第33話 鉱脈探索メンバーの顔合わせ2
「ヒツギ・シュウヤです。たまたま伝統を生き残ったので呼ばれました。得意なことは、エーテル燃焼体を見つけることです。逃げ回っていたので」
右胸の燃焼器官の力は隠すことにしているので、とりあえず自力でも自信がある気配察知のことを話した。
他の人たちがどれくらい気配察知ができるかわからないけど。
逃げ回っていたと言う言葉で、バカにしたような表情を向けられたが、仕方ない。
「ありがとう。斥候役としてだけど、彼も参加してもらうことにした。あの伝統を初めて生き残ったんだから、ここに呼ぶくらいはいいだろう」
「……本当に未踏領域で生き残ったのか?」
まるで丸いボールのような筋肉の塊の先輩が、疑うような目つきで俺を見る。
「ボル、まあそう言うな。人数は多い方がいい」
あのデカい先輩はボルと言うらしい。
「あの……他の方々はまだ来ていないんですか?」
エリカが疑問に思ったのか、ふと声を上げた。
確かにこの部屋にいるのは、7人しかいない。
俺と昨年パールにたどり着いた同期の三人、そしてエアハルトさんを除くとあと2人しかいなかった。
今ボルと呼ばれた男の先輩と、部屋に入った時に俺を問い詰めた先輩だけだ。
「いや。今回参加が確定している白金はここにいる6人だけだ。鉱脈探索に参加できる人員は不足しているからね」
エアハルトさんの言葉に、皆の表情が引き締まる。
それだけ過酷な任務になると言うことを暗に告げているからだ。
「彼は主に前衛を担当するボルボ・スターネック」
先ほど声上げた先輩を示し、エアハルトさんが紹介した。
「おう!
貴様らより経験はあるからな。こき使ってやるぜ」
筋肉の塊のような身体を揺らして、ガハハと大きな声で笑う。
声の大きさに、メイソンやあのエリカですら苦笑いしている。
フエゴに至っては冷めた目で見ていた。
「あと、メス・ブラッドストーン。
主に後衛で医療も担当してくれる」
エアハルトさんは、俺が部屋に入ってきた時に問いただして来た短髪の男の先輩を紹介した。
「現地で出来る処置は限られるから、気をつけろよ」
メスと紹介された先輩は足を組んで横向きに座ったまま、ぶっきらぼうに言い放った。
同期の三人は、軽く頭を下げる《あのフエゴでさえも!》。
医療行為を担当できる人は貴重だ。
決して軽く見ることはできないと判断したようだ。
……俺が怪我を負っても助けてくれるんだろうか?
『靴でも舐めておいた方がいいんじゃないか?』
チラッとアルを見ると、俺の考えを察したのか挑発して来た。
できるわけないだろ。思わず恨むような視線を向ける。
『あ? クソガキが。テメェが生き残るために必要だと思うならやればいいだろ』
こいつ、他人事だと思って……
「さて、ここに集まってもらった白金の皆は、将来いろいろな場面で上に立つことになるだろう。
イドラ鉱石の配給は優遇され、職業の待遇も段違いだ。
なぜさまざまな優遇がされるかは、皆が理解していると思う」
エアハルトさんが真面目な表情で話し出した。
「今回探索を行うのは未踏領域のほんの入り口。
未踏領域と言われているが、正確には少人数の人類が足を踏み入れたことがあるエリアだ」
エアハルトさんが、壁に貼り付けてあったキステリ周辺の地図を示す。
キステリより東側は、一部の鉱山や一部突出した前線基地への道以外、真っ白で地形が示されていない。
俺が放り込まれた場所は突出した前線基地からさらに先だったが、今回の探索エリアは比較的生活圏に近い場所に沿うように広がっている。
「このエリアでも、黒硫黄だけでの生存は絶望的。白金でも単独では1日すらもたないだろう。
危険なエーテル燃焼体の群れが多数出没し、
見通しが悪い中でシニガミが警報なく接近する」
皆静かにエアハルトさんの言葉に耳を傾ける。
「毎年斥候役の灰塵や黒硫黄下位の人は多くが犠牲になる。
白金でさえ死ぬことは珍しくない。
間違いなく、人の手が及んでいない地域だ。
まあ、ここに一人で生き残ったヒツギ君がいるから、甘く見ている奴がいるかもしれないが…………死ぬぞ」
真顔でエアハルトさんが同期たちに視線を向けた。
今年初めて参加する3人は、緊張した様子で聞いている。
「当然地図はほぼない。
色々と収集したいものはあるが、最優先は地形の把握とイドラ鉱石の鉱脈探索だ。
鉱石が見つかる地形には、特定の植物の群生が多く見られる。通称イドラ草というやつだな」
エアハルトさんは胸の内側から袋に入った草を取り出し、皆に見せる。
その辺に生えていそうな草だ。
強いて言うなら、少し紫色の線が走っている。
見つけるのが大変そうだな。
「どこにでも生えているが、鉱石を葉に蓄積しやすい性質を持つ。
これを採取して、鉱石の保有率を調査部門に回せば鉱脈有無の判断材料にできる」
ここまでで何か質問はあるか?と、エアハルトさんが話を止めた。
すると、メイソンがすっと手を上げた。
「リスクを考えると、灰塵や黒硫黄下位と共に行動すべきではないのでは?
