第38話 2度目の未踏領域
昨日は日が暮れてから、外周で一晩を過ごした。
簡易的な組み立て式の寝床を作り、その中で睡眠をとった。
ちなみに、外側には俺たち斥候組が配置されている。
これはシニガミが外側から来た時に、白金を守るための配置だ。
徴用校の寮と同じで、皆当たり前に受け入れている。
皆が同時に寝るわけではなく、数人ずつで警備を行ったが、特に何も起きず、皆眠りを妨げられることなく過ごすことができた。
やっぱり外周と未踏領域は全然違う。
未踏領域で過ごした頃、夜襲われなかった日なんてほとんどなかった。
今回は入るのは浅いエリアとはいえ、さすがに毎回こうは行かないだろう。
「……グローリア境界線を超えました」
エアハルトさんの横で、地形図を確認していたエリカが、静かに声を上げた。
皆が顔を見合わせる。
つまり、事実上の未踏領域へ入ったと言うことだ。
確かに周りの樹々は巨大になり始めていたが、少しずつ変わってきていたので、あまり実感が湧かないのだろう。
「みんな、一旦止まって聞いてくれ」
立ち止まり、エアハルトさんが声を上げる。
「事実上、ここからは未踏領域だ。
僕たちは既に地図にないエリアへ入った」
指示に従い、皆一旦荷物を下ろしてエアハルトさんに注目する。
「初めての人は、まだ実感が湧かないだろう。
だが、これから急激に周囲の環境が変わり、エーテル燃焼体の強さも跳ね上がる。
全員で戦っても、傷ひとつ付けることができない存在にも遭遇するだろう。
この十年で、死人が出なかったことは……一度もない。
気持ちを切り替えろ」
エアハルトさんの厳しい言葉に、緊張感が漂う。
「隊列を整えるぞ。
斥候役は、一旦内側に入れ。
ボルを先頭にして進む」
今まで陽動役としてエサにされていたコルドラ、ソルト、ミルが中央付近に戻り、ボルボが先頭になった。
誰も話をせず、静かな緊張と共に歩き出す。
歩き出して、程なくして周囲の風景が変わってきた。
樹々は明らかに巨大なものが増え、明らか間隔が広がっている。
巨大な根を乗り越えるようにして進むうちに、自分たちが小さくなったような錯覚を受け始める。
うねるように広がる樹々の根が、異様な不気味さを醸し出している。
「おい……なんだこれは。急に景色が……全然違うじゃねえか」
隣にいたコルドラが怯えたように声を出す。
ソルトやネスト、それに新人白金の三人も明らかに戸惑い、不安そうに周囲に目を向けていた。
だけど……
「なんか懐かしいな」
「……えっ?」
俺の呟きに、皆が信じられないと言った様子で目を見開いた。
少し先にいたエリカやフエゴにすら聞こえてしまったらしく、一瞬で視線が集まる。
「あ、いや……未踏領域ってこんな感じだったなって……」
しまった……
誰も何も言わず、変な空気になってしまった。
「クソが……ッ」
フエゴが俺を見て、苛立つように吐き捨てた。
いや、俺を恨むなよ……
「おう。お前!さすがは伝統に選ばれただけあるじゃねえか。真っ先に斥候にしてやるから、ありがたく思えよ!!」
ボルボ先輩が振り返りながら、ニヤリとした笑みで告げる。
……あ、しまった。
「来てる!!正面!!黒硫黄三体!!」
俺は思わず声を上げて知らせた。
次の瞬間、正面から黄色い光が三つ飛び込んでくる。
「あ!? !!クソッ……
ゴラアアアア!!」
ボルボ先輩が気がつき、正面の一体を止める。
そして、残り二体をエアハルトさんが……
普通に切り裂いた。
は!? ちょっと待て、何だそれ!?
キラキラとした白金色の断面を残し、真っ二つに分かれるエーテル燃焼体。
俺が未踏領域で最初に遭遇した、巨大な鳥のようなエーテル燃焼体と同一だったが、口から尾まで綺麗に半分に切断されていた。
俺は自分でも、アルの燃焼器官で白金の力が使えるからわかる。
この切断は普通じゃない。
こいつは黒硫黄レベルだけど、ゴツゴツした皮膚は硬く、こんなに綺麗に真っ二つにできるエーテル燃焼体じゃないぞ………
白金とはいえ、ここまで相手の纏っている
黒硫黄のエネルギーと硬い体表を無視して切断するなんて……
アルの真紅の力なら可能だけど……
白金でここまでの力とは。
俺は思わずエアハルトさんを凝視する。
と、その時エアハルトさんは、狙っていたかのように俺に視線を向けて笑った。
「ん? 何かな?」
初めから俺の反応を予期していたかのような対応だ。不意をつかれてドキッとする。
「……いえ、綺麗に斬りますね」
「ふふ。そうか、ありがとう」
意図を感じさせない笑みで、エアハルトさんは答えた。
『基礎の練度が最高クラスだな。さすがに他とは違うってことか』
アルが呟いた通り、真紅に最も近いと言われるだけある。
隣にいたネストが、怪訝そうに俺を見る。
「クソッ……」
またフエゴが悔しそうな声を出した。
単純に、また力になれなかったことが悔しいようだ。
周りのネストやコルドラはともかく、エリカやフエゴですら、この異常な切断能力には気がついていないのか?
まだ未踏領域のエーテル燃焼体と戦っていないから、実感が湧かないのかもしれない。
「おい!小僧!テメェが変なこと言うから、不意をつかれたじゃねえか!!」
ボルボ先輩が騒いでいる。
「ボル、別にヒツギ君のせいじゃない。
それに皆も理解しただろう。
今回はこの程度だったが、今後も襲撃は続く。
周囲への警戒を怠るなよ」
エリハルトさんの言葉で再び俺たちは歩き出す。
皆流石に緊張感を持ったようで、周囲に視線を向け、警戒をしている。
だけど……
このまま行くと、またやばいのに当たるな。
おそらく……白金レベルだ。




