第5話 受け継いだ燃焼器官
--右胸が熱い。
どこか心地よいような、気分が高揚するような熱さだった。
この赤いエネルギー色は、まさか……
俺の体から出ているのか?
さっきの声は何だ?
いくつもの疑問が、次々と脳内に浮かんでくる。
この広い空間で生きている存在は俺だけになり、静寂が生まれていた。
「っ! ハァ…ハァ…」
息をすることを忘れていたかのように、一気に体の感覚が戻って来る。
いくつもの疑問があったが、まずは最大の疑問を口に出した。
「アンタは……誰だ?」
俺の正面に、赤いエネルギーを纏った男が佇んでいた。
不思議なことに、男はエネルギーを纏っているように見えるが、実際には俺の体からエネルギーが出ていることを理解できる。
『……もう名乗っただろ。アルバート・ハートリードだと』
「アルバート・ハートリードは、30年以上前に死んだはずた!
一人で未踏領域に入っていって、そのまま死んだと……!」
自分で口に出して気がつく。
まさか、生きていたのか?
だが、俺の直感は明らかに目の前の人物を、生きている人間とは捉えていなかった。
そもそも、年齢が若すぎる。
生きていれば50歳を超えているはずだ。
だが、長めの紅い髪が流れる神秘的な姿は、せいぜい20歳程度に見えた。
最強の真紅。アルバート・ハートリードは30年以上前に死んだ。
これは俺でも知っている事実であり、未踏領域に一人で向かった末に、帰って来なかったことは有名だ。
「あ、あんたは結局なんなんだ!?
まだ生きているのか!?」
俺は疑問を、矢継ぎ早に投げかける。
すると、目の前の幻影は自分の手をじっと見つめた。
そして俺に近づき、顔に向かって手を伸ばす。
ッ……!
俺は突然の事にびっくりして、目を閉じて身体をこわばらた。
だが、体に触れられた感覚はない。
……やっぱり、ただの幻影か?
『ハッ……なるほどな』
アルバート・ハートリードを名乗る幻影は、しばらく自分の手を見ていたが、苦笑して吐き捨てる。
そして、俺に向き直った。
『まあ、生きてはねえだろうな』
俺もそう思う。
でも、それなら俺が見ている光景はなんだ?
さっき、獣のようなエーテル燃焼体を消し飛ばしたのは、一体どうやった?
俺が混乱していると、目の前の幻影は言葉を続けた。
『だか、おそらく俺の燃焼器官は、今お前の右胸にある』
!?
俺は思わず、自分の右胸に手を当てた。
確かに、さっきまで熱を帯びていたが……
燃焼器官を入れることが出来る穴など空いていない。
「意味がわからない。なぜ?どうやって……」
『さあな。だが、お前は確かに俺の力を使った。それは事実だ』
俺は自分の左胸に手を当てた。
俺自身の燃焼器官は、当然左胸にあるはずだ。
だが、同様の何かが右胸にもあることを感じる。
熱く鼓動を刻む、もう一つの何か。
これがこの男の燃焼器官なのだろうか。
全てが未知だったが、とにかくまた命拾いしたことは事実のようだ。
「……あんたは何でこんなところにいるんだ?
ここがどこか知っているのか?」
その男は、少し顔を上げて思い出すように語った。
『俺は、未踏領域でシニガミを倒す方法を探っていた。
だが致命傷を負ってここまで引き返したはずなんだが……ハッ、そこから記憶がねえ。
次に見たのはお前の情けねえ姿だ』
……情けなくて悪かったな。
致命傷を負ったってことは、やっぱり死んだのか?
それに……シニガミを倒す?