ここに灰塵がいますが、彼らの燃焼では、僕たちについてこれないでしょう?」
メイソンが目線をエアハルトに固定したまま質問をする。
気持ちはわかる。燃焼レベルの差は本当に大きい。
俺も黒硫黄のエネルギーを初めて出した時には身体の軽さに驚いたが、白金の力を出せるようになった時はその比ではなかった。
「長距離の移動になる。通常の移動速度はそこまで速くないから付いてくることはできるはずだ。
ただし、予期せぬ撤退時はエーテル燃焼を最大限活用して移動することもある。
その際、灰塵や下位の黒硫黄は置いていかれる可能性が高いだろう」
エアハルトは視線を一瞬こちらに向けて告げた後、周囲を見渡しながら続けた。
「知っての通り、鉱脈を探すには人手が必要だ。参加を希望する白金や黒硫黄の上位だけでは……残念だが人数が足りない」
エアハルトさんの言う通り、白金の多くは一度調査に参加して特権を得た後、再度参加することはない。
死の危険があることを分かっているからだ。
せっかく特権を得ても、死んでしまっては元も子もない。
だから黒硫黄の中位や下位で、今後待遇が苦しいことがわかっている者、そして現在の状況から脱却を目指す一部のものが共に参加する。
鉱脈の手がかりを見つければ、一発逆転も夢ではないからだ。
だが、毎年彼らの半数以上が帰ってくることはないと聞いている。
「緊急時には、彼らを考慮する必要がないと言うことですね。ならば問題ないです」
メイソンはあっさりと答える。
『ハッ、お前目の前で喧嘩売られてんぞ』
アルが楽しそうに挑発してきたが、俺はそれを無視して周囲の反応を見た。
ほとんどは興味がなさそうに、早く話を続けろといった様子。
エリカは、少し眉を寄せているように見えるが、俺の視線に気がつくとすぐに目を逸らした。
エアハルトさんは静かに「続けるぞ」、と低い声を発する。
その時、扉が開いて一人の女の人が入ってきた。
皆一斉にそちらに目を向ける。
白金色のチャージリングと、銀色の長い髪。
黒く、丈の長い上着を着ているその女性は「遅くなった」と、一言発した。
「来てくれると思っていたよ、バレッタ」
エアハルトさんが嬉しそうに声をかけた。
名前を聞いて、俺は驚く。
同期の3人も、同じタイミングでバレッタという名前に反応した。
バレッタ・アイドクレース
別名「銀髪の女神」。
エーテル燃焼を長距離の狙撃に付与し、敵を殲滅するスナイパーとして有名だ。
灰塵の俺でも知っている。
エーテルの付与は、体から離れた状態で維持が難しい。それを長距離で銃弾に付与可能な彼女は、世界でも数少ない存在だったはずだ。
他の先輩達も、ほっとした様子だった。
とても信頼されているのだろう。
「なぜ生贄がここにいる」
バレッタさんが、俺を見て容赦なく告げた。
「彼は伝統を生き残ったあの灰塵だ。参考になればと僕が呼んだ」
エアハルトさんがフォローをしてくれたので、軽く会釈する。
「……私の中で、お前の優先度はとても低い。期待するな」
バレッタさんは俺に冷たく言い放った。
反応に困り、エアハルトさんを見ると少し悲しそうな顔をしている。
「ほう、それは考えが合いそうですね」
メイソンが、嬉しそうに声を発した。
『ハッ!親切なこったな』
アルが笑っているが……どこが親切なんだよ。
「最後になるが、調査予定期間はおよそ20日間だ。
食糧や荷物の多くは、他の斥候役メンバーが用意を始めている。
各自、当日に向けて装備の準備するように」
時間になったので、エアハルトさんが最後に今後の予定を告げ、解散となった。
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「はあ。予想通りの反応だったなー……」
宿舎棟に戻りながら、アルに声をかけた。
『あ?当たり前だろうが。テメェには信頼がないからな』
「まあ、しょうがないのはわかるけど、なんだかなー……最後に入ってきた人も、性格悪そうだし」
少し愚痴りながら歩いていると、アルが少し真面目な表情になり、声を出す。
『テメェはまだ、あいつらのこと何も知らねえだろ』
「えっ? まあそうだけど……」
『テメェの目でよく見とけ。いざという時に慌てふためきやがったら、消し飛ばすぞ」
うーん……アルが言うことももっともだけど、そんなに気にする必要あるかな?
「他のみんなと同じで、普通の冷たい反応にしか思えなかったけど……」
『ハッ、俺には早死にしそうなタイプに見えるがな』
「どこが?全然意味が……」
『まあいい。まだ何もわからねえって事だ』
エリカの時も似たようなことを言っていた気がするが、アルの判断基準がわからない……
アルの言葉を若干疑問に思いながら、俺は自分の部屋に戻ることにした。




