第37話 先輩達の実力
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まばらに樹々が広がる斜面。
昼間でも暗く、光が届かない鉱山の周辺を俺たちは歩いていた。
「ほら、お前ら敵を探して来い」
前にいたソルトが、背中を蹴られて左側に押し出される。
蹴り出したのは、医療担当の白金と言っていたメスだ。
「お前もだよ」
ネストは右に押し出され、白金のメンバーを囲うように配置された。
「あ、あの……この荷物だと、戦えないのですが……」
ソルトがビクビクしながら、メスに話しかける。
確かに、俺たち斥候組は大量の荷物を背負っている。
自分の背丈ほどもあるリュックは、エーテル燃焼なしでは体がふらつくほど重い。
「お前らはどうせ戦えねーだろ。そんなもん仕舞っとけ」
コルドラやソルトが構える小型のダガーを顎で示しながら、メスは告げた。
「で、でも……」
震える手で持っているのは、エーテル結晶が埋め込まれた武器だ。
利用すると、一瞬だけ黒硫黄レベルのエーテル燃焼の付与が発動される道具で、数回しか使うことができない。
だが、灰塵にとっては数少ない黒硫黄中位レベルにもダメージを与えることができる手段だ。
「ビクビクしやがって。まだ外周だろうが。
この辺りのエーテル燃焼体も駆除するんだから、エサが必要ってわかんだろ」
呆れたようにメスが告げる。
出発前にエアハルトさんから予定の確認があった通りだ。
今回俺たちはグローリア鉱山の周辺を徒歩で通過し、未踏領域へ入る。
未踏領域へ進むついでに、鉱山周辺のエーテル燃焼体を駆除して行くという話だった。
先頭にはコルドラ、その後ろにボルボ先輩、エアハルトさん、エリカとフエゴ、メイソンの三人、俺とメス先輩、最後尾にバレッタさんと縦に続く。
左右は、今蹴り出されたソルトとネストが膨らむ形で配置されている。
『陽動役だな』
一人先頭を歩くコルドラの背中を見ながら、アルが呟く。
「陽動? ただの嫌がらせじゃないか?
それより、どうするんだよ。このままだと……」
もうすぐ先頭のコルドラが接敵する……
俺はどうすればいいか迷い、アルをチラチラと伺った。
『ほっとけ。
こいつらがどのくらいで察知するか確認しろ』
「大丈夫かよ……」
アルは放置するつもりらしいが、本当に大丈夫なのだろうか?
先輩達は特に動きを見せていないから、気がついていないように見えるが……
「テメェ、ビクビクしやがって。
オラ!どけ!!」
先頭付近を歩いていたボルボ先輩が、コルドラの首を掴んで後ろに下がらせた。
そして、背中に背負うようにして持っていた、背丈をはるかに超える巨大な刀剣を一息で抜刀して正面に構える。
キラキラとした白金のエネルギーが刀剣の根本から先端まで伝っていき、全体を輝かせた。
「もらうぜ……1匹目エエ!!」
震えるような掛け声を出した瞬間、正面に黄色い光を纏った巨大な獣が突っ込んできた。
顔から首に掛かるほど長い牙を生やした、キメラ型のエーテル燃焼体だ。
ボルボ先輩により縦に振り下ろされた巨大な刀は、正面に飛び込んできたエーテル燃焼体を「グチャッッ」という音と共に絶命させた。
「う、うおおおおおお!?」
獣の肉片が、後ろに引き倒されたコルドラの顔面に降りかかる。
エーテル燃焼体の襲いかかるスピードが速く、何があったのか理解できていないようだ。
「おい。動くなよ」
続けて、俺の後ろを歩くメスが、左側に配置されたソルトに声をかける。
「え……?」
一瞬後に聞こえた銃声。
次の瞬間ソルトの目の前で、キラキラとした白金色の粒子と共に、血飛沫が上がった。
ソルトは血飛沫を顔面に浴びながら、呆然と立ち尽くす。
そして、状況が理解できないのか、そのまま尻餅をついた。
ソルトのすぐ横を滑るように、黄色い粒子を纏った獣が倒れ込む。
正面から襲って来たエーテル燃焼体と同じ、牙が長いキメラ型の獣だった。
「銃弾へのエーテル付与……?……一発?」
ソルトが、衝撃を受けたように呟く。
「おら、さっさと立ち上がれ。エサがへばってたら食いつかねえだろ」
メスが、持っていた手のひらサイズの小さな銃を懐に仕舞う。
そして、呆然と座り込むソルトを引っ掴んで立たせた。
細身だが、白金レベルのエネルギーを纏った腕は、軽々とソルトと大きなリュックを持ち上げる。
混乱しているのか、ソルトは震えながら、ふらふらと歩き出した。
「銃弾へのエーテル付与。難しいって聞いたけど……」
『医療担当の補助としては優秀だな』
そうだった。さっきソルトやコルドラをエサにしていたので忘れていたが、メスは医療担当でもあったはずだ。
白金で医療担当、しかもこの戦闘力ならかなり需要が高いんじゃないか?
