第51話 逸れた二人3
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エアハルト達は、渓谷近くで一泊し、撤退の準備を進めていた。
シュウヤとバレッタがいないことに気がついた翌日、渓谷を降りて二人を探したが、結局見つけることはできなかった。
逆に、エーテル燃焼体の襲撃を受け、多くのメンバーが怪我を負うことになってしまう。
バレッタの支援が如何に大きかったか、皆身に沁みて感じていた。
何とか渓谷から撤退はできたが、皆の治療に時間と労力を割いている。
今も、メスが怪我の手当てをしているところだった。
フエゴやエリカも傷を負ったため、肩や足に包帯が巻かれている。
座っているエアハルトの視線の先では、ネストが包帯を巻かれた後、メスに足で蹴られていた。
「正しい判断だった。隊を守るためにはお前の力が必要だからな。……お前だけでも、残りたかったんじゃないか?」
ボルボがエアハルトの横に腰を下ろし、同じ方向に視線を向けたまま呟く。
「ああ、バレッタの価値を考えると……いや、価値なんて関係なく、もっと探したかったな」
「だろうな。俺も戻りたかった」
ボルボは普段の大きな声ではなく、真面目な口調で話した。
二人にとってバレッタは、何度も共に鉱脈探索を行った仲間だ。
そんなに簡単に気持ちを整理することはできなかった。
「だけど、あの子と一緒にいるなら、生きて帰ってくる気がするんだ。だから不思議と嘆かずにいられる」
エアハルトの言葉に、ボルボは怪訝な顔をして視線を向けた。
「確かに気配察知は凄かったが、アイツは灰塵だぞ……
お前の勘か?」
「そうだね、まあ勘だよ。
知ってるだろ?僕の勘はよく当たるんだ」
エアハルトは力なく笑い、俯いたまま呟いた。
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グツグツと煮えている鍋の蓋を取り、中をかき混ぜる。
……よし、そろそろ大丈夫だろう。
俺は寝ているバレッタさんの横で、夕飯を作っていた。
携帯食糧もまだ少しはあるけど、大部分はコルドラ達が運んでいたので心許ない。
今日の食材は現地調達だ。
俺は鍋や調味料をいくつか運んでいたから、大抵のものは作れるぞ。
アルは力を使ったので、いつの間にか寝てしまったようだ。
事前に一言、言って欲しいんだけどな……
「……なんだ、それは」
「あ、目が覚めましたか」
いつの間にかバレッタさんが目を覚ましたようだ。
まだ熱は下がっていないだろう。
火に照らされているからかもしれないが、顔が赤く、辛そうだ。
「えーと、川で見つけた魚と、その辺で取れた草です。
伝統で未踏領域に放り込まれた時にも食べたので、問題ないと思いますよ」
蛇のようなエーテル燃焼体は、適当な魚ということにしておこう。
今までも似た種類はほとんど食べられたから、たぶん問題ない……と思う。
「食べられますか?」
たぶん要らないと言われるだろうな、と思いながら聞いてみたが、意外にもバレッタさんは何も言わずに体を起こした。
気怠そうにしながら、俺がよそった、濁った色のごった煮汁を受け取る。
そしてそれを少し口にした。
「どうでしょうか?」
そんなに美味しくないだろうな、と思いつつ聞いてみる。
「……お前、本当に伝統を生き残ったんだな。
正直、信じていなかった」
手元の器に視線を向けたまま、バレッタさんは呟いた。
予想外の問いに、少し驚く。
「え、まあそうですね。
ちょっとは経験が役に立ったみたいです」
「そうか……」
しばらく無言になり、鍋を沸かす薪がパチパチと燃える音と、食事の音だけが響く。
俺も自分の分を食べ始めた。
うん。まあ不味くもないけど、旨くもないな。
でも、臭みがなくてよかった。
「……エーテル燃焼の気配も、その時に学んだのか?」
一通り食べ終わったところで、バレッタさんの方から話しかけてきた。
普通の会話をしてくれるので初めてじゃないか?
なんか嬉しい。
「はい。だから逃げ足には自信があります」
笑いながら、少しふざけて答えてみる。
ほんと、何度も死にそうになりながら逃げたからな。
「……ふっ、そうか。借りは返す」
バレッタさんが、表情を緩めて呟いた。
そして、バレッタさんは食べ終わった器を置き、再び倒れ込む。
……えっ? 今笑った?
いや、笑ってはないか。
だけど、一瞬表情は柔らかくなった。
少しバレッタさんと距離が縮まった気がする。
これが同じ釜の飯を食った効果か?
これで少しは今後について話し合えるだろう。
バレッタさんの回復を待ってから、相談しよう。
俺も夕飯を取った後、焚き火を挟んでバレッタさんの反対側で寝ることにした。




