第41話 生贄の利用法
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「くそっ眠い……毎晩襲撃されるんじゃねえだろうな」
コルドラが疲れた表情で呟いた。
背負っている大量の荷物に潰されそうになりながら、俺の前を前屈みで歩いている。
未踏領域に入って二日目、斥候組は昨日と変わらず重い荷物を背負って進んでいた。
昨夜の襲撃で、皆しっかりと休むことができなかったみたいだ。
歩き始めたばかりだが、初めて参加する斥候組や、エリカやフエゴ、メイソンは明らかに疲れた表情をしている。
「テメェら疲れた表情しやがって。
オラ、もっと早く歩け。日が暮れるぞ!」
速度が遅れ始めたコルドラ達、灰塵のメンバーをメスが足蹴にする。
「す、すみません。ほとんど眠れなくて……」
「あ?まだ生贄にも使われてねーだろ。
疲れたとか言ってんじゃねーよ」
メスに容赦ない言葉をかけられ、苦しそうに歩くコルドラ達。
「チッ」
メスはチラッとこちらをみるが、一応ついていくことができている俺を見て、舌打ちした。
「ヒツギ君は、灰塵レベルなのに疲れていないの? 僕もかなりキツイのに……」
隣で息を切らして歩いているネストが、俺に声をかけてきた。
黄色い粒子を薄く纏っているが、辛そうに見える。
「今のところは……前も夜はほとんど眠れなかったから、慣れたのかもしれない」
「……少しなめてたよ。やっぱり経験者はちがうんだね」
俺は未踏領域で毎晩、死にかけながら気配察知の訓練をしていた。
だから昨日の襲撃もいつものことに感じたけど、他の皆は辛いだろう。
ネストは下位とはいえ黒硫黄レベルだからついていくことができているが、かなり眠そうだ。
フエゴ達、白金のメンバーは荷物が少ないが、周囲を警戒しているので精神が削られているように見える。
「止まれ!」
鋭く発せられたエアハルトさんの声で、皆が立ち止まる。
「これは……厄介だな」
苦虫を噛んだような表情でエアハルトさんが呟いた。
ここまでは、巨大な樹々が立ち並ぶ森を歩いてきたが、目の前には湿地帯が一面に広がっていた。
足首程度までの水たまりが広い範囲に広がり、地面はぬかるんでいそうだ。
先の方には巨大な樹々が見えるので、少し歩けば通過できそうだが……
「もう少し奥まで行く必要があるだろ。
迂回できないか?」
エアハルトさんやボルボ先輩が話し合い、どうすべきか相談している。
だけど、横一面に広がる湿地帯を迂回するのは難しそうだな……
「リスクを考えると、斥候を利用すべきだと思います」
メイソンがエアハルトさんの前に進み出て進言する。
「っ……!」
近くにいたネストやコルドラの体が固まるのがわかった。
「ほー、わかってんじゃねえか」
メスがニヤリと笑う。
斥候役……つまり誰かが囮になり、安全性を確認するということだ。
だが……
『まあ、厄介なやつの一体や二体はいるだろうな』
アルが言う通り、明らかに危険な場所だ。
俺も未踏領域でしばらく過ごしたからわかるが、危険なエーテル燃焼体が潜んでいる可能性が高い。
ここを通過するには、誰かが安全を確かめる必要がある。それは皆が理解していた。
「……僕が行きます」
すぐ隣にいたネストが、震えながら声を上げた。
皆の視線がネストに集まる。
ネストは俯いたままだ。手が明らかに震えている。
「土壌の状態や……潜んでいるエーテル燃焼体を確認しないといけないので……」
賭けに出たのか。
ここで斥候として安全確認の功績を立てることができれば、生き残った時に評価されるだろうけど……
「……わかった。君に任せる」
エアハルトさんが静かにつげる。
ボルボ先輩とバレッタ先輩が頷いた。
やばい、どうしよう……
俺はアルの零秒点火があるから、エーテル燃焼体の奇襲を受けても生き残ることができるが、ネストは……
おそらくここで死んでしまう。
アルの力を出せば、皆生き残ることができるのに、それを隠してネストを死なせてしまってもいいのか?
俺は不安気な表情でアルを見る。
『クソガキが。子犬みてえな顔してんじゃねえぞ』
アルはそう言っただけで、視線を俺から逸らした。
「っ……だってこれでネストを死なせたら……」
俺のせいで……
『ハッ、俺が見捨てろって言えば、テメェは楽になるからな』
「っ!!」
『俺に責任を押し付けんてじゃねえぞ』
アルの言葉に図星を突かれた気分だった。
俺は決断の責任を負いたくなくて、アルに助けを求めたことを一瞬で見抜かれた。
『テメェはどうしたいんだ?
お前自身の責任で決めろ。自己責任上等なんだろうが』
「だけど……もし選択を間違えたら……」
『ハッ、全部が自分の望んだ結果になるわけねぇだろ。
テメェは完全無欠じゃねえと気が済まねえのか?
駄々をこねるクソガキだな』
渋る俺に、アルは嘲笑って告げた。
俺は……どうしたらいいんだ!?




