第44話 シニガミの襲撃と疑念
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野営地に突如、男の叫ぶような声が上がった。
夢……?いや、違う!!
俺は飛び起きて、慌ててエーテル燃焼の気配を探る。
だが、周囲にそれらしい存在は見当たらない。
これは……
『テメェ!!早く出ろ!!』
「わかってる!!」
アルの声で、寝床の簡易テントの入り口を開けて外に飛び出した。
これはシニガミの襲撃だ!!
クソッ……どこだ!?
周囲に目を凝らし、必死にシニガミの位置を探る。
夜の闇に溶け込む黒い姿は、見つけるのが難しい。
「な、なんだ!?どうしたんだ!?」
皆が慌ててテントから出てくる。
同時にエアハルトさんの声が響いた。
「シニガミだ!!皆西側に移動しろ!離れすぎるなよ!!」
「し、シニガミ!?」
皆バラバラにエーテル燃焼を開始して西側へ走り出す。
監視に使っていた、焚き火を覆う布を誰かが取払い、周囲が明るくなった。
「あそこか!」
野営していたエリアの東側、テント付近に佇む黒い影が薄らと火に照らされている。
まずい……皆が西側に移動すると、シニガミがこっちにくる。
俺が引き付けて離脱すべきか!?
「エア!私がやる!!」
俺が動き出そうとした瞬間、女性の声が響いた。
バレッタさんの声だ。
シニガミの目の前を白金色のエーテル光を纏いながら、一瞬で横切る。
シニガミは向きを変え、バレッタさんを追って闇の中に消えていった。
おいおい、白金のバレッタさんが囮になるのかよ!?
「おい、お前ら!!こっちに固まって周囲を警戒しろ!!敵はシニガミだけじゃねえぞ!!」
ボルボ先輩の声が響く。
流石、白金の先輩達は慣れているな。
剣を構え、腰が引けている初回組とは大違いだ。
俺たちの声に反応したのか、周囲には獣の不気味な鳴き声が響いていた。
強敵はいないが、今襲われたら厄介だ。
「おら!!お前もこっち来い!!」
ボルボ先輩が離れた場所で周囲を見渡す俺を見て、大声を上げた。
しまった、俺が離脱するタイミングとしては絶好の機会だったけど今回は逃したみたいだ。
大人しく皆が固まっている場所に向かい、周囲を警戒する。
「こ、これじゃ寝れねえよ……もしシニガミが戻ってきたら……」
コルドラが不安そうな声を出した。
エーテル結晶が埋め込まれた短剣を手に持ち、震えながら構えている。
エアハルトさんも近くにはいない。
皆の不安を肌で感じる。
「お前らチビってんじゃねえ!!ここは未踏領域だぞ!?
シニガミが挨拶してから来てくれるとでも思ってたのか!?ああ!!?」
ボルボ先輩が大声を出す。
「こんなの毎年の事だ!!冷静に対応しろ!!」
いや、そんな大声で冷静とか言われても……
だが、ボルボ先輩の言う通りだ。
シニガミの最初の不意打ちさえかわすことができれば、あとは訓練通り対応できる。
俺たちは暗くて視界が悪い中、皆のエーテル燃焼の光と僅かに燃え続ける焚き火を頼りに、周囲を警戒し続けた。
空が明るくなり始めた頃、バレッタさんが戻ってきた。
「おう!!うまくいったみたいじゃねぇか!!」
他の皆は座り込んでいるが、ボルボ先輩は相変わらず元気な声で呼びかけた。
「メスと……あの警備をしていた灰燼はどこだ?」
バレッタさんの静かな言葉に、皆が顔を見合わせる。
さっきまで暗くて気が付かなかったが、二人の姿が見当たらない。
たしかソルトは昨夜の見張り担当だったはずだ。
あの昨夜の悲鳴は……
「皆、こっちに集まってくれ」
寝床に確保していた場所の東側から、エアハルトさんが呼びかけた。
淡々とした声の質から、皆状況をなんとなく理解したはずだ。
おそらく……
俺たちが暗い足取りで近づくと、メス先輩のしゃがんでいる姿が見えた。生きていたのか。
だが、傍には倒れている身体もあった。
灰色のチャージリング……ソルトの姿だ。
顔は黒い布が被せられていて見えない。
だが、服から覗いている手は全ての水分を失ったかのように萎れていた。
皆無言で周囲に集まる。
「昨夜、ソルト君はシニガミに襲われて命を落とした」
エアハルトさんの静かな声が周囲に響き渡る。
「東側の監視をしていたが、暗闇でシニガミの姿に気が付かなかったのか、触れられてしまったようだ」
チャージリングから覗いて見えるイドラ鉱石は、最大の半分程度……
シニガミの攻撃を防いではくれなかったようだ。
俺も灰燼だから、身につけているイドラ鉱石の量は同じくらい。決して他人事ではない。
「他にシニガミに触れられた人はいるか?」
エアハルトさんの言葉で、皆、首のチャージリングに触れて量が減っていない事を確かめている。
わかっていた事だけど俺は問題ない。
他の皆も触れられる事はなかったみたいだ。
「では、特例条項 第四項に従ってイドラ鉱石はメスに譲渡する」
!?