ダメだ、わからないことが多すぎる。
俺は目の前の神秘的な男をじっと見つめた。
明らかに生きている人間のようには思えない。
ただの幻覚のようなものと思えるが……
俺の右胸が燃えるように熱く鼓動を打っているのは、紛れもなく事実だった。
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教育練に貼り出された成績順位を眺めながら、ネヒロ・ウィルバードは震えていた。
ネヒロの名は、下から2番目の位置に記載されていた。
もしもヒツギ・シュウヤがいなかったら、今年の「伝統」に選ばれていただろう。
まさに紙一重の差が運命を分けた。
ネヒロは大きく息をつき、左胸の鼓動と冷や汗を感じながらも、食堂へと向かった。
国民の義務である6年間の徴用期間で、4年目以降は、訓練ではなく実地での業務をこなす。
3年目終了時の総合成績を基準として、次第に業務内容や、派遣される場所が分かれてくるのが一般的だ。
だが、最初の数ヶ月間は教育校のあるキステリの街周辺に、ほぼ全員が配属される。
ネヒロ達はあと数週間で4年目に入るが、数ヶ月は今まで通り宿舎の食堂で食事を取ることになるだろう。
「グローリア鉱山が、大規模な襲撃で止まっているらしい」
食堂に入るなり、深刻そうに話す同期達の話がネヒロの耳に入った。
グローリア鉱山は重要な鉱山の一つだ。
アリナゼル共和国全体の3割を占めるイドラ鉱石を産出している。
鉱山が止まると、当然イドラ鉱石の供給が途絶えてしまう。
昨日シニガミに襲われたネヒロ達は、イドラ鉱石の重要性を嫌というほど理解していた。
石のない状態でシニガミに触れられた場合、確実に死を迎えることになるからだ。
「新しい鉱脈はもう50年以上見つかってないからな。
いっそのこと、灰塵全員を未踏領域に放り込んだ方がいいんじゃないか?」
首に灰色のチャージリングをつけたネヒロを横目で見ながら、トールが笑みを浮かべて話を続けた。
「灰塵を何人放り込もうが、意味ないだろう。ヒツギだって、もう確実に死んでいる。
仮に生きて帰ってきたら、この数十年で最大の話題になるぞ」
「だが灰塵全員が消えてくれれば、俺たちへの石の配給がもっと増えるし、いい案じゃないか?
役に立たないタダ飯食らい共だろ?」
トールとその仲間達はニヤつき、わざとネヒロに聞こえるように話し続ける。
ネヒロは腹が立ったったが、何も言い返さずにじっと耐えるしかなかった。
昨日トールに殴りかかったヒツギの惨めな姿を強烈に覚えている。
僕はあんな馬鹿とは違う。だから生き残っているんだと自分に言い聞かせ、俯きながら耐え続ける。
耐え忍びながら、ネヒロはこの世界の仕組みに苛立ちを感じていた。
トール達はエーテル燃焼の相性にたまたま恵まれただけであり、何故それだけで一生の格差が生まれてしまうのか。
エーテル燃焼能力で劣るネヒロは、これから一生トール達より下の存在として扱われる。
そして、より少なく配給されるイドラ鉱石で耐え忍んで生きていかなければならない。
その事を考えるだけで、握りしめた手から血が出るほど悔しく思い、自分を惨めに感じていた。
ネヒロ自身の家庭は裕福ではなかったが、国の中流階級ではあった。
だが、兄二人で教育費は使い切り、彼自身に高額な専門教育を受ける余裕はなかった。
自分も幼いころから専門の教育を受けることができていれば、最低でも黒硫黄には達していたかもしれない。
そんなことを、ネヒロは今まで数え切れないほど考えてきた。
エーテルと燃焼器官の相性がよく、専門の教育を受ける機会もあった恵まれた人達が、エーテル燃焼のレベルが低いネヒロ達を努力不足や自己責任として批判してくる。
ネヒロはそれがたまらなく憎かった。
それと同時に、自分が最下位にはならずに済んだことには安堵していた。
100年以上続く伝統で未踏領域に放り込まれたヒツギは気の毒だが、正直ありがたい。
ネヒロがそんな事を考えている間に、トールたちの話題は、来年度からの実地業務に移っていた。
「実地任務の振り分けはそろそろだろ?
白金の3人以外は、同じ警備業務って噂は本当なのか?」
「まあ俺たちは黒硫黄だが、成果を上げれば待遇が上がるさ。足を引っ張る奴と一緒にならなければいいがな」
トールがチラッとネヒロに視線を向けて告げる。
そして立ち上がり、入り口にトレイを片付けて帰っていった。
今までは優秀者だけ選抜して業務に当たっていたが、4年次からは全員が実地業務を行うことになる。
集団での実地業務は、足を引っ張るダストに冷酷だ。
『ほかの誰かが、怪我でもしてくれれば……』
ネヒロは他の誰かが、怪我や病気で自分よりも役たたずになってくれることを願いながら、遅めの夕飯を食べ始めた。




