺たちは、かなりの距離を進むことができた。
俺とバレッタさんの連携もほぼ完璧になっている。
俺が事前に察知した強敵をかわしながら、最短経路で進み続ける。
たとえ多数のエーテル燃焼体に襲われても、俺の察知能力とバレッタさんの力を合わせれば、問題なく突破できた。
ヤバそうな奴も何度か察知したが、躱して進むことができてよかった。
流石に浅くても未当領域、察知能力を鍛えてなかったら何度も死んでるな……
だけどもう少しで未踏領域を抜け、鉱山の外周に辿り着きそうだ。
……これは!
知っている白金の気配を感じて、一瞬驚く。
エアハルトさんか!
少し先だけど、追いついたみたいだ。
ふう、強敵と出会ったら危ないと思ったけど、何とかかわして帰還できたな。
『……ここで来るとはな』
「え、なに?」
俺がほっとした瞬間、アルが珍しく声を上げた。
『白金X相当だ。追いつかれるぞ』
アルの言葉を理解する前に、背後から強烈な悪寒が襲ってきた。
「ッ……!」
これはやばい。
アルの力を使わないと……
まさかこんな最後、浅い場所で強敵に出会うとは……
「どうかしたのか?」
怪訝な顔で、バレッタさんが俺に問いかける。
「……あと少しなので、このまま進んでください」
「なに?」
「白金X以上のエーテル燃焼体が追ってきています。
追いつかれるので、俺が残ります」
「なんだと!?」
次の瞬間、バレッタさんが血相を変えた。
存在を察知できたようだ。
「バカな!! 死ぬ気か!?」
バレッタさんは俺に詰め寄った。
だが、足は小刻みに震えている。
無理もない。
ここまでの強敵、一刻も早く逃げ出したいはずだ。
「大丈夫です!
死ぬ気はありません。上手く逃げてみます」
「だが!!」
「早く行って!
俺は普通の灰塵より逃げるのが得意だから!」
震えながらも、バレッタさんはその場を動かなかった。
「少し先に、エアハルトさんがいると思います。
俺を心配するなら、早く応援を!!」
「お前も一緒に……」
ダメだ、この速度で迫ってきては間に合わない。
渋るバレッタさんに、俺は背を向けて告げた。
「みんな勝手だって言ったでしょ!!
こっちにも考えがあるんです!
早く行って!! 早く!!」
もう時間がない。
俺は急かす口調で突き放した。
「ッ……最後だ。
嘘だったら、私は何も信じなくなるぞ!!」
そう言ってバレッタさんは俯き、走り出した。
ふう。ギリギリ間に合ったか。
離れていくバレッタさんの気配を感じながら、俺は正面から迫るエーテル燃焼体を待ち構える。
ここまで強烈なエーテル燃焼の気配を振り撒いてるなら、都合がいいな。
俺が右胸の燃焼器官を使っても、バレッタさんに気づかれない。
『テメェがやるのか?』
「俺が強くならないと、シニガミを倒す手がかりも探せないだろ?」
アルの言葉に強がった笑みを浮かべながら返す。
さすがに強敵だけど、ずっとアルに頼るわけにはいかない。
『ハッ、それならさっさと強くなりやがれ』
ニヤついて告げたアルの言葉が聞こえた直後、正面にその存在が見えた。
一見、巨大な蛇のようにも見えるが、サイズがおかしい。
巨大な樹々と同じくらいの太さの胴体、もたげた首は見上げるほどの高さに到達している。
そして何より白金色に光るエネルギーを全身に纏っていた。
「このサイズで、俺たちを追ってきたのかよ……」
俺が呟いた瞬間、もたげた首が一瞬でこちらに迫った。
ほんの1秒にも満たない、刹那の瞬間だ。
俺は纏っていた白金のエネルギーを使い、横にかわす。
巨体に似合わない攻撃速度だ!
首を後ろに引く予備動作がなかったらヤバかったけど、未踏領域でアルにみっちり動きを見るように指導されたから、事前の動きを見逃さずにすんだ。
「っ……!」
俺はそのまま背後に回り込もうとしたが、ビュンッと風を切る音で後ろに下がった。
目の前を、恐ろしい速度でキラキラと光る尾が通過する。
地面を擦り上げ、大きな音と共に一瞬で大量の砂埃を巻き上げた。
それが樹々に叩きつけられ、一斉に周囲に音が鳴り響く。
躱しきれなかった砂で、俺の服や装備がズタズタになった。
纏った白金のエネルギーでダメージは少ないが、あの胴体や尾が直撃したらまずい。
「ッ……クソッ……!!」
俺が少し息を整えようとしたら、すぐに目の前に白金色のムチのようなものが迫っていた。
こいつ!
遥か上空の口から、この距離まで舌を伸ばせるのか!
どんだけ舌長いんだよ!!
上から叩きつけられるその軌道を、転がるようにしてかわす。
このままじゃジリ貧だ。
だが、今ので隙は見つけた!
俺はあえて正面に転がり出ると、上から叩きつけられた巨大な舌を紙一重でかわした。
そして、そのままエーテル燃焼体の口元まで飛び込む。
「頼む!!効いてくれよ!!」
俺ら祈るような気持ちでその鼻先に腕を伸ばし、燃焼エネルギーを放出、叩き込んだ。
パンッッという弾ける音と共に、その巨大な顔の一部が破裂する。
だが、動きを止めたのはほんの一瞬だけだった。
空中で動きが取れない俺に、すぐに巨大な尾が迫る。
「っ……!」
やばい!