メス先輩もシニガミに触れられたのか?
エアハルトさんの言葉で、しゃがんでいた先輩がソルトのチャージリングからイドラ鉱石を取り外した。
立ち上がり、自身の白金色のチャージリングを外す。
チャージリングから覗くイドラ鉱石は、最大量の三割程度になっていた。
白金に到達した人は、ほぼ最大量を常に補充しているはずだ。
『特例条項第四項……対象者死亡時、緊急性があると認められた場合、か』
アルの言葉に、小さく頷く。
イドラ鉱石の掠奪は死刑だ。
だから今回のように石を持っている人が死亡した場合など、譲渡できる形式は限られる。
メス先輩は下を向き、丸く整形されたイドラ鉱石を一つづつチャージリングに追加していく。
カチッ……カチッ……という音だけが周囲に響く。
メス先輩は、ソルトと同じくシニガミ襲撃時の警備担当だったはずだ。
正直、聞きたい事は色々ある。
でも、誰も何も喋らなかった。
とても尋ねられる空気じゃない。
少しの間沈黙が降りた。
「……残念だが、僕たちは立ち止まるわけにはいかない。
鉱脈の発見を求めている人達が大勢いる」
静かな空気の中で、エアハルトさんがゆっくりと口を開いた。
「斥候組は、ソルト君を埋めるための準備をしてくれ。
その後すぐ出発する」
ここでは遺体も持って帰る事はできないんだな……
コルドラやエリカ、初回組の多くは顔色が悪い。
当たり前のことだが、ここで死んだら街に戻る事もできない。
その事実を、今更ながら実感しているようだった。
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「俺も明日殺されるかもな」
「……えっ?」
俺と一緒にソルトを埋めるための穴を掘っていたコルドラが、不意につぶやいた。
「あいつ、ソルトからイドラ鉱石を取りやがったが、まだ最大量じゃなかったはずだ。
明日の夜は俺があの人と同じタイミングで警備することになっていたが……絶対俺が死ぬことを願ってるだろ?」
「……流石にそんな事はないだろ」
俺の呟きに、近くにいたネストも続ける。
「白金の人達は予備の石を持ち込んでる。
さっき補充してたから、メス先輩も今は最大量になってたよ」
ネストの言葉を鼻で笑ってコルドラが続ける。
「どうだかな。あの人の態度を見てると、俺たちの事なんてその辺の塵と同じくらいにしか思ってないのが分かる。
ついでに死んでくれたほうが、石の予備ができると思ってるに違いねえ」
そう言うと、コルドラは折りたたみ式のスコップを地面に力任せに差し込む。
そして、ガッ!っと音を立てて突き刺さったスコップをそのままに、俺たちに背を向けて歩いていった。
ネストが慌てたようにコルドラを追っていく。
「……確かにあの先輩ならそう思ってるかもしれないな」
一人残った俺は、アルに向けてボソッと呟いた。
『あ? そう思うなら直接聞けばいいだろ』
「だからっ! 聞けるわけないだろ!」
エリカの時にも同じ事をアルは言っていたけど、冗談で言ってるんだよな?
『ハッ、くだらねえ妄想してんじゃねぇぞテメェ。テメェはシニガミを倒すために、まずどうやって石を確保するかを考えやがれ!!』
「わかってるよ!」
アルの蹴りを躱すように身を屈めて俺は答える。
相変わらずこいつは厳しい。
でも、逆のパターンだったエリカのこともあるし、今の段階でメス先輩のことは判断できないのは確かだ。
コルドラの不安な気持ちもわかるが、今は生き残るために最善を尽くすしかないだろう。




