第42話 正しい選択
前に進み出たネストが、エアハルトさんから話を受けている。
もう歩き出してしまいそうな雰囲気だ。
くそっ……
答えが出ないまま、気がつくと俺の足は動き出していた。
俺はそのまま静かに歩き続け、エアハルトさんの前に出る。
「俺も少し後ろをついて行っていいですか?」
「……どういうことかな?」
エアハルトさんが冷静に俺に問いかけてきた。
「もしもネストがエーテル燃焼体に襲われても、誰かが後ろに控えていれば、助けられるかもしれません」
エアハルトさんは俺の言葉を聞いて、少し考えてから話し出した。
「……なるほど。だが、危険度はネスト君に比べてかなり下がる。助けられなかった場合、功績としては認められないが、それでいいかな?」
「はい。問題ありません」
ネストが信じられないものを見る目で、俺をみている。
「いいだろう。もしネスト君が襲撃された場合、フォローしてあげてくれ」
エアハルトさんは、あっさりと許可を出した。
近くで聞いていたボルボや、バレッタ先輩も何も言わない。
斥候という名の生贄を二人同時に失う可能性があるから、もっと反対されるかと思ったけど意外だな。
「テメェ、楽に功績あげようとしてんじゃねえぞ。
ついていくだけで功績になるとは思うなよ」
近くにいたメスが、俺に吐き捨てた。
手にしている手帳を眺めながら、こちらには視線すら向けない。
嫌悪感が滲み出ていた。
……確かにそう思われても仕方ないけど、もう他に手段が思いつかなかったからしょうがない。
だが、ネストはその点は気にしていないようで、震えた声を発した。
「何で? 襲撃された後に、僕を助けることができる可能性なんて、ほとんどないでしょ……
功績にならないんだよ?」
「ここで死なれたら、次は俺だからね」
ネストにそれっぽい理由を適当に告げた。
正直、皆の前で力を見せる覚悟は……ない。
今まで俺を灰塵として迫害してきた他人は信用できない。
それに、アルの力を使ってしまうと、後でアルが寝てしまう時間が発生する。
一人なら隠れてやり過ごすが、集団行動している今はそんな危険を負うことはできない。
だが、せめて気配を察知できれば、ネストを連れて撤退できる可能性がある。
「準備はいいかな?」
「……はい」
エアハルトさんに声をかけられ、震えながらネストが頷いた。
ピチャリッ、と湿地帯に足を踏み入れた音が周囲に響き渡る。
不気味なくらい静かな場所だ。
ゆっくりと湿地帯を進むネストの後ろを、俺は身を屈めながら着いていく。
地中から襲ってくるエーテル燃焼の気配を察知するために、俺は地面に意識を集中する。
地中から襲ってくるエーテル燃焼体は、通常よりも察知することが難しい。
足元に集中することで、察知がしやすくなることを俺は学んでいた。
まあ、アルに怒鳴られ、助けられながら半べそで学んだことなんだけど……
ピチャリ、ピチャリ、と一歩ずつ進む俺たちは、湿地帯の半分近くまで進んでいた。
今のところ何も気配を感じないが、このまま突っ切ることが出来るわけない。
未踏領域は、そんなに甘くないのだ。
「っ……!」
足元から、じわりと伝わるエーテル燃焼の気配。
一瞬にして、それは比べ物にならないほどの悪寒に変わった。
「真下だ!! 逃げろ!!」
「……えっ?」
それだけ叫ぶのが精一杯の時間で、ネストの足元が大きく崩れた。
真下からネストの背丈を超える両顎が現れ、一瞬にしてネストを挟み込む。
その両顎が纏っているキラキラとした黒と黄色の粒子で、まぶしい光が周囲に溢れた。
あっ……という間に、目の前でネストが死の危機に瀕する。
時が凍ったように、俺は固まった。
ダメだ、アル以外はもうどうしようも……
だがその時、俺の顔の横を白金色の粒子が筋となって通過した。
「うあああ!?」
ネストを挟み込んでいた両顎は、銀色の弾丸に多数貫かれ、血飛沫を上げて肉片と化す。
一瞬で訪れる静寂。
振り返ると、バレッタさんが構えた銃身から、キラキラとした粒子が舞っていた。
「あの距離で、複数の弾丸にエーテルを付与……?」
座り込んだネストがぽつりと呟いた。
「ありえない……普通は一発の弾丸に付与するだけでもすごいのに、あの距離と連射で……?」
震えながら呟いた言葉は、他の新人達の気持ちを代弁していたようだ。
フエゴやエリカ、メイソンが信じられないものを見る目でバレッタさんを凝視している。
助かった……バレッタさんに助けられた。
俺は心の底からホッとしていることに気がついた。
でも、まさかあの状況から助かるとは思わなかった。
アル以外は不可能なタイミングだと思ったけど、バレッタさんがここまで凄いとは……
「そのまま進め!!」
エアハルトさんの声が届き、俺とネストは慌てて向歩き出す。
結果的に、ネスト、俺、コルドラ、ソルトの順で沼地を通過できたので、他のメンバーも順番に通過した。
「あ、ありがとうございます!!」
ネストが待ち構えていたようにバレッタさんに頭を下げる。
命の恩人だからな、そりゃあ感謝するか。
「……生贄はまた使えた方がいい。勘違いするな」
バレッタさんは笑みもなく、冷たい言葉でネストを突き放した。
「助けたけど、冷たい人だな……」
俺はアルに呟くが、アルは何も言わなかった。
だけど困ったな、この感じで斥候役が使われたら、アルの力を使わないと生き残れない場面も出てきそうだぞ。
そうなる前に何とか部隊から離脱して、一人になりたい。それに……
「……俺の選択は正しかったのかな?」
アルに向けて小さく呟く。
今回はバレッタさんのおかげで誰も死なずに済んだ。
だけど、一歩間違えばネストは死んでいただろう。
俺の選択は本当にこれでよかったのだろうか?
『あ?……俺たちは神じゃねえんだ。
毎回正解は選べねえ。テメェの責任で決めるしかねえだろ。
それを逃れられるのは……親に泣きつけるガキだけだ』
アルが吐き捨てた言葉に俺は何も言えなかった。
アルに未熟な点を指摘されても、それを簡単に改善できる気はしない。
俺はまだ信頼できる仲間がいないから、自分の身を守ることを最優先にすべきという気持ちがある。
だけど、他人でも無駄死にを防ぐためには……例えば、エアハルトさんにだけはアルの力を伝えた方が良かったのだろうか?
答えが出ない悩みが、頭の中をぐるぐると回る。
今は……考えをまとめることができない。
ただ、これから先も同じような悩みを感じることもあるだろう。
そんな予感だけ、俺は感じていた。