そんなことを考えながらまた歩き出す。
鉱山を過ぎたばかりなのに襲撃されるとは。
まだ未踏領域へも入ってないのに、これが何回続くんだろう?
未踏領域の外周に差し掛かったばかりだが、俺は嫌な予感がした。
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「ウラアァァァァァッ!! 四体目エェェ!!」
俺の嫌な予想はあたり、その後も一日で何度も同じような襲撃を受けた。
ボルボ先輩の大きな声があたりに鳴り響く。
陽動役で周囲に配置されたコルドラ、ソルト、ネストの三人は、もはや心ここに在らずと言った様子だった。
今日だけで、10歳くらい老けたように見えるぞ……
「クッ……」
また、腰の刀剣に手をかけたまま、何もできなかったフエゴが苦しそうな声を出した。
「おう、お前ら、白金だからってただ歩いてればいいわけじゃねえぞ!!」
ボルボ先輩がニヤニヤしながら声を上げる。
「……すみません」
エリカが頭を下げる。
フエゴとエリカ、メイソンの新人白金三人は、悔しそうな顔で俯いていた。
いや、メイソンは特に気にしていないのか、いつも通りだな。
ここに来るまで、ほとんどはボルボとメスが倒している。
襲ってくるのは黒硫黄III相当のエーテル燃焼体だ。
三人は、エーテル燃焼体の襲撃へ対応が間に合っていない。
「ボル、あんまりいじめるな。最初はみんな同じだ。それに、隊列の問題もある。無理に前に出ないでいい」
エアハルトさんのフォローが入る。
「す、すごい……さすが白金の先輩達。
これなら僕たちも生き残れるかもしれない……」
ネストが、興奮したように呟いた。
「おい。お前はバカか? まだここは外周だぞ。
こんなとこで死んだやついねーよ」
ネストの呟きを聞いたメスが、バカにした様子で告げる。
「そ、そうですよね……。そうでした……」
ネストが落ち込む。
斥候役の7割が死ぬと言われるのは未踏領域だからこそだ。
この程度のレベルなら、そんなに死なないだろうな。
とはいえ……
「気配察知は俺の方がかなり上だと思う」
こっそりとアルに呟く。
『あ? 俺が鍛えたんだからあたりめーだろ』
俺はアルの厳しすぎる訓練のおかげで、一日中休みなく気配察知の練習ができた。
だけど普通はあんな方法無理だからな……
これはしょうがないだろう。
それにしても荷物が重い……
灰塵レベルのエーテル燃焼だと、やっぱり疲れるな。
この場でそれ以上にレベルを上げると見つかるから、どうしようもないけど。
そんなことを考えてながら、日が暮れるまで皆歩き続ける。
明日には未踏領域に入るはずだ。
エリカ達は、すでに気圧されているが、おそらく白金の先輩達はまだ力のほとんどを出していない。
きっと今以上に厳しい戦いがあるだろう。
そうなれば、ドサクサに紛れて離脱できるかもしれないな。
日が沈み、不気味な暗さが漂い出した周囲を見渡しながら、俺は明日以降のことを考え始めていた。




