第36話 自分で決められない弱さ
「よし!!お前ら、積荷を下ろせ!!
予定通り、ここからは歩きだ!!」
車両が止まり、ボルボ先輩の大きな声が響き渡った。
俺たちは慌てて荷台から降りて、荷物を背負う。
周囲を見渡すと、高い山に囲まれていた。
何かが燃えるような臭い……
白い煙が至る所から空に向かって伸びている。
煙に遮られた空は、まだ午前中にも関わらずとても暗く感じる。
多くの人が、周囲で動き回っていた。
袋を肩に担いで歩いている人が多い。
その袋を小さな線路の上に乗っている台車に乗せ、また次の袋を取りに戻って行く。
「……あれは、灰塵や黒硫黄下位の奴らだ。
俺たちも、普段はああやって働いている」
隣に来たコルドラが、俺に語りかける。
「あの少し高い場所で周囲を見渡している、若い奴が見えるか?
あれは黒硫黄中位以上の人間だ。
ここで働くには、あの人間の指示に従う必要がある」
コルドラが指差す方向を見ると、俺と同じくらいの年齢の男が周囲を見渡し、時々指示を出していた。
予定から遅れているようで、袋を運ぶ人を急かしている。
「俺も普段はこんな感じだ。
エーテル燃焼能力が低いから、努力出来なかった自己責任だと。
この日常に限界を感じて、志願したんだ」
コルドラの言葉に俺は何も言い返すことができなかった。
「ソルトは少し違うよな?」
コルドラの言葉で、隣を黙々と歩いていたソルトと呼ばれる男を見る。
同じく痩せこけていて、手もボロボロだ。
「……俺は、一番採掘成績がいいグループにいた。指示役の黒硫黄中位のリーダーからも、優しい言葉をかけられることが多かった。怒鳴られたりしたことはない」
なんだ。みんなが酷い待遇なわけではないのか。
少し安心した俺に一瞬目を向け、ソルトは続けた。
「だけど、ある日たまたま、そのリーダーの部屋の近くで、仲間と話している声を聞いてしまった。
『あいつら、子犬みたいなもんだから。
褒めたり気遣うふりをすると、辛くてもうれしそうに働くから便利なもんだ。
辛いアピールしてきたら、また気遣う言葉をかけてやればいいんだ。
褒めるのはタダだから』って……」
何も言うことができず、絶句している俺には目を向けず、少し下を向いたままソルトは続ける。
「俺は……朝も夜も……休暇の日ですら働いた。だけど、そのリーダーにとっては、ただで働く便利な存在なだけだった。
気遣う言葉をかけられただけで、俺は自分の貴重な時間を……無駄に使ってしまった。身体もボロボロにして……!
『どうせ自分ではどこに行くかも決められない……子犬達だから』って聞こえてきた声を、今でも覚えている」
静かな印象だったソルトだが、自分で話をするうちに声が大きくなり、目には涙を浮かべているように見えた。
何だよ……何だよそれ!
……いや、でも俺も灰塵で褒められることなんてないから、同じ事をされたら嬉しくなって、死ぬまで働いてしまうかもしれない。
ソルトの話を聞いて、俺自身も他人事でなかったと感じた。
「……俺も灰塵だから、アルの力を使わなかったら、こういう辛そうな仕事につくしかないのかな?」
ボソッとアルに向けて呟く。
『今の社会のシステムがそうなってんなら、普通に過ごしてたらそうなるだろうな』
アルが淡々と告げた。
社会のシステムか……
シニガミを中心として、イドラ鉱石を得ることを第一に考える状況が変わらない限り、この仕組みは大きく変化はしないだろう。
周囲で働く人々を横目に歩き続けると、簡易的だが、白い天幕がついた椅子や机が見えて来た。
エリカやフエゴなど、皆の姿が見えた。
エアハルトさん達、白金組が待機している場所のようだ。
自分の装備を確認し、出発の準備をしている。
「追いついたぜ!!
おい新人共!!チビってんじゃねえだろうな!!」
先頭を歩くボルボ先輩が手を挙げ、大きな声を出した。
エリカとメイソンは苦笑いし、なんて反応したらいいのか困っている。
フエゴは……完全に無死か。さすがだな……
「ボル、お疲れ。問題はないか?」
エアハルトさんがボルボ先輩に労いの言葉をかけた。
「ああ!!物資も予定通りだ!!
この通りまだ脱走者も出てねえ!!
脱走しても、とっ捕まえるだけだがな!!」
ボルボ先輩の言葉に、皆の顔が強張る。
こんな牽制をされたら、流石に逃げ出せないだろう……
「よし。全員集まったな。
皆、荷物と装備を最終確認しろ。
予定を最終確認したら、すぐに出発する」
エアハルトさんが皆を見渡して告げた。
ついに、俺たちはこれから未踏領域へ進む。
俺にとっては二度目だが、白金の先輩たち以外は初めての経験になる。
きっと……全員は生きて帰れない。
そんな予感を、俺以外も感じていたと思う。




