第40話 ヒツギの察知能力
----
……まさか、この組み合わせになるとは。
未踏領域でも、夜は交代で周囲を監視することになっている。
だが、今回の組み合わせは俺とエリカだった。
もちろん、同じ時間に監視を行うのは二人だけではなく、エアハルトさんを合わせた三人だが、エアハルトさんは反対側を一人で担当するとのこと。
もう半分を、俺とエリカで警戒してくれと言って、離れてしまった。
隣に立っているエリカと何も会話がないまま、無言で時が過ぎる。
……やばい。これは気まずい。
このまま何時間も耐えることができるのだろうか?
「あー!!もう、怒らせたのは悪かったよ!!」
……無理だった。
耐えきれなくなり、エリカに話しかける。
「たぶん俺が悪いんだろうけどさ、理由を教えてくれよ!!」
無言のエリカ。
……完全に無視ですか?
「……アンタは、あまり他人を見てなかっただろうから、わからないでしょ。
まあ、境遇を考えたら当たり前か……」
しばらくして、エリカが疲れたように吐き出した。
……少し、思い当たる節がある。
伝統から帰ってくるまで全く気がつかなかったが、エリカはあの同期の女の子、アザカと気まずそうに距離を測っていた。
「そりゃあ、アンタも悩むことくらいあるだろうけど、そんなに怒ることないだろ」
「確かにそうね。私もまさかあんな姿を見せることになるなんて、思ってなかったわ。まあ運が悪かったわね、あなたも」
「いや、傲慢すぎるだろ……」
こいつ、俺に謝る気すらないな……
まあ、俺が灰塵だから当たり前と言えば当たり前だけど。
本性は全然優しくないじゃないか……
エリカの言い分に俺が絶句し、再び沈黙する。
「はぁ……あの子、アザカさんとは何か……ッ!」
俺がエリカに、アザカとのことを聞こうとした瞬間、周囲にエーテル燃焼体の気配を感じた。
まずい。これは数が多い……
「……何?」
俺の様子が変わったのを感じたエリカが、不審気にこちらに目を向ける。
「白金の先輩達を呼んできてくれ。
エーテル燃焼の光が見えた。多分……数は10を超えてる」
「えっ?どこに……」
エリカが周囲を見渡すが、燃焼光はまだ見えない。
だが、気配はもうすぐ近くに迫っていた。
「いいから、早く!」
「っ……!」
俺の声でエリカが動き出す。
まだ半信半疑で不満気な目をしていたが、踵を返し、皆を起こしに向かった。
敵襲を知らせる、エリカの声が周囲に響き渡る。
だが……
「クソッ、間に合わないか。
しょうがない、俺が離れてこっそり倒すしか……」
『いや、間に合ったな』
「え?」
アルの声に思わず反応する。
後ろから、強烈な白金レベルの気配が近づいてきた。
振り返ると、白金のエーテル光を纏った長い髪の先輩、バレッタさんが銃を抱えて飛び込んできた。
っ!すぐに俺の真横を一筋の白金色の粒子が走る。
メスの使っていた小型の銃と違い、銃身が長く肩に担ぐようにして構えている。
「バレッタさん!?
寝てたはずだろ!? 何で間に合ったんだ!?」
意外な人の登場に、思わずアルに向けて叫んだ。
『ギリギリで察知したんだろ』
俺は続けて放たれるいくつもの白金色の線から逃げるようにして、後ろに下がる。
確かに、エリカが声を上げると同時に飛び出すくらいでないと間に合わない。
ということは、その前に自力で察知したのか?
俺は寝る間もなく気配察知の訓練を続けたからできるようになったけど、この人もその能力を持っているのか?
だけど、タイミング的にはギリギリだった。
位置を考えても、俺やアルの方が察知できる範囲は広いと思う。
続けてボルボ先輩が飛び出し、合流する。
それから少し時間をおいて、フエゴ、メイソンの順で飛び出してきた。
「おい、お前ら!!
剣を抱いて寝てねぇと、二度と女を抱けなくなると思えよ!!」
ボルボ先輩が遅れてきたフエゴ達に、デカい声で檄を飛ばす。
「て、敵はどこに……」
怯えた様子でコルドラ達も出てきた。
だが、もう周囲には静けさが戻っていた。
「一人で、倒したのか……」
今まで一度も戦っていなかったが……強い!
この暗闇の中、十体以上のエーテル燃焼体を一方的に駆除するとは。
さすがは白銀の女神と呼ばれるだけはある。
バレッタさんは、何事もなかったかのように銃を担ぎ直して戻っていった。
「なんか、この人かっこいいな」
セドじゃないけど、俺も思わずそう感じてしまった。
『ハッ、お前にはそう見えるか』
「なに、どういうこと?」
アルの呟きが気になる。
なんか含みがある言い方に聞こえた。
アルは何かに気がついている?
『別に何でもねえ。あの姉ちゃんはよく見とけよ』
……ほんと気になる言い方するな、コイツ。
どうせ理由は教えてくれないから、言われたとおりにするしかないけど。
一応、バレッタさんのことは出来るだけ気にするようにしよう。
その後、しばらくは警戒していたが、再び襲撃を受けることはなく朝を迎えることができた。
----
「昨夜はお疲れ様。
早く気がついてくれたおかげで助かったよ。
エーテルの燃焼光が見えたのかい?」
襲撃があった翌朝、エアハルトはエリカに昨夜の状況を尋ねていた。
エアハルトは、予想より早く対応することができた理由が気になっていた。
「いえ、私は見えなかったのですが、ヒツギ君が見えたと言ったので……半信半疑で対応しました」
エリカは少し戸惑った様子でエアハルトさんに答える。
「なるほど。彼は昼間も襲撃に早く気がついていたからね。君の判断も正しかったと思うよ」
「……ありがとうございます」
エリカはエアハルトに褒められたが、あまり喜ぶことができなかった。
結果的にはよかったが、自身は気がつくことができなかったので複雑な気持ちがある。
エリカに話を一通り聞いた後、エアハルトは昨夜ヒツギが警備をしていた場所で周囲を見渡した。
「おう! あと少しで出発の準備が終わりそうだ!! ちと眠いが、今年も始まったって感じがするじゃねえか!!」
ボルボが大きな声でエアハルトに状況を伝える。
「どうした、そんな場所で?
……何か見えたのか?」
一人佇むエアハルトを見て、ボルボはエーテル燃焼体が見えたのかと警戒した。
その様子を見て、バレッタも銃を担いで近づいてくる。
「あ、いや……違うんだ。
さっきエリカ君に話を聞いたが、昨夜襲撃に気がついたのはヒツギ君らしい」
「あいつ、昼間も俺より早く見つけてやがったからな」
ボルボが思い出したように呟いた。
「この位置でエーテル燃焼光が見えたというが……光が見えてからなら、もっとギリギリになると思う」
「……確かにそうだな」
周囲を見渡しながら、エアハルトとボルボは考えていた。
確かに、この複雑な地形と樹々の隙間からエーテルの燃焼光を見つけるのは難しいだろう。
「どっちが早かった?」
エアハルトがバレッタに顔を向け、真面目な表情で訪ねる。
バレッタは黙って視線をヒツギの方向に向けた。
「マジかよ……」
ボルボが呆然と呟く。
位置はヒツギの方が近かったとは言え、バレッタのエーテル燃焼の察知能力はメンバー随一だ。
そのバレッタより早く気がついたという事実は無視できない。
「……少し、確かめてみようかな」
出発前の片付けを進めているヒツギに目を向けながら、エアハルトが呟いた。