俺は白金のエネルギーを背中から放出し、空中で無理やり向きを変えた。
すぐ鼻先を恐ろしいほど鋭い風を切る音が通過する。
俺は地面に背中から落ち、何度か転がった。
目の前の蛇のようなエーテル燃焼体は、顔の一部が崩れているが、致命傷には遠そうだ。
アレでも倒しきれないのか……これは何度も繰り返すしかないか……?
『……おい、時間切れだ』
どうやって倒せばいいか俺が悩んでいると、アルが不意に告げた。
そして、右胸の燃焼器官が一気に熱を帯びる。
体全体が燃えるように熱くなると同時に、放出された真紅のエネルギーが、一瞬でエーテル燃焼体の顔を貫いた。
首から上を失い、長い胴体が土埃をあげて地面に横たわる。
そして、胴体は少し動く気配を見せたが、やがて緩慢になり、完全に動きを止めた。
……時間切れ?
俺が周囲の気配を探ると、エアハルトさんとバレッタさんがこちらに向かってきていた。
まだ距離はあるが、これを見られるわけにはいかない……間に合わなかったか。
「ごめん。倒せなかった……」
『ハッ、さっさと俺の真紅を使いこなさねえからだ』
ぐっ……
アルに苦笑され、言葉に詰まる。
確かに、早く真紅を使えるようにならないとな……
『そんな事より、さっさと戻りやがれ』
座り込んだ俺を、アルが足で払う。
「わかってるって!」
バレッタさんとエアハルトさんの気配がどんどん迫っている。
俺は疲れた体に鞭を打ってバレッタさん達の方向へ走り出す。
しばらく進むと、二人のエーテル燃焼光が見えてきた。
「シュウヤ!!」
バレッタさんの声が響く。
「お前……無事だったのか!」
全速で走っていたのか、バレッタさんは息を切らしていた。
「大丈夫って言ったでしょ?」
俺は微妙な笑顔で告げる。
もし死んだら、バレッタさんはトラウマになっていただろうな。無事に帰れてよかった。
「ッ……お前、あの状況から、どうやって……」
バレッタさんは信じられないといった様子だ。
まあ、普通そうだろうな。
「逃げた後、上手く隠れてやり過ごしました」
「…………ふっ、そういうことにしてやろう」
何でもないように告げた俺に、バレッタさんは表情を緩めて言った。
さすがに気になることもあるだろう。
でも、バレッタさんはそれ以上追求してこなかった。
「二人とも、よく生きて帰ってくれたね。
さあ、戻ろうか」
エアハルトさんの言葉で、俺たちは戻り始める。
しばらく進むと、他のメンバーが見えてきた。
「……おいエア、なぜ全員残っているんだ?」
バレッタさんが困惑した声をだす。
エアハルトさん以外とは合流していなかったようだ。
「いや、僕だけ残ろうとしたんだけど、皆がね……」
「おう!!やっぱり生きてたか!!
さすがエアハルトの勘は当たるなぁ!!」
ボルボ先輩が手を上げ、相変わらずの大声で迎えてくれた。
すると、ネストがバレッタさんに駆け寄り、頭を下げた。
「バレッタさん!!
よかった……バレッタさんが助けてくれなかったら、僕は死んでいたので……本当によかった。
ありがとうございます……!」
続いて、コルドラも頭を下げる。
「お、俺も……俺たちが逃げるまで、牽制してくれなかったら、今頃……
あんたは、他の奴とは違った。
灰塵の俺も区別なく助けてくれた。
本当に、本当にありがとう」
突然のことにバレッタさんは立ち尽くし、エアハルトさんの方を見た。
「皆、バレッタが心配だからここに残るって聞かなくてね」
エアハルトさんが苦笑しで告げる。
「……なんだそれは。そんなことのために、皆残っていたのか。それに……本当に皆、勝手なんだな……」
そう言いつつも、バレッタさんも苦笑していた。
「バレッタ……」
エアハルトさんが、安堵した表情をしている。
ずっと笑わなかったって言ってたからな。
心配だったんだろう。よかった……
「オラ!!お前も助けてもらったんだろ!? ちゃんと頭さげろよ!」
ボル先輩が俺の頭を抑えようとするので、
俺もバレッタさんに向き直る。
「バレッタさん本当にありが……
「おい、お前」 ……はい?」
お礼を言おうとして、バレッタさんに遮られた。
真面目な表情で、バレッタさんが俺に向き直る。
「お前、シニガミを倒すって言ったのは本当か?」
「……はい」
「ほんの、ほんの少しだがな……
お前ならって思えるようになってきた。だから、まあ……」
言いにくそうに言葉を区切り、バレッタさんは続けた。
「何かあれば、私を頼れ。
……次は、私が助けてあげる!」
なっ!!!
今まで見たことがない、バレッタさんの本気の笑顔はあまりにも破壊力が強かった。
その不意打ちに、俺は思わず顔を赤らめる。
これは無理だ……
「お、お前、何しやがった……」
唖然とする周囲の視線が俺に突き刺さる。
えっ、ちょっ……ええ!?
俺は顔を真っ赤にして狼狽えるしかない。
『ハッ、なんだかんだ一歩近づいたな』
戸惑っている俺に、アルが苦笑しながら告げた。
えっ? 何に近づいたんだ……?
一瞬そう思ったけど、バレッタさんの言葉を思い出して納得する。
ああ、そうか。
バレッタさんが助けてくれるなら、心強いな。
だけど今俺が考えているのは、シニガミを倒すのにプラスになるとかじゃない。
純粋に、この人を笑顔にできてよかった。
--それが今回、一番嬉しいことだと心から感じていた。
第二章はここまでです。
読んでいただきありがとうございます。
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